第28話偶然が必然に

 19-28

数週間後、兵庫県警では捜査本部を縮小して、誘拐事件の犯人を捜索していた。

「唯一の目撃者が犯人を庇うから、どうにも成りませんね」と山本刑事が言うと「本人に被害者意識が無いから仕方が無いよ」と和田が笑う。

「しかし、誰が犯人でしょうね」

「子供が帰って来たから交渉もないからね、もしモンタージュの男を拘束しても逮捕は出来ないだろう、何も証拠がないからな」和田刑事は半ば諦めた様に言う。


南田真三は役所の閑職をしながら、網干の家を売りに出していた。

実家に住まなければ長男真の面倒を誰も見られないから、網干の家は誰も住む人が居なくなっていたのだ。

徹は家を失ってから小豆島に来て、絶えず坂田の家、凜の姿、坂田の工場を遠くから見ていた。


(瀬戸の華)は不思議と仕事が増えて、忙しい毎日を過ごしていた。

麻由子は事務を手伝い、凜は保育園に通い出して、誘拐事件を忘れて毎日を過ごし始めていた。

「年末には人手が不足に成るな、特に男手が足らないな」と直巳が父直臣に話す。

職安に求人を出す事にする直巳「麻由子が事務してくれるから助かるよ」

「私も何もしないで、生活するのは絶えられないしね」

「真三って奴、一度も凜を見にも来なかったな」と直巳が怒る。

「私が悪かったから仕方がないわ、過ぎた事だから、忘れて働くわ、みんなに迷惑を掛けたしね」と麻由子はもう真三の事は忘れた様だ。


数日後、職安から五十代の男性ですが面接されますか?と連絡が入った。

若い人は来ない事は判っていたから、年末迄のアルバイトだから、五体満足なら誰でも良かった。

翌日(瀬戸の華)を訪れたのは徹だった。

昔の風貌は既に無い、勿論麻由子が見ても名前も顔も別人で判らない状況。

面接をした直巳が「何処かでお会いした気がしますが?」

「いいえ、小豆島は始めてです」と答えて笑顔を見せた。

前職も嘘を書いていたから、履歴書では中々接点が見つからない。

しばらくの面接で徹は帰って行った。

「先程の人名前は毛利徹って云うのね、見た事が有る気がするなあ」と麻由子が言うと「俺も見たなあ」

「でもお兄さんと私が共通して見た人っていた?」

「そうだよな」と二人が顔を見合わせて笑った。

年末迄のバイトだから徹は採用に成って、翌週から勤務する事に成った。

徹の心配は凜の態度だったので、誰もいない場所で顔を合わせたかった。


姉の昌子は完全に狂ってしまって、精神病院への転院に成っていた。

火災保険を貰った徹は、ホテル住まいから取り敢えず小豆島の坂田麻由子の住んでいるワンルームマンションに住む事に成った。

近くに適当な住まいが無かったのが原因、引っ越しの荷物をトランクルームから移動させた徹。

土曜日に凜が一人で帰る頃を見計らって、外に出る徹。

「あっ!」といち早く見つけて駆け寄る凜。

「ここに住むの?」

「約束を守ったから会えたね、工場でも働くよ」

「嬉しい、また叔父さんと一緒に遊べる」

「でも内緒だよ」

「判っている、ずーと一緒に居られるなら、黙っているわよ」と喜ぶ凜。

「アンドとロイドは元気かな?」

「工場の事務所で飼っているのよ」

「早く、お母さんの処に行きなさい」と徹が言うと走って、佃煮工場に走って行った。


偶然四回会った麻由子には、徹の風貌の変わり方に全く気が付かない。

凜は嬉しいから「お母さん、マンションに来たのね」と話した。

「誰が?」

「工場でも働くと話していたよ」そこまで聞いて始めて判った麻由子。

「新しいバイトの叔父さんの事ね」

「うん」

「よく、知っていたわね」

「マンションの前で会ったのよ」それだけ話すとウサギに餌を与えて遊ぶ。


月曜日から、真面目に働く徹には最高の職場だ。

「ご苦労様」と麻由子に言われて張り切る徹。

数日後「凜があの毛利さんに異常に懐いているわ」と父と兄に話す。

「別に構わないのでは?」

「でも私が焼き餅も焼く程仲が良いわ」

「仕事も真面目で、一生懸命に働くよ、良い人雇ったよ」と喜ぶ直巳。

父の直臣も「あの毛利君はよく働く、助かる」と褒める。


一ヶ月後の夜、麻由子は夕食のお寿司を多く作って、徹の部屋に届けて驚いた。

凜が毛利と一緒に遊んでいる姿に、それは親子以上の関係だと思ったのだ。

「凜、楽しいの?」

「うん、最高よ、毛利の叔父さんと遊んでいると楽しくて」

「じゃあ、ここで食べる?」

「はい!」と大喜びの凜。

麻由子は不思議に思った。

僅か一ヶ月の関係には見えなかったからだ。

モンタージュ写真の顔では無いが、優しい目だけは合っている様な気がしていた。

でも誘拐犯が子供を返して、近所に来て遊ぶ?更に就職までして遊ぶか?麻由子は大急ぎで自分の仮説を否定した。

優しい毛利徹に、確かに凜が懐くのは判る気がする。

「凜、叔父さん好き?」

「大好きよ、お嫁さんに成ろうかな?」

「えー」と驚く麻由子。

三人でお寿司を食べながら「毛利さん、何処かで会った気がするのですが?」と尋ねた麻由子。

「はい、会っていますよ」と答えた徹に「本当ですか?やはりね、何処で会いました?私思い出せません」と焦る麻由子。

「嘘ですよ!」と答えると凜が「そうだ、叔父さんとお母さんが結婚してくれたら、私は叔父さんの子供に成れるのね」と二人の顔を眺めながら言った。

「えー、凜ちゃん!お母さん困っているよ」と笑うと麻由子は何も答えないで微笑んだ。

確かに自分の今の境遇では再婚も無理で、このままこの(瀬戸の華)で仕事をしながら凜を育てる生活だろうと考えてしまうのだ。

「叔父さんはお母さん好きでしょう」と心の中を抉る凜の一言。

笑って誤魔化すしかない徹に麻由子も微笑みで返した時!

麻由子が「もしかして、ネックレスの人?」と風貌が変わっていたが徹の笑顔で思い出したのだ。

それは数分間の沈黙に変わった。。。。。。。。。。

偶然の出会いが、必然の出会いに成った。

また二人をその後何処に導くのか?二人の顔を交互に見る凜の目が笑っていた。



                        完


                       2015,10,02

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瞬きの偶然 杉山実 @id5021

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