「賢くない動物には見えない漫画、なのです?」

穂村一彦

「賢くない動物には見えない漫画、なのです?」

「助手。客が来たようなのです。今日も気をひきしめていくですよ」

「はい、博士。今日もパークの平和を守るのです」


 私の名前はアフリカオオコノハズク。通称、博士です。

 助手のワシミミズクとともに、この島の長をやっています。

 なぜなら我々は賢いので。


「おはようございます、博士さん」


 帽子をかぶった頭をぺこりと下げながら、かばんが礼儀正しい挨拶をします。

 彼女はヒトです。ヒトは賢い動物です。もちろん、我々ほどではないですが。


「博士ー、おはよー! 久しぶりだねー!」


 その隣で飛び跳ねるのはサーバル。相変わらず騒がしいのです。


「やぁ。原稿ができたから持ってきたよ」


 二人の後ろからタイリクオオカミが顔を出します。

 彼女は表現することが得意な動物です。その特技を生かし、漫画を描いています。

 彼女もまた賢い動物といえるでしょう。もちろん、我々ほどではないですが。


「三人が一緒とは珍しいのです」

「偶然途中で会ったんだよ! 博士のところに用事があるっていうから一緒にバスに乗ってきたんだー!」

「なるほど。で、用事とは何なのです?」

「新作ができたから本にしてもらおうと思ってね」


 オオカミの右手には何十枚かの紙があります。 


「おお、楽しみにしていたのですよ。さぁ、早く見せるのです」

「ふふ、今回は自信作だよ」


 オオカミはニヤリと笑うと、机の上に原稿を広げました。

 どれどれ、今回はどんな話……


「えっ?」


 みんなで覗き込んだ先にあったのは……ただの白紙なのです!


「何なのですか、これは! 何も書いてないのです!」

「真っ白です! 我々を馬鹿にしているのですか!」


 楽しみにしていたのに、ひどい肩すかしです! これは許されないのです!

 怒る我々を前に、オオカミは首をかしげました。


「あれ、見えないのかい? おかしいな。今回のは『賢くない動物には見えない漫画』なんだよ?」

「えっ!?」


 か、賢くない動物には見えない……?


「すごーい! そんなの書けるの!?」

「ふふっ、まあね」

「うーん、私考えるの苦手だから見えないなー」


 真っ白な紙をにらみつけるサーバル。ふと何かに気づき、我々のほうを向いて、


「あれ? でも博士たちにも見えないんだよね?」

「なっ!」

「博士たちって本当に賢いの?」


 まっ、まずいのです! このままでは我々の名誉に関わるのです!

 助手とアイコンタクトをとり、コクリとうなづきあうと、力強く宣言します。


「何を言うのです! もちろん我々には見えるのです! 我々は賢いので!」

「当然です! さっきはうっかり見落としていただけです! 我々は賢いので!」

「へー。やっぱり博士たちはすごいなー!」


 サーバルが尊敬のまなざしで見つめてきます。少し良心が痛みますが、背に腹は代えられないのです! とにかく、これでどうにか体裁を保つことができました。

 と、ホッとしたのもつかの間。


「ねえねえ、どんなことが書いてあるの? 私見えないから教えてよ!」

「うっ!」


 や、やめるのです、サーバル! それ以上、追い打ちをかけてくるなです!


「ひ、一言では表現できないですね。複雑なストーリーなのです」

「そ、そうですね。サーバルにはどうせ説明しても理解できないのです」


 助手と一緒にごまかすと、サーバルは頬をふくらませて、


「えー、じゃあいいよ、かばんちゃんに聞くから!」

「えっ、ぼく?」


 かばんに助けを求めました。ナイスです、サーバル。これで我々も内容を知ることができるのです。


「ねえ、かばんちゃん、これ何が書いてあるの? 教えてよ」

「えーと、その……」


 かばんは紙とオオカミの顔を交互に見つめてから、困ったように首を横に振ります。


「う、うーん、ぼくにも見えない、かな……」

「ええー!?」


 これには我々もびっくりです! あの賢いかばんにすら見えないなんて……!

 だったら見えなくても別に恥じゃなかったのです! 失敗したのです!


「かばんちゃんにも見えないなんて……じゃあ、博士たちはかばんちゃんよりも賢いってこと!?」


 さっきよりも目をキラキラ輝かせるサーバル。

 だ、ダメです。今更嘘だったとは言えないのです!


「と、当然です。我々は長なので」

「すごーい! 博士たちってすごかったんだねー!」

「そ、そうです。我々はすごいのです」


 うう、まさかこんなことになるなんて……!


「おーい! みんな何してるのー?」


 能天気な声が、緊張をやぶります。


「あ、カワウソ!」


 元気に走り込んできたのはコツメカワウソです。じゃんぐるちほーに住む、お気楽なフレンズです。


「みんなでこの紙を見てたんだよ」

「かみー?」


 カワウソは紙を手にとり、じいっと見つめました。

 いくら見つめたところで無駄です。我々やかばんにすら見えなかったのに、カワウソに見えるはずが……


「あははははは!」

「えっ!?」

「おもしろーい! あはは、なにこれー! たのしー!」


 次々とページをめくりながら、カワウソが楽しそうに笑っているのです!


「ええええっ!?」


 我々もサーバルもかばんもオオカミも、その場にいた全員が目を丸くしました。


「カワウソ、それ見えるの!?」

「そんなはずないのです! 我々にだって見えなかったのに!」

「オオカミさん、本当に何か書いてあったんですか?」

「いや、全部嘘だからそんなはずは……!」

「えっ」

「えっ」

「えっ」


 * * * * *


「最初から全部嘘だったの!? ひどーい!」

「ふふ、ごめんごめん。今後の創作のネタになるかと思ってね。いい顔いただきました」


 たいして悪びれた様子もなくオオカミが微笑みます。


「まったく! 嘘をついて人を騙すなんて許されないことなのです!」

「おや? 博士にそれを言う資格があるのかな?」

「なっ!」


 くっ、痛いところをつくのです……!


「でも、かばんは気づいてたみたいだね?」

「いえ、なんとなく、もしかしたら作り話じゃないかなって……」

「すごいよ、かばんちゃん! 博士たちはすっかり騙されていたのに!」

「ななっ!」


 まずいのです。我々の評価が下がっているのです!


「ち、違うのです。我々だって気づいていたのです」

「もちろんです。みんなを試したのです」


 弁解する我々を、オオカミがにやにやと見つめています。くっ、屈辱です!


「……ん? じゃあなぜカワウソは白紙を見て笑っていたのです?」


 カワウソのほうを見ると、まだ紙をめくりながら笑っています。


「これ、紙っていうの? まっしろで、ぺらぺらしてて、おもしろーい!」


「……はあ」


 思わずため息が漏れるのです。


「一癖も二癖もある、厄介な動物ばかりですね、助手」

「まったく……長の仕事も楽じゃないですね、博士」


 こんな大変な仕事は我々にしか勤まらないのです。我々は賢いので!


(おわり)

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「賢くない動物には見えない漫画、なのです?」 穂村一彦 @homura13

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