第2話「天使になンか為れ無いけど」

1.



千秋公園。


名城・久保田城を有する城址公園として、

有名な場所。其処の天守閣に、イマ僕は居る。


駅前から、地味に距離の有る場所なのに

荷物もスッ飛ばして、此処まで。ウン。


莫迦と煙は、矢張り高い所がお好きらしい。


「モウやだ.......死にたい」


残念乍ら、桟の方には頑丈な金網が

張られて居る為、此処から飛び降りるコトは叶わない。


だから仕方無く、昇降用のエレベータ前の

長椅子に蹲るしか出来無かった。悲しい。


何処まで行ッても、僕は役立たずだ。


ソレこそが僕の人生の集大成で、ソレ以上を

望ンでもイケナイ、永久に噛まされる、足枷なンだ。


なンて、独りごちて居た時だッた。



ウィー.......ン。



「はァッ..........はァッ.......」


エレベータの開くと同時に、息せき切ッた様な声。


「壱汰さん!?」


「静.........はァッ、オメ此処さ居だッたなが?探したヤ」


寧ろ、本気で息を切らしている。

少し、涙目に為ッて居る辺りが、リアリティ。


「..........」


そンな事する価値、僕に有ッたの?


猜疑心だけが、湧いて出る。

折角、コウして探しに来て呉れたのに。


「静、戻るべ。皆待ッてらよ?」


壱汰さんの優しい言葉に、モウ涙しか出なかッた。


「.......僕は」


「ん?」


「僕は、父ちゃんの、序でなンじゃア、無いの?」


「..........」


黙り込む、壱汰さん。


図星を突かれたから、なのか、意に沿わぬコトを

云われたから、なのか。判ら無いけど、その眼は明らかに怒っていた。


すると。


「1回、下さ行ぐべ」


壱汰さんが、僕の肩を、力強く引き寄せる。


「..........」


其の言葉に、僕は従うコトにした。





鬱蒼とした、緑の森。


何処ぞのファンタジー映画にも出て来そうな

外観だが、コレでれッきとした公園の遊歩道なのだ。


こンなトコに呼び出して、如何しようと云うのだ。

シメられるのか、ハタマタ愛の言葉でも囁かれるのか。


どッちにしても、僕なンかに気に掛けて貰える価値は無い。


そンな事を、ブツブツと考えて居た時だッた。


「オメ、さっき云ったゴド、もッぺん云ってみれ」


「.........え?」


「さっき、云ったゴドだ」


ヤッパリ、怒ッてる。ソレにしても、判らない。

何で、壱汰さんが怒る必要があるンだろうか......。


「嫌です」


「なしてヤ」


「.........」


コレも、ほンとはあンまり云いたく無い台詞だった。


「図星だッたから、ですよネ。僕が云ッたコト」


「んだ訳ねェべ........静、あのヤ」


「云い訳なンて、しなくて良いですッ!」



バシッ!



肩に手を掛け様とした、壱汰さんの手を力一杯振り解いた。


「静......ッ!」


「大体、可笑しいンですよッ!僕みたいな只の一介のファンが、壱汰さん達と同じステージに

立てる訳、無いのにッ!如何考えたッて、ピアニストとしての父ちゃんが欲しいだけでしょッ!?

で無きゃオマケで着いて来た僕のフォローなンてする訳無いッ!壱汰さんのコトはそンな風に

思いたくなンか無かったケド、大人ッてほンと、そう云うトコ卑怯だ!ソウ云うの大ッ嫌いッ!」



ガツンッ!



ドサッ!



「.........」


一瞬、何が起ったのか、判ら無かった。

ジンジンと痛む左頬と、顔を真っ赤にして泣いてる。


アア、そッか。僕、殴られたンだ。


放心状態で、倒れ込む僕を、見下ろし乍ら。


「.........ソウやッて、自分どご責めだ振りして、

他人の想いを造作無ぐ扱う奴の方が、俺は嫌なんだ」


壱汰さんが、震える声で、コウ云い放った。


「.........だッたら、何ですか」


「少なくても俺はッ!オメどごずッと待ってだンだッ!初めで

一穂の家で、オメの動画どご観だ時がら、ずッとずッとッ!オメどさ

惚れででッ!オメど一緒に歌ッコ歌いでェッて思ッたッたなヤッ!

それどご何、自分の劣等感どごばり押し付けるよンた事云ッてッ!」


モウ駄目だ、居ても立っても居られ無い。


壱汰さんの眼に、涙が浮かんで居た様な気が

したケド、モウそンなの関係無い。知ら無い。



ドカッ!



ガツンッ!



「........痛ッでェ、オメ。ガモまで........」


顔面に拳と、股間に蹴りを、ソレゾレかました。


「嘘吐くなッ!大体、父ちゃんから動画見せられたのが

最初だッて、自分で云ッてたじゃん!其処までして父ちゃん

繋ぎ止めたいの!?だッたら、父ちゃんと1発ヤった方が早」



バキッ!



「.........ぶふッ!」


モウ1発、顔面に拳を叩き込まれた。悔しい。


イヤ、そンな事より。


壱汰さんの言葉は、果たしてホントなのか。

嫌だよ、期待したく無い。思い上がりたくなンか無い。


だッて、確かに聴いちゃったンだ。

「オメどさ惚れでで」ッて........。


駄目だ、駄目だ。身の程を弁えろ。自分。


そンな自責と戸惑いに苛まれ乍ら、

僕はひと頻り、壱汰さんと取っ組み合いの喧嘩をして居た。



2.



ソウコウしている内に、何故か僕が

壱汰さんを押し倒す形に為って居た。


傷だらけの、壱汰さんの顔。

潤んだ瞳まで、不謹慎にも色っぽく見えた。


うッかり、欲情してしまう。

此の儘、如何にかしてしまいたい。


そンな、情けない事を思ッて居た時だッた。


「........静」


途切れ途切れの息で、壱汰さんが僕に呼び掛ける。


「........何?」


応える僕の息も、相当上がっていた。


「オメが俺どご、なンた風に思ッたッて良い。んだども、

コレだげは、ホントの気持ちだ。俺は、オメどご好ぎだ。

友達どが、音楽仲間としてでねくて、ひとりの男どして、だ」


「.........嘘だ」


「嘘でねェ。父さんで無くて、寧ろオメどヤりでぇなだ」


「いい加減なコト云うと、ほンとに此の場で犯すよ?」


「本望だ。来い」


云うなり、壱汰さんが僕の背中に腕を廻す。

そして柔らかく、小さな音を立てて、重なる唇。


因みに、その頃の僕のパンツの中は、モウ戦争だッた。





「本気、だッたんだ.......」


唇を離し、改めて尋ねてみる。


「んだ」


タッタひと言で、応える壱汰さん。


「........何、そンたメチョメチョど泣いで」


「ヒクッ....だッてェ....」



くしゃっ。



壱汰さんが、優しく僕の頭を撫でる。

掌の温度が、なンだか心地良い。



「なンも心配さねくて良い、静。マダ腹クソ悪りぐなッたら俺どさ

かがって来ェば良がべ。なンた事有ったって、俺、受げ留めるがら」


ソウ云うと、僕を抱き寄せる腕に益々、力を込める。


「.......先に殴り掛かッて来たの、壱汰さんじゃん」


「あンまり莫迦だゴト、云うがらだ。静」


ソシテずッと、僕の名前の呼び方が短縮されている。


「静」


タッタそれ丈の事も、なンだか嬉しい。


「良いが?オメなの父さんどごも、確かにメンバーどして必要だった。

んだども何より、オメの歌ッコ聴いだ時から、ずッと一緒に遣りでぇ

って思ってらったなだ。俺は。オメも入ったメンバー全員で、ナ」


ヤット身体を起した壱汰さんが、教えて呉れる。


「..........他の皆も、ソウ思ってンの?」


「あゃ、皆も思ってらよ?一穂も父さんも、アノむっつり助平の

誠治だッて、「声、良いゴト。コレだばメンバーさ欲しい」ッて」


むっつり助平、相当な云われ様だ。

今頃、スタジオでくしゃみなンかしてなきゃ良いケド。


「そッか.......」


「ちゃンとコウ遣って、気持ぢッコ、繋がってらんだや」


綺麗事の様だけど、壱汰さんが云うと、何だか本当の様に聞こえる。


「.........壱汰さん」


「ん?」


「モウ、逸れたり、しないよね?僕」


心に思った、其の儘の言葉で、壱汰さんに尋ねる。


一瞬、キョトンとしたかの様に、僕を見たけど。


「........安心しれ、逸れさせねぇがら」


直ぐに、柔らかく微笑んで、僕の額にそッと口付けた。


不思議だ。彼に云われると、

ほンとにそンな気がして来る。


壱汰さんとは未だ、ほンの数回しか会って居ない。

ソレでも、なンと無く判って来た様な、気がして来る。


イマ此の時、僕を見詰める綺麗な薄茶色の瞳は、

確かに嘘なンかは、吐いてナド居ない様だ、と。


3.


「ライスボール/RICE BALL(日本のバンド)


秋田県出身、在住のローカル・ロックバンド。

1983年、アルバム「NINGIRI-MANMA」、

シングル「飛行機雲」で、業界に鮮烈デビュー。


独特の、レトロで毒をはらんだシティー・ポップ的世界観で

コアなファンを数多く得るも、1985年に突然の活動休止。

現在は故郷、秋田に拠点を移し、「御当地バンド」として活動再開。


メンバーは手嶋壱汰(G/Vo.)、小鳥遊誠治(B.)

斉藤一穂(Dr.)の、スリーピース・バンド。稀に

サポートとしてKey.などが加入することもある。


代表作は「イリュウジョンの都会(まち)」、

「ムウン・ダスト」(OVA「カウボーイ・シティ」OP・ED)など。


※Mikipediaより引用。


此れが、ネットで語られる「ライスボール」の姿、である。

僕は勿論、父ちゃんの姿も無い。若し、語られるような事が

有っても、屹度「サポート・メンバー」扱いに相違無い。悲しきかな。


自分で宣言して置き乍ら、涙が溢れ出そうに為る。

矢っ張り、此処でも僕は「逸れ」続けるしか無いのか。


まるで、今日のスタジオ練習で大きなポカをした、彼の時の様に。



「ふゥ」


今、僕は改めてライスボールの情報等を、ネットにて

追い乍ら、自室で優雅に煙草なんぞを吹かしている。


オイ未成年、と御叱りを承けそうだが、僕の喫煙歴は小学生からだ。


父ちゃん(今日ヨル7時現在、ライスボールの皆様と飲み方に興じている)が、

僕を独りマンションに置き去りにし、各国の演奏旅行に赴いていた頃、

偶々忘れて行ったマルボロのメンソール。淋しさに駆られ、そっと火を点けたのが切っ掛け。


メンソールの味が、程好く淋しい。


BGMとして掛けていた、スコット・ジョプリンの「エンターテイナー」

(父ちゃんが昔、大胆にジャズアレンジした音源)さえも、嘗ての栄華を

啜るような悲哀をくれる。テカ父ちゃん、原曲より半音下げやがって。ふざけンな。暗過ぎる。


マァ。そもそも僕に、「嘗ての栄華」なンて有ッたのか、ソノ辺が既に謎では有る。


そンな事を、独りごちていた時である。



ピン、ポーン。



最近、不調なのかドウモ鳴りの悪いインターホン音が聴こえる。


「はァーイ、宗教の勧誘ならお断りですよォー」


取り敢えず、父ちゃん方式で応えてみる。



ガチャ。



「にゃっはっはっはっはっ!バーガ、オメこんた時間にエホバなの来るワゲねぇべー?」


御説ゴモットモな事を云い、笑いながら登場した壱汰さん。


「.......ジャア、幸福のムグッ」


「バガ。他さ聞げれば不味いがら、やめれ」


急に神妙な顔を見せ乍ら、そッと右手で口を塞がれてしまった。ウン、流石に自重しよう。


「デ、如何したの?壱汰さん。今日父ちゃん達と飲み方じゃ」


すると、行き成り僕を抱き寄せ、


「.......オメどさ逢いでくて、嘘こいで逃げで来たなや」


などと甘く、耳元で囁く壱汰さん。.....マッタク。相も変わらず、

サービス精神の多い人だ。ウッカリ反応してしまうぢゃ無いか(テカ、した)。


「......因みに、なンて?」


「めんこがッてる(可愛がッてる)猫どさ、餌遣らねばねぇッつッて」


「え、猫居るの?壱汰さんチ」


「居ねェども」


居ないんですか。随分と2秒でバレそうな嘘だな、オイ。


「マ、あながぢ嘘でもねェんだどもヤ」


と云って、色々と入ったコンビニの袋を差し出した壱汰さん。

思わず、吹き出してしまッた。屹度、壱汰さんの事だ。

可也の詳細な比喩で言い訳してから、コッチに来たんだろう。


彼の逃亡事件の後も、戻ってから


『にゃっはっはっはっはっ!いやァ、久々に若げぇ男ど

 傷こしゃるころ(作る程)激しいセックスしたったァー』


トカ云って、メンバー全員を笑わせてた位、だし。

(アレで、気不味さも幾分か解消されたのでホントに感謝している)


「........多分、バレてるよ?僕ンとコ行った、ッて」


「バレねぇバレねぇ。誠治、アド酔っ払ッてなんだが判らねぐ

なッてらし、一穂ど計哉くんだば、アド何だがイイ雰囲気なったッたし。

コレ、今晩一穂の家で大運動会始まるやー?ふたりして覗ぎに行ぐがァ」


「イヤ、行かないし」


モウ、笑いを堪えるのに必死過ぎてナニが何だか判らんです。

そんな訳で、壱汰さんを部屋に上げ、ドアの鍵を、ソッと閉めた。


僕の理性が、果たして保つのだろうか。ウッカリ、不要な心配をしてしまッた。



4.


「なぃオメ、煙草吸ってらながァ?駄目だヤ、未成年ー」


そンな事を口にしながら、ふと机の上のマルメンの箱をを取り上げる。


「......スミマセン」


「あゃ、なんもヤ、良ぐはねぇどもイイなだ。ウン。俺も吸い始めだなは中坊の時だったがら」


「.......僕、小5から、です」


「何でが、ショオ。オメもながながワルだごどォー?にゃっはっはっはっはっ!」


只今、思い切り肩を抱かれ、頭をぐしゃぐしゃに撫でられて居ります。

そして、僕のパンツの中の人は既に、膨張し切って居ります。


襲った方が、良いでせうか。否、駄目だろ。


そンな葛藤の中、僕は嗅ぎ覚えの有るバニラの香りを嗅ぎつけた。


「アレ、壱汰さん......もしかしてキャスター吸う人?」


「応、いぐ判がったごど。んだ、俺は昔っからキャスターだ」


「へぇ......テカ煙草吸ってるのに、良くあンな高音で歌えるよね。凄い」


「オメだって、キレイだ声してらしゃ.......ア、悪りィ。

 ライターど灰皿貸してけねぇ?車さ置いで来た」


煙草を取り出し、既に咥えながら尋ねる壱汰さん。


「あ、待って.......ハイ、壱汰さん」


「応、サンキュー.......ア、灰皿はその辺さ置いででけれ」


机の上から灰皿とライターを持ち出し、壱汰さんに渡す。


「判った、ジャア僕も一服..........」


「んだ、静。折角だがら、1本交換さねが?偶にメンソールも吸ってみでくてヤ」


そう云って、さっきまで咥えてた煙草を僕に渡す。


「ア、うん.......ハイ」


おずおずとソレを受け取り、マルメンと替える。

チョッと待て、コレってまさか関節キス.......。


ウン、先刻から僕は過剰に意識し過ぎている。


昨日の千秋公園での1件から、僕は完全に

壱汰さんを「そういう」対象として観てしまっている。


以前から、歌う時にふと目を瞑る癖とか

生めかしい口の開き方に、性的なモノは感じていた。


ダケド流石に、昨日帰ってから真ッ先に自らを慰め、

排出したモノの「濃さ」と、其の量には我ながら驚いた。


其の時、単純だけど確信した。

僕は、手嶋壱汰と云うひとりの男を、愛してしまったンだ、と。


随分と、恥ずかしいこじ付けでしか無いケド。




その後煙草を吹かしながら、暫く音楽談義をして居た。

ダケド、殆ど会話の内容等、前述の考え事のお陰で、憶えて居ない。


その時で、有る。



ガチャッ!



ウッカリと、トリップの始まった僕の耳に、ドアの開く音が聞こえる。


「あうぁー.......一穂さァん.......」


父ちゃんの声、そして。


「マッタグ、こンたに酒ッコ弱い人だど思わねがったよ.......

 ホラ、計哉くん......部屋さ着いだよ。靴脱いで上がってけれ?」


一穂さんも、どうやら一緒の様だ。


すると唐突に、壱汰さんが僕の部屋の電気を消し、

車のキィに付けていた小さなLEDライトをそっと灯す。


「え......ちょ。壱汰さん」


「シッ、なンがおもしェぐ(面白く)なりそうだがら、俺がた隠れでるべ」


幽かな灯り越しから、壱汰さんの悪戯っ子みたような顔が覗く。

駄目だ。此のおじさん、完全に楽しンでらっしゃる。


「なんないッて、面白くなンか........」


「まンず、イイがら観でれって。ニシシシ......」


ヒソヒソと話しながら、取り敢えず僕達は

自室から続くクロゼットに、身を潜めた。


未必の故意か、ハタマタ密室の恋か。

判らないけど、スッカリ僕は興奮して居た。




5.



ホントに、壱汰さんの嗅覚こそおかしい。


真っ暗なクロゼット越しから覗く、一穂さんが

灯りを点けた居間では、壱汰さんの云う通り、

ホントに「面白いコト」が起こっていた。





「一穂さん.......ムニャ」


「そンたに名前呼ばらねくても、僕はコゴさ居るよ」


「ふゥ.......ふゥ」


「寝ぢゃッたの?.......計哉くん」


「.........すゥ」


どうやら、父ちゃんは酔い潰れて爆睡したらしい。

酒が弱い癖に、格好付けて飲ンだりするからだ。マッタク。


ソレを一穂さんが、甲斐甲斐しく介抱して居る。

此処までは、普通の微笑ましい感じ、だッた。


すると。



ちゅっ.......ちゅぱっ。



生めかしい吸着音が、シン、と静まり返った

居間に、響き渡る。クロゼットの引き戸越しには

愛おしそうに父ちゃんに口づける、一穂さんの姿。


「.......あど、誰がどご好ぎになるごどなんて、

 無ぇど思ってらったんだども.......何だべな。コレ」


呆気に取られる、僕。


「やッぱりが......一穂」


「え、壱汰さん」


「シッ!」


壱汰さんの、謎のつぶやき。

コノ時の僕は、皆目意味が判ら無かった。


イマ思えば、一穂さんの切なさも込みで理解出来るが。





父ちゃんの身体を愛おしそうに抱きしめる

一穂さんの姿に、ソコハカと無い淋しさと、色気を感じる。


そンな光景から眼を離せ無くなッて居た時、だッた。



ぎゅっ。



「え......壱」


「シッ、良いがらこのまま抱がせてけれ、静」


「ウン.....」


壱汰さんが、僕の身体を包む様に優しく抱きしめる。

耳元に、暖かい吐息とともに甘い囁きが掛かる。


壱汰さんの付けている香水(多分、ブルージンズだと思う)

も、少しだけむせ返るように、鼻腔を擽る。溶けそうだ。


そして、僕達は見詰め合い、

何方からトモ無く、キスをする。



ちゅっ......ちゅぱっ。



唇の吸着音まで、甘い響き。

扉の向こう側のふたりに、聴こえやしないか。


心配だったが、見ると一穂さんは、

いつの間にか帰っていたようだ。


父ちゃんも寝込んでしまったし、完全にふたりの世界。


こンな時に膨張する、なンて

何てムードの知らぬ中の人、なのだろう。


我ながら、スッカリ呆れてしまッた。



6.



ちゅぷっ.......。



「壱汰さん......」


唇を離した後、トンデモ無い忘れ物に

気付いた僕が、口火を切る。


「ン?...........なぃした、静」


「僕、ドウしても云わなきゃいけない事、有ったンだ」


「......云ってみれ?」


ソッと、頭を撫でて呉れる、壱汰さん。

嬉しい。デモ、此れから話す事実を訊いても、

壱汰さんの態度は其のまンま、なンだろうか。


不安ダケ、が駆け巡る。デモ。


「あのサ」


「ウン」


「.......実は僕、発達障碍ッて、前に診断されてたンだ」


僕は、伝えた。


初めて、他人に口にした事実、だッた。

云い終ッた後、少し丈、身体が震える。


「ウン」


壱汰さんは穏やかな表情を変えずに、僕の話に耳を傾ける。


「小ッちゃい頃から、父ちゃんのコンサートで、行き成りの爆音来て

びーびー泣いちゃッたり、同級生と異常に話が合わ無かッたり、

先生トカに注意されても、自分のルール......勝手に決めた奴ダケド

変えられ無かッたり.......今でもなンだケドさ、駄目なンだ。周りに

合わせる、ッて云うのが........御免、行き成りこンな話して............」


「なンもや」


頭を撫でる手が、尚一層、優しく為る。


「.....こンな奴だから、壱汰さんが面倒臭く為るかも知れ無いッて

思ッたら、辛くなッてた。昨日だッて、結局壱汰さんに八ツ当り

しちゃッたし.........ズッと、壱汰さんに憧れて、歌って来たのに、

そンな人に、彼ンな乱暴なコト.......うっふ.....っ.....ひぅぅ............」


堪え切れず、泣き出した僕を、壱汰さんが抱きしめる。


「.......云ったべ?オメどご、絶対逸れさせねぇ、って」


「......こンな、面倒臭い、奴なのに?」


「へば、俺ど一緒だしゃ?」


「え.............?............グスッ」


「実は俺も、だ。発達障碍」


「!?」


「.......二次障碍で、入院歴も有るなだ。俺」


言葉が、出なかった。

初めて知った、壱汰さんの過去。


其れと同時に、脳内でパズルのピースが

噛み合う音がした、様な気が、して居た。





「此の儘、黙ってろぉがど思ったども、折角

オメも大事だゴド教えでけだんだがら、なヤ?静........」


「..............」


「ショック、だったべ?」


違う。


思い切り、カブリを振る。


吃驚、は確かにした。ダケド其れは、そンな否定的な意味じゃ無い。


「......壱汰さんも、若しかして、逸れてた?......」


オズオズと、尋ねて見る。


「んだな、オメ風に言えば、だども」


何時もの、ステージや練習中も見せていた、屈託のない笑顔。

ダケド、僕は見逃さなかッた。其の表情が何処か淋し気、だッたのを。


「.......有難う、壱汰さん」


改めて、御礼を云う。ソウする他に、壱汰さんの

心を受け止める術を、僕が知ら無かったから、だ。


「バガ、静」



くしゃっ。



髪を撫でる手付きが、若干震えて居る。


「有難う、ッて云うくれぇだばモウ1回、俺どご好ぎだッて、云ってけれ?」


ソッと近づけた顔に、ウッカリぶつかりそうに

為り乍ら、壱汰さんが上目遣いで僕を見詰める。


「.........」


僕は、試されてるンだろうか。


若しも今、此の意地悪なテストをパスし無かったら

屹度、永遠に壱汰さんから逸れてしまう。


そンな気が、ハッキリとして居た。





ジリリリリリンッ!


ジリリリリリンッ!



妙に小気味良いリズムを刻む、黒電話の

サウンド・エフェクトが奏でる「チキ・チキ・バンバン」。


呆気に取られ乍ら、音のする方向を見遣ると、


「なぃ、良いどごで........誰や、こンた時に」


壱汰さんの、携帯電話だッた。

随分と、愉快な着信音、で有る。


「なぃ、誠治が........あのバガ、マーダ酔っ払ってらな?」


「小鳥遊さん?」


「んだヤ、マダ独り飲み淋しぐなッて.....ハイ、もしもし。壱汰くんですー」


『壱汰ァー、俺で家さ飲みに来いッ!来ねンだば、俺行ぐどッ!』


確実に狙い済ましてスピーカーフォンにされた、その

携帯から、小鳥遊さんの、野太い叫び声が聞こえる。


........ソウですか、酔うとキャラの変わる御仁でしたか。失礼しました。


「なぃオメ、もしもしぐらい云ッたら何とだァ?

まンずすかだねェ(仕様の無い)親父だごど」


『そんたな、なんじでも良い)がら、ぐぐど(さっさと)来い!ぐぐど!』

呆れる壱汰さんを余所に、尚も吼える、酔っ払いおじさん。


「ハイハイ.......判がッたんす」


『静哉どごもだ!静哉どごも呼ばれ!』


「ハァッ!?」


思わず声を上げてしまう。咄嗟に口を押さえたケド、後の祭りだッた。


「オォ、静哉。居だったながァー。なぃ、オメまさが、

壱汰ど乳繰り合ってらンでねェべなー?」


ウン、完全に酔っ払ってる。ソシテ、粗方否定出来ない。


「ソウ思うんだッたら、想像し乍ら独り遊びでもしてたら如何デスカァー?

因みに、其れはソレは相当に激しいいモノでしたヨ?ウチ等の睦み合いは」


一寸ムッとしたので、皮肉めいた返しをしてあげる。


「にゃっはっはっはっはっはっはっはっはっは!オメもナガナガ云うごどォ!」


壱汰さんが、盛大にツボに嵌ったらしく、腹を抱えて笑ッて居る。


『フヘッ.......なンたッてまンず.......へば遣ってるどご、動画で送ろォが?』


「遣れるモンならドウゾー、途中で萎えたりしないで下さいね?」


此の辺から、段々楽しくなッて来た。


今迄の人生で、父ちゃん以外の大人に

こンな、ふざけた口の利き方をしたのは初めてだ。


「にゃっはっはっはっはっはっ!.......ハァーァ........おがしいー」


『フフフッ......判がッた判がッた、アドでナンボでもちょさせる(触らせる)がら、

先ず壱汰どひとづして(一緒になって)来い。ア、酒コも追加で持って来てけれなー』


「オメ其れ、銭ぇんこ(お金)出すなだべな?」


「オーゥ、出す出す。出すがら、ぐぐど来い」


「......んだど、静。何とする?」


「.......取り敢えず、セクハラされる覚悟は決めといた方が良いよね?」


「まンず、な」


という訳で、僕達は一路、小鳥遊さんの

アパートに向かう事と、相成った訳だが。


散々悪態を吐いた割には、何処かでワクワクしてる自分が居た。



7.


「壱汰さん」


「なした?」


「壱汰さんが買ッて来てくれたコレ、一応持ってッた方が良いよね?」


云って、手にしたコンビニの袋を差し出す。

中身は、唐揚げ弁当とサラダ、コーラゼロ。ソレゾレふたつずつ。


中々に、バランスの良いメニューだッた(飽く迄、当社比)。


「まンずな、アレなも、唐揚げぐれェだば喰うべ」


「んだね」


摘みには、確かに為りそうだ。


「本トは、オメどさ喰へでがったンだどもなー。

マダ風邪コ引いで倒れられれば困るし」


「彼の説は、ホント済みませんでした........」


今、其れを思い出しますか。壱汰さん.......恥ずかしい。


「にゃっはっはっはっ!此の儘、オメどご俺のヒモに

してけでェんだどもなァ。なンたッて、銭ぇんこ無ぇがらなー」


「...............」


酒を飲まなかッたらしい、壱汰さん運転の

車内は、こンな風に賑やかだッた(殆ど壱汰さんが、

と云う蛇足は、可哀想なので割愛させて頂く)。





ソンナこンなで、途中のコンビニで麦酒等を追加購入した後

(序でに僕の分の煙草も買って貰ッた)小鳥遊さん宅に到着。


「誠治ー、来たどー。キリンラガーで良いなだがー?」


壱汰さんが、玄関を開けて直ぐ、部屋の主に呼び掛ける。


「其れハァ良いども、アレや。美少年連れで来たがでゃ?美少年」


いらっしゃい、の一言も無く、部屋の主は赤ら顔でコウ宣ッた。

イヤ、先生。行き成り過ぎでせう。苦笑いを浮かべて居ると、


「ホレ、コゴさ居だ」


僕の肩を抱き寄せ、差し出す様にする壱汰さん。


太鼓の部族に於ける、生贄に選ばれた

人の心境が、何と無く判った様な気がした。


「静哉......いがった、来てけで........むゥ」


「ワォ」


思わず、欧米風の感嘆詞を弄し乍ら、ウッカリと

小鳥遊さんの大きな身体に抱きすくめられ、


「ホレ、高い高ァーい」


ヒョイ、と抱き上げられてしまッた。


「壱汰さん、リアルに助けて。コワイ」


「堪えれ、其のウヂ、気ィ済めば寝るがら、此の男は」


「今夜は寝させねェやー?ヘッヘッヘ」


「と、仰って居ますが」


「なんじが為る、多分な」


「.......無理ぢゃネ?」


不安は残れど、取り敢えず、此の助平で強面スカーフェイスな巨人と

旧知の仲である壱汰さんの云う事を信じてみよう。ウン、そうしよう。





そンな訳で、僕は何故か小鳥遊さんの

膝の上に鎮座ます事と為った。何故。


「静哉、オメなンだが元気ねェごど」


「.......え?」


赤ら顔の小鳥遊さんが、僕を抱き寄せ乍ら

出し抜けに、僕に尋ねる。因みに、壱汰さんが

買って来た麦酒(500ml)も、モウ2本目を開けて居る。


確かに、元気は無いンだろう。


壱汰さんが、僕の先日の無礼を乗り越えて、

ソレでも僕が好きだ、と云って呉れたのは、先刻。


其れを、未だに僕は信じられずに居た。

自分でも判ってる。随分な拗らせ様、だと。


「静。オメ未だ、俺がだどご特別視して、自分どご卑下してらンだべ?」


「エッ、エッ?」


「なぃ、んだながァー。何も心配なのさねくていいなサー」


「んだヤ、静。俺がだ揃って、ぼっこれ(ぶっ壊れ)親父の

集まりだヤー?オメなの、マドモ中のマドモだべしゃァ」


ソウ云って、壱汰さんは、小さな緑色の手帳を、

徐ろに長財布から取り出した。「障害者手帳」の

6文字が、金色に光って、カバーの上に並んで居る。


「んだァ、ホレ。俺の左目だッて」


小鳥遊さんも、同じ型の赤い手帳で、左目の大きな傷を指して見せる。


「ホント、だったンだ.......」


息を飲む。本当に、ソレしか出来無かった。


「なぃ、オメ。アレ、嘘だど思ッたったながァー。

 ひンでェヤヅだなァー。にゃっはっはっはっはっはっはっ!」


御免なさい、俄かには信じ難かったモノで。

心の中で、自分の頑固さに依る非礼を詫びる。


「壱汰ァ、オメ静哉さあのゴド、喋ったながァ?」


「おぉ、此れがら俺の大事だ人に為るがもさねェがらナ!」


僕の肩を抱き寄せ、シレッとソウ云ってのける壱汰さん。


「静哉ァ、オメ嫌んだば嫌んだッて、正直に喋れェー?」


云い乍ら、ケタケタ笑う小鳥遊さん。

ホント、素面の時とイメージが違う。


顔の右半分で、少し引き攣り加減に笑う姿が、妙に新鮮だッた。


「寧ろ、ソウシテ欲しい位です」


僕の発言に、2人のおじさんがほくそ笑む。


「こンな、自分の大事さが判って無い様な奴で良かったら、ですけど」


つい、余計な一言が口を吐く。悪い癖だ。


すると。



がしっ!



「静哉!オメ、いっぐ聞げ?」


「は、ハイッ!」


「オメは、なしてそンたに自分の失敗どごばり、

責める!?昨日のアレだッて、んだッたべ!?」


「.......」


僕の肩を、壱汰さんから奪い取る

様に抱き寄せる、小鳥遊さん。


「んだヤ、静。彼の時も、モヂロン今だッて、

オメどご責めでナ、居ねェんだや?」


壱汰さんが、頭を撫でて呉れる。

2人のおじさんに慰められ、ウッカリ涙腺が決壊しそうに為る。


其処、に。


「アド、オメ来週のアルヴェでのライヴ、出ねェんだが?」


小鳥遊さんが、出し抜けに尋ねる。


「......だッて、僕じゃァ未だ........」


「出れ、静哉。1週間で仕上げで、俺がだど出るなだ。判がッたが?ボンズ」


至近距離で、ガンを飛ばす小鳥遊さん。

しかし、何処か優しげな、瞳。全然、威圧的でも無かッた。


「........」


僕が、口篭っていると。


「静」


「え?」


壱汰さんが、呼び掛ける。

其の視線も矢張り、真剣其のモノ、だッた。


「冗談で生ぎれ、静。其の方が、ヨッポドが、楽しい」


綻んだ、壱汰さんの笑顔を見るに付け、


「........御免なさい.......」


又、泣き出してしまッた。


今日は、ズッと泣きッ放しだ。何だろう、安心した所為、なンだろうか。


違う。


自分より、凄まじい苦労をしたで有ろう大人が

こンな眩しい笑顔で、言い切ッたから。だ。


「うふゥッ.......自分ばかり不幸ぶッて.......ひっく......本当に、御免なさい」


「なンもヤ、そンた事、してねェべ?」


壱汰さんの、優しい声。と。


「オメだば、ほンと心配性だな.....」


小鳥遊さんの、低く響く、呆れた様な声。


「マ、そンたどごも好ぎだどもナ?」


「「エェッ!?」」


「.............」


唐突にブッ込まれたネタ.....かと

思いきや、ドウやら本気だッたらしい。


「安心しれ、壱汰。取ッたりなの、さねェがら........アァ、酔い醒めで来た」


少しずつ、何時もの小鳥遊さんに戻りつつある。


「まンず、飲め?」


薦めちゃッてるし......。


「ホレ、静哉も!」


「ハイッ!?」


「........父さんど一穂さは、内緒にして置ぐがら。ナ?」


イヤ、そンな事、仰られましても.......。


僕、家で偶に、父ちゃんのワインを

チョロまかす位しか、飲まないんンですが。


「.............戴きマス」


本当に2人が内緒にして呉れる事を祈り、

僕は壱汰さんが差し出す、缶酎ハイを受け取ッた。


えぇ、ワタクシ山崎静哉は、おじさんの潤んだ瞳に負けました。




翌日、朝方まで飲み明かした僕達は

揃って二日酔いに為り乍ら、朝を迎えた。


酔ッ払い乍らも、憶えて居た。壱汰さんの言葉。


「冗談で生ぎれ、その方が、よっぽが楽しい」。


其の言葉が、僕の勇気を何処までも、奮わせる。


モウ、真面目腐って「自分の存在

意義」に尽いて考えるのなンか、止めだ。


天使なンかじゃ無くても、今だッたら羽ばたけそうだ。



【次話に続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハートのパレード 吉田源樹 @9250ntng

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ