時間怪獣ドゲラ

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 ある日、未来の動物園から通信が入った。その内容は次のようなものだった。

「過去の皆さまへ、こんにちは。ご機嫌はいかがでしょうか。こちらは、未来の縦山動物園といいます。ご存知の方はいらっしゃらないかとは思いますが、未来で珍しい動物などを飼育しております。つきましては、先日、弊社の動物園から動物が一匹、逃げ出したものですから、その御連絡をいたしたく、一報差し上げた次第であります。逃げ出した動物は、名前をドゲラといいまして、飼いならせば、たいへん可愛らしい一面を見せることもありますが、本来、根が獰猛な猛獣でございまして、もし、万が一、そちらに逃げこんだとなりますと、非常に危険なこととなります。それに、ドゲラには時間を跳び越えるという珍しい性質を持っておりますから、油断はできません。ですから、過去の皆さまに万が一の危険から身の安全を図っていただきたくお願い申し上げる次第であります。ドゲラは非常に危険な動物でございますので、発見次第、射殺なされることを強くおすすめいたします。ドゲラはおそらく、今日の午前十二時に、中央公園に出現することと思われますから、迅速な対処の方、よろしくお願いいたします。それでは、過去の皆さま、たいへん勝手ながら、これで失礼いたします」

 このような通信を受けとって、通信を受けとった者もどうしたらいいか、しばらくはわからなかった。だが、親切な未来からの連絡だとすれば、通信を信じて、対策を立てておいた方が良いだろう。

 というわけで、急いで、今日の午前十二時までに、一個小隊八名の兵士を中央公園に待機させるように手を打ったのだった。

 突然の未来からの通信だが、その内容を信じることにした方が良いだろう。間違いなく、今日の午前十二時の中央公園に、ドゲラという猛獣が出現するはずなのだ。兵士八名にマシンガンを持たせて、猛獣がやってきてもいいようにしておいたのだ。一匹の猛獣に対して、八人の兵士を待機させたのは、充分な対応を行ったといえるだろう。決して、未来からやってくるドゲラに対して、手を抜いたということはない。

 しかし、八人はもっと時間というものに対して、深く理解を示しておくことが肝心だった。これからやってくるドゲラという動物は、時間を跳び越える能力があるのだ。八人が時間というものに深い理解を示していたならば、これから起きる戦闘も、もう少し、少ない被害ですんだはずである。だが、残念だった。時間怪獣ドゲラに対して配置された八人の兵士は、みんな時間というものを深くは考えていなかったのである。

 時間とは、ただ一直線に流れるものだと、そう考えていた。ドゲラとの戦闘では、その常識は通用しなかったのである。

 八人はそれぞれが気楽に、今日の午前十二時に姿を現すというドゲラに備えていた。もし、ドゲラが、あそこまで獰猛な猛獣なのだと知っていれば、八人の最初の対応も違ったであろう。しかし、八人は気楽に構えていたのだ。麻酔弾と投網とさすまたを用意して、いつでもどんな猛獣にでも対応できると信じていた。

 未来の動物園がわざわざ過去に通信を送ってきたぐらいの一大事件なのである。ドゲラが現われて、ただですむわけがなかった。

 八人の兵士は、一時間前から中央公園を立ち入り禁止にして、やってくるであろうドゲラに備えていた。中央公園には八人の兵士しかいなかった。それは大成功な対応だったといえる。あらかじめ、中央公園から人を遠ざけておいたことは、被害が民間人に広がることを抑えてくれた。そういう意味では、八人は、みごとに任務を果たしたといえる。

 八人の兵士は、麻酔弾役と、投網役と、さすまた役、以上、各一名づつと、マシンガンを持った五名の兵士で午前十二時を待ちかまえていた。準備は万全なはずだった。しかし、それだけでは、これから八人の身に降りかかる惨事を避けることは適わなかったのだ。

 ドゲラがどれだけの未来からやってくるのかは、わからなかった。しかし、ドゲラが自分で時間を跳び越えてやってくることはわかっていた。

 八人は、いつ来てもいいように、中央公園の中に入ってドゲラを待っていた。

 そして、午前十二時がやってきた。

 ドゲラの三十センチはある大きな爪が、空中にひょこりと現われた。爪が動いて、八人の兵士のうち、A兵士に向かっていった。A兵士は、のんびりとマシンガンを構えていた。

 ばしゃんっ、とA兵士の頭がはぜた。

 それと同時に、時間怪獣ドゲラが姿を現した。

 A兵士が死んだ。

「うわあ」

 B兵士が思わず叫ぶ。

 時間怪獣ドゲラの体長は三メートルくらい。色は黄色、短い毛が全身に生えている。二本足で立ち、動く。爪が長く、三十センチほどあり、それが一番の凶器に見えた。

「麻酔銃を撃て」

 隊長が指示を出す。

 麻酔銃役も、いきなり死者が出るとは思っていなかったので、慌てて、麻酔銃を狙い定めた。ドゲラは動く。激しくA兵士の死体にかみついて、引き裂こうとした。

 ドンッ。麻酔銃が発射された。見事に一撃で、ドゲラに命中した。ぎゃおお、とドゲラが叫ぶ。

 A兵士が死んで七人になった兵士たちは、麻酔が効くのを待った。象でも二秒で眠る強い麻酔弾だ。一、二、三、四、五、麻酔銃役の兵士が時間を数える。一分がたった。ドゲラは普通に動きまわっている。A兵士の死体には飽きたらしく、他の兵士を襲う気配を見せていた。

「麻酔、効きません」

 麻酔銃役の兵士が叫ぶ。

「うむ」

 隊長が大きな声で答える。

 麻酔が効かない。すでに、被害者が出てしまった。もう、投網を投げるとか、やってる場合ではなかった。投網役の兵士も、ここは自分の出番ではないな、と感づいていた。ましてや、さすまた役に至っては、突撃を命ぜられたらどうしようと、大汗をかいて待っていた。どう考えても、さすまたで取り押さえる状況ではない。ドゲラの力は、人の力より何倍も強そうに見えた。

「射殺しろ」

 隊長からやっと命令が出た。

 未来からの通信にも、発見次第、射殺した方がいい、と書いてあったのだから、早く射殺した方がいいのは明白だった。麻酔弾なんかを試したのは、まちがいであるともいえた。

 ダダダダダダダダッ。マシンガンが発射された。投網役やさすまた役も、すぐに自分のマシンガンに持ちかえて、射殺しようとマシンガンを撃った。マシンガンの何発かはドゲラに命中していた。

 だが、マシンガンで集中砲火を浴びたドゲラの姿が、するりと消えていった。時間を跳躍して、別の時間に移動しようとしているのだ。

「なっ、姿が消えるぞ」

 B兵士が叫んだ。マシンガンを撃ちつづけている手を止めた。時間怪獣ドゲラはすっかり別の時間に移動してしまい、この時間にはいなくなってしまったのだ。

「どういうことでしょう。やつはまた現われるのでしょうか」

 B兵士が隊長に質問した。

 隊長も返答に困った。今までの時間には、ドゲラは現われなかったのだから、今より過去の時間にはドゲラはもう現われないと考えてよかった。問題は、これより未来の時間である。これより未来の時間に関しては、時間怪獣ドゲラが現われる可能性はいくらでも存在した。

「待機だ。次にドゲラが現われるまで、待機しておけ」

 隊長が命令を出した。ドゲラが次にいつの時間に現われるのかはわからない。未来からの通信にも、それは書いてなかった。だが、A兵士を殺した獰猛な猛獣を野放しにするわけにはいかない。最大限の見張りを配置しておくのが、兵士たちの義務だと思われた。

「ドゲラは過去の時間には現われなかったのです。だから、ドゲラは未来へ時間移動したと考えられます。いつ、我々を襲ってくるかわかりません」

 B兵士がしきりに時間について思いをはせ、ドゲラの出現時刻を予測しようとする。しかし、それが徒労に終わることは誰にもわかっていた。

 ドゲラが姿を消してから十五分後、再び、大きな爪がひょこりと空間に姿を現した。

 大きな爪は、今度はB兵士の頭を引き裂いていく。

「ドゲラだ。ドゲラが現われた」

 C兵士が叫んだ。

「撃て。撃て」

 隊長が素早く指示を出す。マシンガンが一斉に火を吹いて、ドゲラを襲った。

 B兵士は死んでしまった。誠に悲しい出来事だった。B兵士の死を無駄にしないように、今、残った六人の兵士とドゲラとで弔い合戦が行われていた。

 マシンガンは何発かドゲラに命中していた。だが、丈夫なドゲラの皮膚は、それくらいで倒れたりするような傷を残さないのだった。

 ドゲラは再び、するりと姿を消してしまう。また再び、別の時間に跳躍したのだった。

 六人の兵士は思った。不利すぎると。

 ドゲラは時間を移動して、現れた時にはすでに一人を殺してしまっているのだ。姿を現すとともに人を一人殺してしまう怪獣ドゲラに、六人の兵士は頭を悩ましたのだった。

 次にやられるのは自分かもしれない。不幸なことに、それを避ける手段がないのだ。ドゲラの爪は、時間を跳躍していきなり現われるために。

 六人の兵士は、次にいつ現われるかわからないドゲラをひたすら待ちつづけた。

 二時間もたった頃だろうか。再び、ドゲラの爪が空中に姿を現した。

 今度、狙われたのは隊長だった。

 やられる。頭に何かが触れたのを感じた直後、隊長は思った。自分はドゲラに攻撃されているのだ。何とかしなければ。

 隊長は、ドゲラの爪で頭を吹っ飛ばされる前に、自分の頭に向かってマシンガンを乱射したのだった。

 ガガガガガガガガッ。隊長のマシンガンはドゲラの爪を撃ちつづけた。それが結果としてはよかった。隊長はドゲラを驚かせることに成功したのだ。

 突然、爪を撃たれて、とまどうドゲラ。動きは緩やかになり、動揺して迷っているように見えた。

「今だ。ドゲラをしとめろ」

 ガガガガガガガガッ。五人の兵士のマシンガンが一斉に火を吹いた。ドゲラは集中攻撃をくらって、かなり苦しんだ。

「ぎゃああおおお」

 断末魔の悲鳴をあげて、時間怪獣ドゲラは兵士たちに倒されてしまったのだった。

 時間怪獣ドゲラは死んだ。自分の頭を撃ち、ドゲラを驚かせた隊長の功績だともいえた。

 こうして、未来からの通信によって射殺を依頼されていた時間怪獣ドゲラを退治することに成功したのだった。

「犠牲者は三人か。思ったより苦戦したなあ」

 C兵士が感想を述べる。

「しかたないさ。なんせ、未来から来た怪獣なんだからな」

 D兵士が答える。

 五人の兵士はしんみりと三人の死を惜しんで、黙祷を捧げた。

「これで任務は終了だ。帰還の準備をしないとな」

 C兵士がいった。

「ああ、帰ろう。こんなところからは早く帰ろう」

 D兵士が受け答える。

 頭のはぜた三人の死体を収容しなければならないのだ。帰還の準備はわりと時間がかかった。

 ここで重要なのは、五人の兵士は、これでもう時間怪獣ドゲラとの戦いは終わったと考えていたことだった。それは、五人の兵士が時間というものについて、詳しく考察しないために起きた惨事だった。

 ひょこりと、時間怪獣ドゲラの爪が空中に姿を現していた。

 そして、ドゲラの爪はゆっくりと動き、C兵士の頭を引き裂いたのだった。

 倒れるC兵士。

 驚きの声をあげる四人の兵士。

 姿を現す時間怪獣ドゲラ。

「なんでだあ。お前はもう死んだんだろうがあ」

 D兵士が叫び声をあげた。

 駄目だ。D兵士は時間というものをよく理解していない。

 死ぬ前のドゲラが、自分が死ぬ時間より未来に時間移動していたのなら、自分が死んだ後にも姿を現して当然なのだ。今、姿を現したのは、死ぬ前に自分が死ぬ時間より未来に跳躍したドゲラなのだ。

 時間怪獣ドゲラはそのまま動いて、D兵士の頭を引き裂いていった。

 D兵士には、なぜ自分が死ななければならないのか、よくわからないでいた。D兵士が時間というものについて理解が乏しかったためだった。

「死ね。死ね」

 三人の兵士はドゲラに向かってマシンガンを乱射した。

 ドゲラは再び時間を跳躍して姿を消してしまった。

 三人の兵士の隣には、すでに死体となって動かなくなったドゲラの死体が横たわっていた。すでに殺したのに、なぜまだドゲラが自分たちを襲ってくるのか、三人の兵士はよく理解できなかった。

 それは三人の兵士が時間というものをよく理解していない証拠であるといえた。

 二十分後、再び、時間怪獣ドゲラが三人の前に姿を現した。

「くそうっ、来るなら来い。もう一度、お前を殺してやる」

 E兵士が叫んだ。

 しかし、駄目だ。E兵士も時間というものをよく理解していない。

 ドゲラが死んだのは過去の時間なのだから、これから未来の時間にドゲラが死ぬことは決してないのである。

 戦う前から結果はわかっていた。

 飛び交う銃弾の中で、時間怪獣ドゲラはそれをかいくぐり、E兵士の頭を引き裂いていった。

「うわあ、くそうっ、おれがお前をしとめてやる」

 F兵士が叫んだ。

 駄目だ。F兵士も時間というものをよく理解していない。

 ドゲラが死んだのは、過去の時間なのだから、これからどんなに頑張っても、ドゲラを倒すことはできないのである。それが時間の流れというものだ。

 ドゲラはF兵士の頭も引き裂いていった。

 そして、再び、時間を跳躍して、姿を消す。

 一人とりのこされたG兵士は頭が混乱して焦っていた。

「どういうことだ。ドゲラはもう始末したんだぞ。なのに、なぜ、やつはおれたちを襲ってこれるんだ」

 G兵士も時間というものを正しく理解していなかった。

 死ぬ前のドゲラが自分が死ぬ時間より未来に跳躍していたのなら、ドゲラが死んだ後も、未来にドゲラが出現しても当然のことなのだった。そして、過去に死んだドゲラは、未来にいくら攻撃をくらっても、死ぬということはないのだった。時間はそうやってできているのだ。

「くそうっ、おれ一人でもやつを始末してやる。勝負だ、ドゲラ。かかってこい」

 戦う前から結果はわかっていた。

 時間怪獣ドゲラが現われ、G兵士の頭を引き裂いていった。

 そして、ドゲラは自分が死ぬとわかっている過去の時間に向かって跳躍する。

 過去の時間に、ドゲラの爪がひょこりと姿を現した。

 そして、隊長の頭を引き裂いていく。隊長は自分の頭をマシンガンで吹きとばし、ドゲラを驚かせる。ドゲラは驚いているうちに五人のマシンガンの一斉射撃をくらって死んでしまう。

 そして、最後には、八人の死体と一匹の死体が残った。

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時間怪獣ドゲラ 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

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