第32話 月読(ツクヨミ)医院のクローン医者

 かくして一日だけの派遣労働が終わった田沼耕作であった。東上の部屋に着くとその日は食事を取るよりもそのまま横になり寝たい気分である。しかし、東上の食事を作らなくてはならない。もし作らないとしたら東上は文句を言うであろうか?試しに尋ねてみることにする。

 「東上さん。すいませんが今日のところはこのまま疲れているので寝てもいいですか?」

 「あ~初めての派遣労働で疲れたようですね。まあ~今日はいいですよ~確かカップ麵のストックがありましたからね~」

案外、素直にこちらの提案を受け入れてくれて少し安心する。それにしてもここでもカップ麵が出てきたのでこの世界ではどんだけカップ麵を食べているのか!まあ、簡単手軽ではあるが。

 例のアニメに出てきそうな美少女の顔がついている長細い物体を抱きながら寝ることにする。今では慣れているのですぐに眠りに落ちた。しばらくは何事もなく時間が過ぎたが急に悪寒がしてきた。今まで経験をしたことがないような体の震えである。これはひょっとしたら風邪をひいたかもしれないと思うがすでに病院の診察時間は過ぎているので明日にでも近くの町医者に行こうと思う。この世界に来る前から存在していて自分が子供の頃からお世話になっている「月読医院」である。以前に駅前まで気分転換に行った時に見かけておりこの世界でも存在しているのを確認してこの医院だけは変わっていないと安心したのを覚えている。しかし、先生は違う人になっているかも知れない。二十年前に自分は死んだことになっているので自分が子供の頃に診察してもらっていた先生はその当時六十代ぐらいだったから既に亡くなっているか引退しているに違いない。

 そんな感慨を抱いていると間もなく夜が明けた。一応、東上に挨拶をしてから出かけることにする。

 「東上さん、昨日はすいませんでした。ちょっと体調がすぐれないので病院に行ってきます」

 「大丈夫~気をつけてね~」

 「ありがとうございます、それでは行ってきます」

そう言って部屋を後にする。しかし、健康保険に入っていないことに思い当たった。まあ、風邪ぐらいなので実費でもそれほど高くはないと思う。

 「月読医院」のガラス扉を押し開けて中に入る。受付でどうも風邪をひいたみたいなんですがと言う。すると事務的な返事が返ってきた。

 「それでは名前を呼びますので座ってお待ちください」

それはそれで当たり前のことであるのでそのまま座って待つことにする。ところが一つ疑問がわいてきた。自分の名前を言った覚えはないが覚えていてくれているのだろうか?釈然としないまま待っていると「田沼さん~どうぞ」と声がする。

 診察室に入ると椅子に何と自分が子供の頃と同じ顔、姿かたちをしている先生がいた。先生も僕と同じような体験をしたのであろうか?質問して聞きたい衝動に駆られるがそれよりも今は体を診てもらうほうが先決である。

 「どうなさいましたか?」

 「昨晩から悪寒がして体調がよくないです」

 「口を開けてください」

指示された通りにする。それから体温を測り聴診器で胸を診断される。

 「どうやら、風邪をひいたみたいですね。インフルエンザではないので栄養のあるものを食べて安静にしていれば治りますよ。念のため薬も出しておきます」

 「ありがとうございます。ところで先生は僕のことを覚えていますか?」

 「ええ、覚えていますよ、田沼さんですね」

何と僕のことを覚えているとは!そうするとこの先生の年齢はいった何歳になるのか!百歳かそれ以上か。事実は小説よりも奇なりというがまたまた不可解な現象に出くわした。しかし、この世界で相談できる人に会えたのは喜ぶべきことかも知れない。

 とりあえず、この一件のショックが大きかったので知らないうちに体調は治ったようである。

 その時、月読医師は田沼耕作を見送りながら一人呟いていた。

「東上から連絡があったが彼も科学の為とは言え随分と酷なことをするのう。まあ、自分の体を使って実験するならいいが。わしみたいに自分の体でクローンを作るように」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界だと思ったら現代日本だった!? よねちゃん @setsuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ