第31話 派遣先その4

 長いようで短い休憩時間が終わりやれやれまた昼からの作業に戻るかと思うと田沼耕作は憂鬱な気分に襲われた。しかしながら、「留美」ちゃんのことを思い出したおかげでどこか心が休まる感じもした。とにかく今日一日だけの仕事なのでこれが過ぎればあとは自由である。そう思う一方でこれは何とも不安定な生活だとも思った。それに今日の仕事で支払れる給料というか日当は八千円ぐらいにしかならないようである。まあ、ひと月二十六日働いたならば二十万円ぐらいにはなり何とか生活できるぐらいの金は稼ぐことができそうではあるが。

 この時田沼耕作は週休二日制という仕組みにこの世界ではなっていることとはつゆ知らずにいた。二つ以上の仕事を同時にこなせば一か月に二十六日ぐらいは働くことが可能ではあるが同じところで勤務すればそうも行かなくて違反すれば労働基準法違反になりかねない。

 とにかく今回の経験でまた一つこの世界のことが分かった田沼耕作であった。

 ぼんやりとそんなことを思いながら作業現場に向かう廊下をゆっくりと歩いていると後ろから怒鳴ってくる派遣社員がいた。

 「邪魔!ぼけぼけするな!」

その恫喝に近い言葉を聞いて何とも暴力的な職場であると思うがこれは労働集約てきな仕事であり肉体労働であるからそんなレベルの人種が集まっているので仕方がなと思うことにした。

 またパワハラという概念が田沼耕作が生きていた?時代にはなかったのでもしも知っていたなら法テラスみたいなところに相談に行ったかも知れない。

 とにかくここは何も受け答えせずにそのまま現場の作業に着いた。先ほど休憩時間に話しかけてきた長髪の派遣社員はあの言動をした後すぐにいなくなっていたが見てみると遠くの方でトラックから段ボールを降ろしているようである。しかしながら、注意深く観察すると降ろしているようなふりをしているだけである。最初、自ら段ボールに手を付けると他の派遣社員に目配せをしてそれを運ぶように指示していた。

 うまく立ち回って要領がいい男である。「いや~疲れましたね」と言っていたがこれはパフォーマンスに違いない。おそらく派遣社員を長くやっているに違いない。

 この後違う現場でもこの要領のいい男とたびたび会うことになるのだがまだこの時はそんなことになるとは思ってもいなかった田沼耕作である。

 額に汗してひたすら段ボールを運んでいる内に時間は過ぎ去りようやく終わりになった。心なしか二の腕の筋肉が強くなった感じがした。昭和のスポーツ漫画でプロ野球に入団する前は家が農家で田んぼの作業を繰り返しているうちに筋肉が強化されてそれが筋トレになりホームランバッターとして名をはせる選手がいたがこの場合何かの役に立つとは思えない。まあ、根性はつくかもしれないが。今は平成であり、そんな昔の根性論よりも科学的なデータにもとづく練習法がいくらでもあるようである。しかし、それは教育とかスポーツの分野に限ったことかも知れない。

 種々雑多な感情を抱きながら東上のいるマカロニ荘に帰る田沼耕作であった。(内心、東上に文句を言いたくなる気持ちは抑えつつ)

 

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