第7話 南方人
穏やかな午後の昼下がり、二人の男女が赤土色の土を固めた道路の上をゆっくりと歩いている。辺りは赤土色の大地が広がり、背の低い木がぽつぽつと立っている。カラッとした風が吹き、女性の一つに結われた黒髪がふわっとなびく。その風は刺激的な匂いも運んできた。
女性は顔をしかめ、鼻をつまんだ。
「何……このツーンとくる匂い」
「"ジンジャー"という香辛料の匂いだ。ケイ、君は嗅いだことがないのかな。」
白髪の男が言う。ケイと呼ばれた長身の女性は
「"ジンジャー"ってあの"ジンジャー"こと言ってるの? でもビリー、私が知っている"ジンジャー"はこんな匂いしないけど」
「産地によって色々と匂いが違うのだよ。この鼻にくる匂いは南方の方で取れる"ジンジャー"だな」
「へー、知らなかった。けどどこから匂っているのかな」
ケイは鼻で大きく息を吸うと、目を細くしでこに手をあて前方を見つめる。
「ケイ、まさか匂いの元が分かるというのかな。吾輩にはどこから匂いがきたのかも、また匂いの元になるようなものは見えないのだが」
「あれだ!」
とケイは叫ぶと一目散に道沿いを走り始めた。リュックを背負っていながらも、かなりの速さで走っていく。
あっけにとられていたビリーも慌ててケイの後を追いかける。
ビリーが息を切らしながらようやくケイに追いつくと、真剣な顔をしたケイは中腰の姿勢で麻の服を着た筋骨隆々の男と顔を突き合わせていた。
道沿いには大きな荷車が岩の近くに止められていた。荷車には大量の布袋が積まれており、ツンとする匂いを放っていた。荷車の近くには筋骨隆々の男たちが困ったような表情で顔を突き合わせている二人を見ていた。
「ケイ……君は一体何をしているのかな」
ビリーが呆れたような表情を浮かべながら言った。
ケイは男と顔を突き合わせたまま、
「何って、このおっさんの顔を観察してるの。見て分からないの?」
「見て分からないから聞いているのだが」
ビリ―は眉をひそめ、こめかみに手をあてる。
「ezqeuyuyq"」
ケイと顔を突き合わせている男が言った。
「え、なに、分かるように言って」
「uit"dqeyq"」
「ははは―――さっぱり分からない」
笑いながらケイはその男と顔を突き合わせている。
「ケイ、彼らは
ケイは素直にビリーの指示に従いその男と離れた。そしてビリーはその男に近づき南方語で話を始めた。
「え、ビリー、話せるの」
「しばらく待っていたまえ」
ビリーは先ほど南方人が発したのと同じ言語をぺらぺらと話し始めた。相手が南方語を話せると分かると男はホッとした表情をし、話し始めた。
その様子をケイは白い腕を組みながらその様子をしばらく眺めていた。そしてケイは荷車の近くにいる男達をじっと見始めた。
男達は皆筋骨隆であり、ほりの深い顔をしていた。肌の色は浅黒く、髪と髭は白く長かった。そして何よりも特徴的なのは全員"背が低い"のである。ケイは女性の中では長身の方だが、それでも男達の身長は低かった。最も身長が高い男でもケイの胸のあたりまでしかない。
ケイが不思議そうに彼らを見ていると、男と話し終えたビリーが戻ってきた。
「ケイ、彼らがかなり気になるようだね」
「
「ふむ、彼らが怖いか? 不気味か?」
「え、彼らは私達とは少し違うけど、ただそれだけ。おなじ人間でしょ? 何で怖がったり不気味がる必要があるの? 」
ビリーはケイの返答を聞き微笑んだ。ビリーの問いと微笑みにケイは首をかしげる。
「ふっ、君らしくて良いな。なら彼らと一晩ここで過ごすのは問題なさそうかな」
「いいけど、私彼らと話せないよ」
「吾輩が通訳しよう。折角なら
夜が訪れ、荒野を照らすものは月明かりだけとなった。夜空には無数の星が輝き旅人達を照らす。旅人達は焚火を囲い、肉を食らい、酒を飲みながら語り合っていた。
「はっはは、ケイ、君の食べっぷりに彼らが感心しているぞ。
ビリーが真っ赤な顔で大げさに笑いながら言う。
「美味しいのが悪い。――というか何で
ケイが独自に味付けされた肉を頬張りながら言う。
ビリーが適当に訳して南方人達に言うと、がっはっははと豪快に笑った。そして大声で南方語で返す。
「大分彼らに気に入られてるみたいだな、吾輩経由だが堂々と色んな事を聞いてくるのが気に入っているみたいであるな」
「私も彼らと食べるのは楽しいよ。何言っているかは相変わらず分からないけど、腹に一物持ってなさそうなところがいい!」
ケイと
南方語で大声で叫ぶ。
「友好の証にお主にその時計をくれるそうだ」
「いいの?」
ケイが少し首をかしげると、
その時計は銀でできており、職人芸で仕上げられた装飾から一目で見て高価なものであることが分かった。ケイが懐中時計を開けると、小さな歯車がいくつもかみ合い一秒一秒正確に時を刻んでいた。
「これ、本当にもらっていいの? かなり高いんじゃ……」
ケイの様子を察して、
「彼らには友人と認める者には彼らが製作物を渡す文化があるみたいだ。だから、ケイ、遠慮なくもらってしまえばいいだろう」
「――これ、彼らが造ったの!? 」
ケイは時計を指差し、
「ふむ、自分達が細工、鍛冶や石工なら世界一の技術を持っており、それを誇りに思っている」
「うん、これは素人目でも凄いと分かるよ」
「彼らの技術は特筆しているからな。そして、君にこれをあげたのは
「へーそうなんだ……なんで? 」
ケイの疑問はすぐに解けた。
南方人は続けて話し、またビリーが訳す。
「
「そんなことで」
ケイは腕を組んでうーんと唸る。
「ケイ、我々は異質なものに対して大概は好感は持たないものだ。そして多くはそれが"差別"という形になって現れる。彼ら
「ふーん、それは大変だったんだ」
ケイは
「お礼にあげられるようなものを持っていないから、こんなものしか見せられないけど」
ケイは薪を空高く放り投げ、地面に膝を着き、刀の柄に手を添える。薪が回転しながら落ちてくる。
ケイの目の前まで薪が落ちてくる。
そして――
黒く艶やかな髪がはらりと舞った。
カチャンと刀が鞘に収まる音がする。
薪は綺麗に四等分に切られていた。
ケイとビリーは無人の荒野の中を歩いていく。
「ケイ、異文化交流はどうであったか」
「とても楽しかったよ。それにとてもいいものも貰えたしね」
「それは何よりだ」
「あ、そうだ」
ケイは軽く微笑み、
「ねえ、南方語教えてよ」
とビリーに聞いた。ビリーはにやりと口角をあげた。
「いいとも、だが君に覚えられるかな」
ケイは澄んだ青い空を見上げ、ズボンのポケットに入っている時計の感触を確かめた。
「うん、覚えるよ。――今度は私自身の言葉で彼らと語り合いたいから」
ふたりは放浪者 緑川碧 @tsubaki_ao
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