ハートのパレード
吉田源樹
第1話「空が風邪を引いたみたいだ」
1.
ソレは何時も、パレードの列から
逸れて居るかの様な、そンな淋しさ。
本当は其の列に混ざりたいケド、
何処か混ざれ無い。視え無い壁が、
僕を阻んで遠避けているかの様に。
そンな事象に、産まれてから17年、
僕・山崎静哉は苛まれ続けて来た。
ダケど彼が、壱汰さんが、
此の怯える手を牽いて呉れる。
然う、恐くなンて無い。
僕を連れ出す、「ハートのパレード」。
※
本来は立入禁止の学校の屋上から
気弛そうに見上げる、少し汚れた
布団綿の様な、ブルーグレイの空。
眼下に視える蓮池も、心持ち澱んで居る
様に観得て、仕方無い。花も勿論、凋んで居た。
暖かい雨に少し湿ったコンクリートの壁に
背を凭れ掛け、昔懐かしいCDのウォークマンで
お気に入りのアルバムをリピート再生して居る。
カナル式の白いイヤフォンから流れる、
僕の大好きな曲。我が地元・秋田が誇る
ローカル・バンド。「ライスボール」の、
デビュー曲「飛行機雲」。何時聴いても名曲だ。
マァ、残念乍ら此の澱んだ空からは
飛行機雲なんて視得ない訳で或るが。
此処で徐ろに、先程教室から
持ち出した、スクールバッグを
ゴソゴソ遣りコンビニで買った
昼飯を取り出した。ツナマヨの
お握り2ツと、フライドチキンと
ポテト。其等をカルピスウォーターで
ゴクゴク、と勢い良く流し込んだ。
「不味い」
ダケど、落ち着く味である。
少なくとも、「孤独慣れ」
してしまった僕にとっては。
「.......碧空、なンてモノを拝める
のは、此の髪色だけか。詰まらんな」
少しだけ伸びて来た短い前髪を撫で、
独りゴチた。然う、イマの僕の髪色は
コバルト・ブルー。勿論、地の髪色
なンかじゃ無い。秋田駅前FORUS地下の
ヴィレッジヴァンガードにて、
カラーリング剤を買い、自身が
根性で染め上げた、各方面で
物議を醸した『最高傑作』である。
僕は、此の学校じゃア「問題児」
として通ッているらしい。自分では、
そンな事は無いとは思って居ても、
世論は其れを許しては呉れ無いのだ。
「確かに此の御立派な進学校じゃア、
浮き上がるだろうよ。なァ、コバルト」
不意に、前髪を抓み話し掛けて見る。
先刻もサッキで、此の眩しい髪色について、
口煩い教師どもにシコタマ説教されて
来たバカリ。其れをマトモに聞いて居る内に
吐き気を催したので、僕は全速力で
生徒指導室を逃げ出し、其れから暫し
トイレで少しだけ戻した後、こうして
屋上まで逃げ込んで来た訳、で或る。
此の県下有数のエリート校(仮)に、
自らの母校という理由でブチ込んだ
父も、相当に理解の足らぬ男だが、
人には、「向き不向き」と云うモノが
確かに存在して居る。ソースは僕だ。
因みに今、其の敬愛するクソ親父様は
世界各国を周り、ピアノを弾いて
暮して居る。職業は「現代ジャズピアノの
貴公子」と云う肩書きの付いた、著名な
ピアニスト兼作曲家、で或る。我が父乍ら
何処までも気障な野郎だぜ、マッタク。
そンな訳で僕の住むマンションに
帰って来るのは、年に数回有れば
良い方、なのだ。マッコト人気者は辛い。
僕は、家でも学校でも、『独り』なのだ。
2.
漸く、学校帰りの時刻で或る。
早々に学校を後にして居た僕は、
お気に入りのブルーの雨傘越しに
空を見上げる。相も変らずクスんだ
灰色の儘だ。憂鬱。ソウ、『憂鬱』だ。
イマの、此の持ち上がらぬ気分を端的に示す日本語。
そンな感情と人波に身を任せつつ、
僕は乗ろうとして居たバスを見送ッた。
「今日の餌でも買って行こうかネ」
最寄りのコンビニに足を向ける。
......ザァァァァ......
雨脚が、余計強まッて来た。
「雨、死ね。クソッ」
雨音が耳に刺さるので、イヤフォンの
最大ボリュームで塞ぐ。ライスボールの
ヴォーカル・手嶋壱汰さんの歌声とギターが、
小鳥遊誠治さんのベースと溶け合い、見事な
遮音効果を産み出して呉れる。有難いコトだ。
然し、寒気がする。
今朝からズッと、原因不明の
悪寒に悩まされていた。今日の
雨も、イチ段と冷たい心持ちだ。
キモチワルイ。ヤルセナイ。カエリタイ。
其れから、ヒリヒリする。ヒリヒリと。
心が、只タダ悲鳴を挙げて居た。
永いコト感じて居た、淋しさに堪え兼ねて。
......シトシトシトシト........
バシャッ!
其の儘、僕は意識を無くした。
コンビに前の駐車場に倒れ込んだ儘、
動け無くなった僕が最後に感じて居たのは、
只、寒さと空腹丈、だった。
※
夢。
其の中では、僕が好きな彼の曲が流れて居た。
先刻まで、旧式のウォークマンで
聴いていた歌の様だッた。其れに
したッて、気持の佳い響きで或る。
「え........ッと」
呟いたトコロで、無常にも眼が醒めた。
そして、全く見覚えの無い景色に当惑する。
某アニメでの表現を借りるならば、眼前には
「見知らぬ、天井」が存在して居た。ソシテ。
「応、起ぎだがボンズ。佳がッたイガッタ、
中ナガ起ぎねェがら、アド死んでらがど思って
焦ったでゃア。にゃっはっはっはっはっ!」
見知らぬヒト........否。
「オメ、アソゴの山王のローソンで
倒れであッたモノ。唇も顔もミンナ
青っちれぐなッてで。んだどもまンず
息はしたッたがらイマコゴ、俺デ家さ
連れで行って暖ッためねばナァつッて
車さ乗せだなシャ。佳がッたでゃ、まンず」
「.........ハァ........」
「勝手に服脱がせで、身体ダゲ熱ッつい
湯っこどタオルで拭いで着替えさせだども、
ガモまでは観でねェし、男同士だもの。
ナンも心配なのさねェくて良ぃど。ボンズ」
「.........」
面識はないけど、滅茶苦茶知って居るヒト。
「.....アノ」
「んァ?なした」
「.......附かぬコトをお伺いしますが
ライスボールの、手嶋壱汰さんですか?」
「応。いぐ俺どご知ったったなァ。其の若さで」
彼はアッサリと肯定する。
「へば、夢だ」
思わず、秋田弁が出てしまった。
「夢?」
「.......エ、ンだってこれ、僕がライスボール。
特に壱汰さんが好きすぎて観ている、
都合の佳い夢とかじゃア無いンですか?」
「.......なしてそう思うナよ?」
「僕.....壱汰さんが好きです。大好きです」
「...........」
其れにしても、饒舌過ぎる。今の僕。
観ろ、壱汰さんだってスッカリ辟易して黙っちゃった。
なんてボンヤリと反省して居た時、だッた。
にょーん。
「ア、アワワッ」
メッチャ、ほっぺ捻られてる。痛....
くも無いけれど。当惑していたら、
「オメ、此れどご、夢だッてが?ン?」
「......ひぁいまふぅ(違います).......」
妙に、感触がリアル。と、云うコトはだ。
「にゃっはっはっはっ!起ぎで早々の
愛の告白も中ナガ、オツだもんだなァ」
「嘘だべェェェッ!?」
「にゃっはっはっはっはっはっはっ!」
後に聴いた話だが、僕が夢の中で聴いた
彼の歌は、壱汰さんが僕の眠る枕元で
弾き語りをして居たモノと判明した。
随分と豪華過ぎた、夢のBGMだッた。
3.
「まンずしゃ、驚いだでゃ。まさがヤ、雨さ打だれで
風邪っこ引いで道ながで倒れでらどは思わねがったなァ」
「.......お恥ずかしい限りで御座います........」
壱汰さんの作った卵入りおじやを戴き乍ら、
モゴモゴとこう、応えた。イヤ、ホント恥ずかしい。
「あゃ、何ンも気にさねくたッて佳い?まんずしゃ。
コレ食ったら、1回制服さ着替えるべし。アド洗濯干せでらモノ」
「ア、有難う御座いますッ」
「シテ着替えでがら病院さ行ぐべシ。ナァ。
もべっこ(もう少し)で、病院も開がるべがら」
「ア、ハイ。えッと...」
と云った処で、フト自分のスマートフォンを探す。
...........アァ、布団の向う側のバッグが遠いぜ。
「イマ、何時ですか?」
「朝間の、9時や」
「ふェッ!??........ウッ、ゲホッ、ベフンッ、ウェッ」
そンな時間まで熱出して倒れて、あまつさえ
他人様の御宅で寝てしまっていたのか。跳んだ失策だ。
「ホレ、そンたどしめがさねぇで(慌てふためかないで)」
然も、憧れの壱汰さんの御宅で或る。
マタ、熱が上がりそうだ........。
思わず頭に手を当てて、簡易的な
『考える人』ポーズを取ってしまう。
「取り敢えず、オメなの親御さんさも電話さねばねぇな」
ソレに構わず呼び掛ける壱汰さんに応えるかの様に、
なンとか起き上がり、バッグからスマートフォンを取り出した。
「あ、コレ。僕の携帯です........。山崎計哉って
書いてるのが僕の父なんで。ア、チョッと待った」
「なした?」
「......イマ父ちゃん、海外に居るカモだから通じるか如何か」
「まンず一回、父さんさ掛げでみるべ.....ン?なンがメール来てらども....」
「え」
「ヤマザキ.........ケイヤ?これで「カズヤ」ッて読むなだが?」
「.....ちょっと失礼します」
壱汰さんからスマートフォンを受け取り、サッソク履歴を確認する。
「......父ちゃんだ」
「父さん、なしだど?」
「.......今日、アサ9時に秋田空港に
到着するから、学校終わったら駅前の
キャッスルで待ち合わせな..........って」
「うし。へば、日本さは着いでらな」
其れドコロか、秋田の地に降り立ッてますね。モウ、既に。
と言うわけで、壱汰さんはサッソク
僕の携帯で父さんに連絡を入れていた。
電話を代わッたら「何やってらなゃ、此のバガ息子ッ!」
と普段は抑え目にして居る秋田弁で語気を荒げた父ちゃんに、
鼓膜が破れるほど叱られてしまった。此の調子じゃア恐らくは
レンタカーを土壇場で借りてスッ飛んで来るだろうな。うん。
イマからクソ親父の愛のイヤミ攻勢に備えねばなるまい。
取り敢えずお父様、生きてて御免なさい。
僕はイマ猛烈に、「人間を辞めたい」のです。
※
「ッたく........そンな見るからに寒そうな
水色にして居るから、風邪なンか引き腐るンだ」
壱汰さんが連れて行ッて呉れた、少し大き目の
病院で落ち合うなり、父ちゃんは僕の髪色を
指さし(というより突ッ付き倒し)、コウ苦言を呈した。
「違うもン。空色だもン」
「オメ、そンたななンじでもひとづ(同じ)だべッ!
此のバガ息子ッ!俺はそんた事喋ってらンでねェなだッ!
なンぼ心配掛げだが、判がッてらンだがッ!?えェ!」
父ちゃんが、病院に居る人々の視線も介さず怒鳴る。
そンな姿に訳も無く、苛立ちが募る。
「そンたな判りだぐなンか無い!何ッ時もイッツモ
息子ホッポリにして帰って来ねェ癖して、コウ云う時だけ
父親面かヨ、お前も風邪引いて死..........ゲッホ、ゲホッ
ゲホッウェホッ!.....ウェッ......ウゥゥゥ........」
「...ホレ、咳。あッちゃ向いで遣れ」
モウ、帰りたい。此処では無い何処かに。
ソウ思って、スッカリ泣きたくなッた。
莫迦みたいに、嗚咽だけが漏れる。
「済みません......ウチのバカ息子が世話掛けてしまッて」
父ちゃんが、改めて壱汰さんに頭を下げる。
莫迦、其れは僕の仕事だ。あンたが遣るな。
「にゃっはっはっ、なンもだァ。まンず父さん来てけで佳がッたなァ」
壱汰さんが僕の肩に手を掛け、軽く揉む様な仕草をする。
大好きな彼に、スキンシップを施して貰える。嬉しい。
ソレなのに、僕は尚も父ちゃんに噛み付いて見せる。
「.....来なくて良かッたのに、こンなクソ親父。
寧ろソッチの方が風邪引いてくたばれ....ケホッ」
駄目だ、未だ咳が止まら無い。ツライ。
自己嫌悪と、吐き気がだけが気管の辺りで彷徨っていた。
「あゃ、駄目だべ。折角来てけだ父さんどさ、そンた事云えば」
「んだや、オメ。もッとお父様どご敬え。いッそ崇め奉れ」
「.......其の儘、仏さんに為っちまえ」
「あゃ、しかだねェ」
「いいンですよ、所詮はクソ餓鬼の戯言ですから」
「うッさい、死ね」
大体、こンな展開は読めて居たんだ。
父ちゃんはコウ遣って、叱るかイジるかしか、
して来無いから正直云って、面倒臭いのだ。
居ない間だって実は結構、清々して居た。
清々して居た、筈だったンだ。ソレなのに。
必死で、溢れる涙を堪えていた時だッた。
ぽん、ぽん。
壱汰さんが、頭をそっと撫でてくれる。
「....せッかぐ父さん来てけだモノ、風邪ッコ
引いだ時ぐれぇ甘えでみれ?ナァ」
「.....ハイ」
ウン、本当はちゃンと『判ってる』ンだ。
父ちゃんが、誰より僕を大事にして呉れて居るコト。
そして、僕もほンとは、淋しかッたンだ、と云うコト。
悔しいから、本人には絶対にそンな事、云って遣らないケド。
4.
と、云う訳で或る。内科での診察も、
薬の受け取りも、更に壱汰さんとの
メアド交換(壱汰さんが未だガラパゴスで、
LINE交換が出来無かッた)も、滞り無く終ッた。
そンな、帰りの車中でのコト。
「先ず、アレだな。其のバガ風邪どご治して
髪の色も染め直さねばねェなァ?静哉くんよ」
ナドと宣う父ちゃんの、少し厭味ッぽい視線が僕を見下ろす。
「やだ」
「やだ禁止」
「は、死ね」
「お前其の、直ぐ死ねって云うの辞めろ」
「善処しまス」
「........ッたく」
こンな風に取り止めの無い会話が続いて居る。
そンな中、僕は。
「..........父ちゃん」
「ん?何だ」
「壱汰さんが云ッてたアレ、如何すンの?受けるの?話」
病院に居る間、ずッと気に為ッて居たコトを口にして観る。
「んー」
因みにアレとは、という問いに答える。
アレは丁度、院内の薬局の中で、自分の薬の順番を
草臥れたソファに腰掛け、イヤフォンで音楽を小さく
掛けながら待って居た時のコト、だった。
「トコロで、カズヤさん.....だったッすやナ」
「ア、ハイ」
「前がら知ッてあッたんだッすども、有名だピアニストなんだッすナ」
「アァ、なンもですよ。偶々、御縁が在ッて弾かせて戴いてる。ソレ丈です」
マタそンな気障なコトをよくもマァ、しれッと云えたもンだ。
我が父乍らこう云う、格好付けた様な処が気に喰わンのだヨ。
「アノ、こンた事音楽家の先生さ頼ンで
佳いが、ども思ったンだッすども.......」
「ン?何だすか?」
「モシ佳がッたら......俺がだのバンド。
ライスボールでキーボード弾いでけねッすか?」
「ほ、ア。えッ?」
驚きの余り、素っ頓狂な声をあげる我が父。
小さく掛けて居たステレオから
抜群のタイミングでSEの女性の
笑い声が被さり、少し笑えた。
「いやァ、ウヂのモド居だキーボードがコレ為っちゃって」
云い乍ら、両掌を合わせて見せる壱汰さん。
「アァ........ご愁傷様です」
詰まりは、『ソウ云う事』だ。
「ソレで次、アルヴェ(拠点センター)でライブ
遣るんだッすども、なンじが出で貰えねッすか?」
その後、少し考えて「自分独りでは決め兼ね
ますので、家族や事務所と相談してから......」
と云う旨の返答をしていた。
マァ、一応所属事務所との兼ね合いも有るからネ。
当然の様に東京に有るから、手続きも時間掛かるし。
「ンで?父ちゃん的には如何したいのサ」
悩む父ちゃんに、改めて問うてみる。
「マァな。確かに丁度良いタイミングでは有るわナ」
「......え?」
急に真面目な顔に為る、父ちゃん。
「ピアニストとしての活動を、今回の公演で終わりにする」
直後の告白が、カナリ唐突過ぎた。
「.......」
「お前との時間も今まで満足に作れないでいたし、何より
こンな大変な時に直ぐ駆け付けて遣れ無いンじゃア、な?」
イヤ、待て。訳が、判らない。
一瞬、僕が病院で散々毒づいたのに傷付いたのかと思ッた。
然し、そンな容易いコトを悩んでるような表情では無い。
地下トンネルの橙灯に照らされた、父ちゃんの元より
カタチ良い顔立ちが、ゾッとする程憂いに満ちて綺麗だ。
「今更要らないよ、そンなモン」
なンて、ソッポは向いて見たけれど。
正直、どンな顔して見せれば佳いのか、
其の時の僕には皆目判る筈も無かッた。
※
39度の高熱に浮かされ乍ら、
マンションの階段をゆッくりと登る。
熱とは違う何かの原因でも、頭の中が
グルグルしちゃッてる様でモウ、大変だ。
「歩けるか?」
「.......足、重たい」
「久し振りに、おんぶして遣るか?」
「........要らないッて云ってンじゃん」
「何がだよ、こンなフラフラした歩き方して置いて。
ホラ、良いから遠慮し無いでおぶされ。な、静哉」
「.....だから今更、父親アピールしてンじゃねェよ」
出て来るのは只、ツッケンドンな言葉だけ。
苦々しい顔を浮かべる、父ちゃん。
ソシテ、尚も止まらない、僕の涙。
「....ッたく」
ひょいっ。
「うわァァッ!!」
二番目の踊り場に着いた瞬間、父ちゃんに
イキナリ担ぎ上げられ、其の儘運ばれてしまった。
「バガ、声でっけェ。あど夜間(よんま)だや」
「やンだ、降ろして。コワイ」
「良いがら掴まッてれ。ンでねば、落どすど」
半ば怒ッた様な口調で、僕の言葉を遮る父ちゃん。
「クソ親父、気障野郎、隠れホモ」
「............」
僕の、泣き乍らの暴言にも構わず黙りこむ、父ちゃん。
只、階段を駆け上がる足音だけが、
夜のマンションの階下に冷たく響いて居た。
「静哉」
「.......何ですか」
「例えお前が、俺を嫌いだろうがなンだろうがな、静哉。
俺は、お前の父親なンだ。どンなコトが有っても、お前が
1番大切な、タッタひとりの宝物だ。愛してるゾ、息子よ」
「.....媚売ってンじゃねェよ、クソ親父」
「何とでも云え、モウ淋しい想いなンかさせねェから」
「............」
父ちゃんの背中越しに、久々に嗅いだムスクの匂い。
ちッちゃい頃から、パニッを起して泣く度に、
僕を抱きしめて慰めて居た、アノ懐かしい香りだ。
「父ちゃん」
「ん?」
「好き」
「俺もだよ」
「...........」
口には全く出さずに居たけど、
只管に自分の事を、心では責め続けて居た。
父ちゃん、御免。『僕の所為』だ。
僕なンかが、存在しなけりゃア
父ちゃんは自由に生きられたンだ。
僕みたいな、面倒臭い生き物が、存在しなけりゃア。
ソウ。繰り返し、くりかえし。
まるで自分のことを慰める、呪文のように。
5.
其れから時はドンブラコと流れ、アノ憧れて居た
壱汰さんとの初対面から、既に1週間が経過して居た。
「.....なンか、僕じゃない.....」
風邪もスッカリ治り、僕の髪も黒く染め直された。
「未だマダその『僕』自身とやらが確立
されてなぞ居ないガキんちょ風情がなァにを
そンな尊大な口が叩けるモノかい。イヤ、
ソレに付けても、其のスッキリ刈り上げた
うなじもナカナカ素敵だよなァ、静哉くん」
合わせ鏡に映る、僕の新しい髪型の全貌を
見遣り乍ら、父ちゃんが満足げに微笑ンで居る。
「こンな前時代の『化石』みたいな刈り上げにした
張本人が何を抜かす。あークソ。頭が寒い。寒いなァ」
「はン、今時ツーブロックも知ら無い
だなンてハッキリ云ってイモねェ。我が
生ける芸術作品の、山崎静哉くん(17)」
「お褒めに預かりまして光栄で御座いますよ。
世界一、カットの腕と子育て方法に難アリな
カリスマ美容師の、山崎計哉さん(43)」
「ヨシ判った、チョッと首締めさせろ」
「ぐるじいッ、いだいッ、ギブギブギブッ!」
ピンポーン
「はァイ、セールスならお断りですよォ」
何時もの親子漫才に興じていた処に、突然の来客。
父ちゃんが応対しに、インターホンに向かう。
ソシテ、のッけからセールスと決め付けるのか。我が父よ。
「ハーイ、ピンポン今晩はァ。にゃっはっはっはっ!」
遣って来たのは、セールスでも新聞屋の勧誘でも、
エホバの証人でも無い、れッきとした壱汰さんだッた。
「アァ、手嶋さん。丁度良かったです」
「静哉の具合、なんとだ?」
「やァっと風邪も、病ンで居た髪の色も治りましてネ。ハハッ。
ソレより俺の此の、芸術作品をトクとご鑑賞して下さいナ」
人の髪色をビョーキみたいに云うな。クソ親父。
些かテンポの悪いツッコミを谺させつつ
改めて鏡の前で、自分のうなじを撫でる。
(.....変だとか思われないカナ....)
彼の反応が、途轍も無く、気に為る。
然し、グズグズもして居られないので
サッサと、彼の前に姿を現すコトにした。
「ア......どうも。お久し振りです」
チョッとだけ、緊張する。
父ちゃんに散髪されたバカリのこの黒々とした
髪を見せるのもソウだが、何より壱汰さんの
顔を観るコト其のモノが、なンか、然う。
等と、独りモジモジし乍ら、彼の反応を伺う。
「.........」
.....まさかのノーリアクション、だろうか。
なンて、考えながらウッスラ泣きかけた時だッた。
くしゃっ。
「佳いしゃァ。男振り、余計上がったごど」
壱汰さんの温かい手が、僕の頭に触れる。
病院の時もソウだったけど、やっぱり
優しい撫で方をして呉れる、人だった。
掌の温度が、ジワリと染み込んで来る様な、感じ。
きゅー…ん。
「ハァ......どうも有難う御座います」
取り敢えず、顔が熱い。
視線も、合わせられ無い。
何なンだろう。まるで少女漫画にでも出てくる
ヒロインみたいな反応を、イマしてしまッて居る。
ソウ、画面上で「タッタ今、恋に落ちました」とでも
云わんバカリの意思表示に余念の無い、彼の表現方法、まンまだ。
ソコに。
「なァに二人して、イイ雰囲気創っちゃッてんのかナ?」
カリスマ美容師(仮)こと我が父・計哉殿が
楽しそうにしながら、此方を伺っていた。
「ハイ?何抜かしてんだ。変態ジジイ」
「にゃっはっはっはっ!コレで父さん居ねぇば、
此れがら正に、オメどご口説ぐどごだったなァ」
「えッ!?」
頬が、ジュワッと音でも立てるかの様に赤く染まって行く。
え、イヤ。だからなンでこンな少女漫画の(以下略)。
「いいなァ、俺にもチャンとムードこさえて口説いて呉れる
50、60オーバーの美人なおじさま、どッかに居ねェかナァ?」
「気持ち悪い」
この場合、あンたも充分おじさまだろ、とツッコむべきか。
はたまた、人前でテメェの性癖を曝してんじゃねェぞ此の
生来のどぐされ桶専ジジイ、とでもツッコむべきか。
悩んだ末に、此れしか云えない僕も大概な体たらくだった。
「にゃっはっはっはっ!居でければ良いんたたッてナァ?」
「ア........父ちゃんのコト」
「判がッてらよ。この前、飲みにも行ったしな」
「マジですか........父が跳ンだご迷惑を」
ふざけンな。
可愛い息子が風邪引いて寝込んでる間に、
此の桶専ホモは確り、抜け駆けし腐ッて。
ア、待て。今のは無し。
何ンだ、抜け駆けって。
「いやいや、面白ぇがったやァ。俺の身体ど引換えに
キーボードの件、引ぎ受げるっていう冗談どがなァ」
「其れは明らかに冗談じゃないです」
思わずソッチに、ツッコミを入れてしまッた。
ソシテお父様、ほぼ初対面のおじさん相手に、
何サラリとセクハラ発言かまして呉れてんですか。
恥知らずも甚だしい父に、辟易して居ると。
「アァ、それでナ静哉。父さん引き受けたゾ。ライスボールのキーボード」
「えッ、もうヤったの!?早ッ!」
スパァンッ!
持ッて居た筒上の秋田市報で、思い切りはたかれた。
何ですか、其の無駄な反射神経の早さは.........。
「阿呆か、お前は。其処まで下衆には出来て居らんわい」
「.....痛ひ........今のはマジで痛ひよ。パパン」
「にゃっはっはっはっはっ!なンも違う違う。ウシロだば
無事だがら、俺どごだばなンも心配なさねくていいや?」
「ア、じゃア壱汰さんがタチ.....」
「「ンでねェって」」
ふたりのツッコミが、綺麗に揃った瞬間だった。
こンなに良く訓練されて居るし、やッぱりアヤシイ。
「なンもや。身体どはマダ別の条件どご計哉くんがら
出されでナ。ソレで俺も、快ぐウンって云ったったなヨ。」
「条件........ッて?」
すると、壱汰さんは悪戯っ子のような微笑みを浮かべる。
「静哉ど俺ど、ツインヴォーカルで遣るごどだ」
「.........え?」
呆気に取られて居ると、父ちゃんが
含み笑いヒトツ浮かべ、コウ宣った。
「そういう事だ、静哉。お前、なンたって
俺に似て、声も顔も佳いし、歌うのも好きだろ?
「.....うん」
合間に、物凄く余計なエスプリも織り交ぜて来たが、
ソレは鮮やかにスルーして置いてあげた。なンと云う孝行息子。
「某世界的動画サイトでもギターの
弾き語り動画、挙げてる位だしなァ」
「オイ親父、何で知ってんだ」
「あンな5万回とか物凄い再生回数叩き出して置いて、
此のお父様にも知られてねぇ訳ねェだろうが。常識で考えろ」
確かに、某あなたの電子管には動画を挙げて居る。
其の中には、ライスボールの弾き語りをヒッソリと
して居たモノも或るが。だけど、何でなのサ。
「此の前も父さんがら、オメなの動画も見せで貰ったども、
佳い声してらやなァ。ギターテクも独学にしては高レベルで、
アレだばどでん吃驚したやァ。にゃっはっはっはっはっ!」
....恥ずかしい。猛烈に恥ずかしいよ。パパン。
父ちゃんが演奏旅行で居ない間、時々学校をサボッては
練習し、諸々仕込んでいた賜物です、ほンとすいません。許して。
「テナ訳で静哉くんや、お父様の為にも大役ヨロシクな?」
「は?勝手に決めんなよ、クソ親父」
「俺がらも頼まれでけねべが?...ナァ、静哉」
「え........アノ、其のォ」
至近距離で、壱汰さんに見詰められてしまう。
うわァ.......綺麗な瞳。案外睫毛、長いんだな。
触りたい........イヤ、待つんだ。僕。
「駄目だが?.......駄目だば云ってけれ?」
最早、何も、云え無かった。
只静かに、生唾を飲み込むしか出来ない。
未だ、胸がドキドキして居る。
「なンじが頼む、静哉」
キュッと、包み込むような握手をされて、
更に、動悸が激しくなッてしまう。ソシテ。
コレは、完全に、遊ばれて居る。
きッと、父・計哉より受け継いだ
「おじさま好き」の血の存在に、
気付かれて居るに、相違無い。
(注※ 本人もタッタ今気が付いた)
風邪薬の次は、救心でも飲ンで置くが良いだろうか。
そンな事を思いながら、僕は未だハッキリと返事が出来なかった。
6.
「俺ど静哉でやらねが?ライスボールのツインヴォーカル」
此の有難いお誘いを壱汰さんご本人より受けた
其の日から、僕は未だ答えを決め兼ねていた。
「親子で同じバンドに居るのは、気ィ使えるか?やッぱり」
父ちゃんは頻りに訊ねるケド、
「そンな心配、とかじゃア無いよ」
うん。そンなちッぽけな拘りなんかじゃ無い。
寧ろ、父ちゃんとは1回セッションして観たかった。
ピアニストとしての父ちゃんを、ほんとに尊敬して居るから。
ソレなのに、なンで僕は未だ悩ンでるのか。嬉しい筈、なのに。
憧れて居た壱汰さんに父ちゃんの序でとは云え、誘って貰えて。
「..........父ちゃんの、序で。か」
なンて事を延々考え込んで居る内に、
ライスボールの次の練習日を迎えてしまッた。
「顔、引き攣ッてるゾ」
と、父ちゃんに突っ込まれながら、練習場所
である、FORUS地下のスタジオの扉の前に立っている僕。
「お前なら飛べる、何故ならお前が俺の翼だからだ」
「.......昨夜遅くまで、カウボーイ・シティ
(OVA全6巻)なンか観ちまうから。此の莫迦は」
「カウボーイ・シティ」とは、80年代前半に
ライスボールが主題歌を歌ッたSFアニメで或る。
前述の台詞は、其の作中のモノだ。
「何か問題でも」
「安心しろ、問題しか無い」
なンて毒づき乍ら、父ちゃんがスタジオの重たい扉を開ける。
「どォも、遅くなりました」
「応、来たが.......って、静哉ッ!?」
出迎えに出た壱汰さんが、僕を観るなり大袈裟に驚く。
「ア、ハイ。静哉です」
照れ乍ら、そッと会釈する。すると。
がばっ。
「ふェ!?」
思い掛けず、抱き締められてしまッた。
「い、壱汰さん.......?」
「いがったァァァ、半ば強引に勧誘してしまったがら、もしか
来てけねんでねぇがって心配したったんだやぁァァァー?」
ほんとに、目元には薄ッすらと涙が浮かんで居た。
「え、アノ.......」
尚もしがみつく壱汰さんを前に動悸が激しい。
本格的に、救心のお世話に為るのだろうか。
なンて考えて居ると、
「静哉は良いよなァ。美人なおじさまにハグして貰って」
「父ちゃんや.......」
こンな時に、「おじさま専」の本性を出すンじゃ無い。
指を咥えてコッチを観るな、自重しろ。
ほンとうちの親父様と来たら、ルックス
だけは無駄に良い癖に此の体たらく。
「にゃっはっはっはっはっはっ!」
壱汰さんも壱汰さんで、僕の身体を
抱き締めたまんま豪快に笑って入る。
すると、
「フフッ、僕で佳がったら、ハグするッすか?」
モウ一人、眼鏡で短髪の優しげな
雰囲気をしたおじさまが現れた。
ピンク地に赤と青のタータンチェックの
鮮やかなネルシャツの上に、モスグリーンの
Vネックベスト。薄いアイボリーのスラックスが、
なンだか洒脱な雰囲気を醸し出していた。
「ア、どうも初めまして。山崎計哉と申します」
オイ。よだれ垂れてるゾ、クソ親父。
僕は無言で、ポケットティッシュを差し出した。
「あぁ、おべで(知って)らッすよ?コレの人だッすよね」
と云い乍ら、持ッて居たトートバッグから
取り出したのは、1枚のCD、だッた。
「ア、ソレ。父ちゃんのアルバムだ」
「アァ、君が山崎さんの息子さんだが?
どうも初めまして、斎藤一穂って云うンす。
こンたおじさんだども以後、お見知り置ぎ下さい」
斎藤さんが柔和な笑顔を浮かべながら、右手を差し出す。
「ア、どうも。初めまして。山崎静哉と云います」
アァ、此の人がドラムスの斎藤さんか。
見た目通り、穏やかそうな人だなァ。
なンてボンヤリ考え乍ら、僕はソノ差し出された
手を握る。少しだけ、カサついた感触に歳月を感じた。
「アノ.......斎藤さん?」
「ハイ?」
此処で父ちゃんが、徐ろに斎藤さんに声を掛ける。
既に嫌な予感しかして居ないで御座います。お父様。
「初対面で差し出がましい様ですが、やッぱり
ハグのほう、お願いしてもいいでしょうか?」
ずるっ!
僕と壱汰さんは、揃ッてコケた。
「.....こンの」
「フフッ、良いですよ」
呆れ果てる僕を尻目に、斉藤さんが応える。
「斉藤さん......なンてお優しい」
「山崎さんだばきッと歳喰ッてれば誰でも良いべがら
壱ちゃん相手でねくても充分、幸せだンすべ?」
涙ぐむ父ちゃんに笑顔で発せられた斉藤さんの言葉は、
余りにも無常なモノだった。観ろ、皆凍り付いてる。
その後、心折れるコト無く確りと、斎藤さんとのハグを
堪能し、正に此の世の春を謳歌せむ、と言った体の父ちゃん。
うん。モウ此処まで来たら「流石」としか言い様が無い。
※
そンな、さながらコントの様な遣り取りをして居る処だった。
コンコンッ。
誰かが、スタジオのドアをノックする。
「ホイホイ、待てな。応、誰がど思ったっけ誠治がァ。
ノックなのしてオメも律儀だごど。にゃっはっはっはっはっ!」
「..........悪りィ、便所さ行ッたッた」
現れたのは、凄く巨大なオヤジさん。身長は
180....否、190cmは絶対に有るモノと思われる。
オールバックの長髪を引っ詰めた
ヘアスタイルと、左目全体に大きく
被さる様に着いた、大きな切り傷の跡。
バッチリと着こなした、革ジャンにジーンズのスタイル。
明らかに、堅気な見た目では無いが、目鼻立ちは整って居る様だ。
脚も長く、逆三角形の肩幅は、しかし全体的に
ガッチリ且つムッチリして居る。『スタイルが
良い』と言う形容詞は、正に此の事を指すの
だろう、と云ッた体。なンだ此れ。完全なる
父ちゃんが喜ぶ類のタイプじゃア無いか。如何すンだよ。
不意に、チラリと父ちゃんを一瞥する。
案の定、瞳の輝きと口許のよだれの量が、当社比の1.5倍だ。
「コレ、なンてハーレムエンドだ?静哉」
「知らん、僕に聞くな」
「まンず、長ンげェ便所だッたごど。コレだが?」
壱汰さんはニヤニヤしながら、片手を
筒状にして上下に動かして見せる。
彼も、ナカナカ「お好き」なご様子だ。
「...............バガけ、んだわげねェべ。
なしてこンた、短時間で出来るでごど有るなや」
「にゃっはっはっは!オメだばむしろ遅せェ方だやなァ」
「..........やがましね」
大体、ナニの話をして居るのか判って
しまった自分が、猛烈に恥ずかしかった。
すると。
「.........アァ、んだ。新しいメンバー」
チラリと、コチラを一瞥するオヤジさん。
「アァ、どうも。初めまして。キーボードに入らせて戴く、
山崎計哉です。元々ソロでピアニストを遣って居ました」
「息子の、静哉です。壱汰さんと一緒に
ヴォーカルとギターを遣らせて戴きます」
ひと通り、自己紹介をする。
「........」
オヤジさんの、静かなようで熱い視線。
其れは何故か、僕に注がれている。
すると、
「......アァ、思い出した。オメ、水色の髪して
アニメどが初音ミクの歌っこ歌ってらった.......」
だからなンで知ってンの。父ちゃんといい、このオヤジさんといい。
「YouTubeで、見たんですか?」
「.........あゃ、なンも。ニコニコ動画で、だ。
一穂の家さ遊びに行ッたッけ、見せられだなだ」
すみません。ニコ動はアカウントなど持ッて居ませんが。
「んだッたネ、確かライスボールの曲、挙げでらッた時」
確かに、カウボーイのOP曲は挙げてましたが。
そンなの僕以外に、平安時代から神の一手でも極めに
来たような謎人格デモ居ない限り、先ずは有り得ぬ話....。
イヤ、チョッと待て。ソレよりもモット現実的な話。
「.......誰だよ、無断で転載した奴」
普通、ニコ動からつべ、と云うのは良く聞く話だが
その逆、と云うのは無い訳では無いが、殊更珍しい。
独り軽い脅威に慄いていると、
「アァ、実は僕も、静哉くんのチャンネル
登録してらったんだよ。静哉くんのアカウント。
ニコ動の方は、無断転載なナはおべでらったども
アレだが?晒して垢停止まで追い込めば佳がったべが?」
サラリと恐ろしいコト、云わないで下さい。斉藤さん。
「なンだ、静哉。お前ナカナカ有名人だなァ。通をも
唸らせる、弾き語り系美少年、シズヤ・ヤマザキ。
うん、中々カネの取れそうなキャッチフレーズだな」
云い乍ら父ちゃんが、楽しそうに僕の背中を叩く。
イヤ、弾き語りに『系』は要らないです。アトな、
そンな明らかに糞なキャッチフレーズ、死ぬ程嫌だ。
「にゃっはっはっは!オメも人気商売
遣ってらがら、なンがカンガ大変だなゃ?」
「壱ちゃん。そんた呑気に構えでれば駄目だよ?全ぐ」
呆れたように微笑む、実は恐ろしい斎藤さんを尻目に
壱汰さんは尚も、腕組みしながら楽しそうに笑う。
「.....綺麗だ顔して、歌ッコも上手いッて
為れば、人気も出はるし変たなも寄って来るべな」
「あ、ハイ.....すみません」
「.......謝らねくて良い」
にわか仕込みの愛想笑いも自然に引き攣ってしまう。
「.....壱汰もこんこれェルックスさ恵まれでれば
俺がだも、一発屋に為らねくて済んだんだべが」
「やがましねっ」
壱汰さんが関西風の、キレのいい
裏手ビンタを小鳥遊さんにかます。
「そンな事無いです!壱汰さん
格好良いじゃないですか!」
思わず叫ンでしまッた。
一斉に、僕に視線が集中する。
一発屋。確かに昔はソウだッたみたいだ。
昭和の後半に、アニソン曲だけ売れて、
後はシングル3枚と、アルバム1枚で
消えた、世間的には『幻のグループ』。
其れが、ライスボール。
だけど、メンバー間の結束は確り有るように思える。
僕なンかが簡単に入れる隙など、無い様だ。
「.....すみません、つい」
こンな時は取り敢えず笑えば良いンだろうか。
某主人公じゃなく、先ずは目の前に居わす、
某司令官みたいな声をなさッたこのデカいオヤジさん。
小鳥遊さんに、なんだか聞いてみたくなッた。
「....んだがら、謝るな」
フト、小鳥遊さんと目線が合う。
「え、だッて....アノ」
片目なのに眼力が半端ない。怯えていると、
彼、小鳥遊さんは不意に微笑み、右手を差し出した。
「......紹介するな、遅れだッた。
俺は小鳥遊誠治、担当楽器はベースだ」
「......宜しくお願いします」
差し出された、ゴツい手を握る。
「んで、僕がドラムで、ご存じ壱ちゃんがヴォーカル&ギターね」
ココで斎藤さんが、壱汰さんの肩に
手を置き、前に押しやるようにして紹介して見せる。
「にゃっはっはっ!ぴーす、ぴーすゥッ!」
壱汰さんが、ソレに応える(?)様に
両手ピースを突き出してみせる。
一挙一動が、イチイチおどけてて可愛い。
「知ってます.....ずっとライスボールのファン、遣って来ましたから」
メンバー全員が、イケオジ(おじ様専の
父ちゃんホイホイ)なのも勿論知ってはいた。
然しやッぱり『本物』は何処までも格好良い。
匂いまでも、ムスクの香り漂うイケメン達だ。
此の人達だけでも、おじ様専を対象とした
高級ホストクラブなぞ作ッたら、果てし無く
巨額な利益を上げられそうだ。うん、
ウッカリ商魂も逞しくなると云うモノ。
そンな素敵な彼らに、自分のアノ「自己満」
動画を見られて居たとは。駄目だ、今世で穏やかに
生きていける自信が、完全に高飛びした(未だ気にしてる)。
「如何した、静哉。黙りこくって」
父ちゃんが、僕の頭をグシャグシャにする。
「.........別に」
自分が先刻まで考えて居た事が余りに恥ずかしく、
スッカリ、何も云え無くなッてしまッて居た。
やッぱり、僕は逸れるんだろうか。此の場所でも
そンな被害妄想が、スッカリ僕の脳内を占領して行ッた。
7.
そンな訳でメンバーも揃い、練習が始まるかと思いきや。
「へば、静哉。なンが弾いてみれ?」
壱汰さんが、持って来て居た僕のギターを指さした。
「.........え?」
「まずは、静哉がなんた音出すが、リアルタイムで聴がねばねぇがらな」
うん、理屈は道理だ。しかしそンなコトを云われましても。
「.....ア、ハイ」
滅茶苦茶、緊張する。ソリャそうだ。
イキナリ、僕が主導で音を出せなンて出来ッコ無い。
益々、何も弾けなくなる。
僕はすッかり、まごついていた。
すると。
ポロン.........。
壱汰さんがギターを撫ぜるように弾き始めた。
ギターの歌う様な旋律に乗せて、壱汰さんの
透き通ッた優しいハイトーン・ヴォイスが響き渡る。
「........『飛行機雲』だ」
壱汰さんがあの日、枕元で弾いてくれた、ライスボールの曲。
僕は急いで、ギターを取り出し、
慌てたようにBメロから音を、声を。
合わせ様、とした。ダケど。
声が、出ない。緊張で、如何しても上擦ってしまう。
壱汰さんはそんな僕に微笑み掛けながら、歌ッてくれる。
其処に、斎藤さんの軽快で何処か包容力の有るドラムと
小鳥遊さんの小粋で重厚なベースが、巧いコト被さる。
ソシテ、父ちゃんのキーボード。流石プロの仕事、だッた。
和音を拾い乍らも、キチンと自分のアレンジとして
即興で弾き熟してる。ソレで居てライスボールの音も壊して無い。
凄い。
確かに有る程度、楽器に慣れてさえ居れば、
コード進行が判れば、後は幾らでも合わせられる。
ソレにしたって、此の人たちは巧過ぎる。
ソシテ僕は、と云うと。
相も変わらず、声が出ない儘、だッた。
※
演奏が、終わッた。
シン、と静まり返るスタジオ。
「........」
皆の視線が、僕に注がれる。
まるで、緊張で声の出なかッた僕を責めてるみたいだッた。
マタ、僕は「逸れて」しまうんだろうか。
此の、楽しそうなパレードの輪、から。
そンなコトを考えたら、スッカリ居た堪れ無くなッた。
「........アノ」
「大丈夫だが?静」
壱汰さんが声を掛ける。
「調子、出ねがッたンだが?」
「........」
モウ、駄目だ。僕は、「終わッた」ンだ。
思ッたら、涙が出てきて。ソシテ。
「ア、おイ!静哉!」
何時だッて、ソウだ。
僕は、皆が分け合う楽しさから、
コウ遣ッて「逸れて」しまうンだ。
ソレなら最初から、僕なンて消えてしまえば良い。
「静!」
「静ちゃん!」
コウして、皆が呼び止める中、僕は
トウトウ逃げ出してしまッた。スタジオ、から。
【次話に続く】
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