第15話 暁の先へ
シキはそのエリーの告白を聞いて、ようやく自分の幼馴染の名前もエリだったことを思い出した。
「あの頃は、たしかエリちゃんのことを『えっちゃん』みたいにあだ名で呼んでたんだっけ……だから、エリーの名前にもいまいちピンとこなかったのか……」
エリーはそのことに、幼馴染の名前を覚えていなかった理由がようやく分かったようで、安心したような様子を見せていた。
「ごめん……大事な幼馴染の名前を忘れてたんだ……エリーからすれば、当然ショックだったよね」
「い、いいよそれは……それに、よく考えたらこの世界では私は小さい頃に死んじゃったんでしょう……冷静に考えたら、その頃はあだ名で互いを呼び合ってたから本名をよく覚えてないって、普通にありえることだよね……それより、その……」
エリーはむしろ、自身がこれまでしたことを告白したのに、シキが全く動じていないことの方が気にかかった。なぜ、これほど冷静でいられるのか。
「なんで……私のことを、怒らないの……?」
震える声で、そうエリーが
が……正直、シキはエリーとこれまで戦ってきた絆をそれほど軽視していないし、これまでエリーがしてきたことを聞いても、それほど怒りを感じていなかった。
(というか、そんな資格は私にはないだろう……)
「確かに、私としては中途半端に世界を守ることを放棄したこと……そのことには感心していない……でも、私に言えるのはそれくらいかな」
「ど、どういうこと……?」
エリーは神妙な表情で縮こまっている。ここまで殊勝な態度は、今まで相対してきて始めてのことだった。
「確かに、エリーのしてきたことは、褒められたことでは決してないとは思う……あくまで個人的な感想だよ……でも、私たちにはエリーを責める資格がそもそもないと思うんだ」
「…………」
「始めの世界はまだともかく、それ以降並行世界に跳躍を繰り返してきたエリーは、いわば想定外の戦力……強力な助っ人といったところだろう……?」
「うん……」
そういう風に考えたことは、エリーにはなかったのだろう。確かに、彼女は自分自身のために平行世界を渡り歩いていただけだ。だが、それを他人に責める権利がどこにあるというのか?
(少なくとも、私にはその資格はない)
「本当は、その世界を守るのはその世界の住人のやるべきこと……だと私は思う。エリーは、いわばその手助けをしたんだ……途中で投げ捨てたとエリーはいったけど、本来はその世界の住人がやるべきことの助力を、途中で止やただけだともいえるんだ……魔人機・エリゴールはあくまで他の並行世界の私の父が造った、借り物の戦力なんだから」
「シキ……」
「本来なら、その世界の住人はエリゴールの代替となる技術が誕生するまで、一方的に
「……シキ……」
エリーは泣いていた。エリーはシキ以外には全く興味がないといっていたが、それはきっと嘘だ。流石に、全く罪悪感を感じていなかったわけではない。もしそうなら、自分はきっとエリーのことをここまで信頼していない。
涙は、いわばその証だった。
「ただ、やっぱり守れる力を持ちながら守れる人たちを守ろうとはしなかった……そのことに感心はしない……あくまで個人的な感想だけど。それ以上については、私にエリーを責めるだけの資格なんてない……きっとこの世界の住人の全てに、そんな資格はないんだ」
それはシキの本心からの言葉だ。だが、それ以外にも感じていたことはある。
(それに……仮にエリーがその世界のシキの死後もずっといたとして、本当に世界を守ることが出来ていたのか……?)
別にエリーやエリゴールの力を軽視しているわけではない。だが……
(この前の天使の力……エリーが『ハーモニクス・エクステンション』と呼称することにした能力……複数の呼応する魂によるエリゴールの戦闘能力拡大現象……あれなしでは到底勝てるような相手ではなかった……)
当然といえば当然かもしれない。冷静に考えると、魔人機としてのエリーはいわばプロトタイプであり(流石に研究者の卵だっただけのことはあり、並行世界を渡り歩く過程でエリー自身の知識により多少改修が行われたらしいが)、始めの世界でもう少し技術力が向上していれば、対天使機甲としては改善されていたであろう機能は多いはずだ。
それらを加味して考えてみると、今なら心情的な問題以前にも課題があったように思われるのだ。だから、シキとしては余計にエリーを責められない。
「じゃあ、この話は終わりにして……」
シキが話題を変えようとした時だった。
「……天使……!?」
こんなときにか……あるいは、ちょうど気分を変えるのにはいいタイミングだったのか。とにもかくにも、くらい話題を続ける理由はなくなった。
「いくよ、エリー。今度は、ハーモニクス・エクステンションは使わなくて済むといいんだが……」
「それなんだけど、ある程度データを取っておいた方が、前回のように最大出力を向上させないと勝てないようなケースのとき、より安全にハーモニクスを発動出来ると思うんだけど」
「ええぇ……あれ、出来ればもう二度とやりたくないほど、精神的に疲労するんだけどなぁ……」
「大丈夫。データ取りだけで済む場合は、ハーモニクス現象が起こる最低ラインで実行するから……負担は前回の比じゃないほど軽いはずよ」
いつのまにか、エリーはいつもの調子を取り戻していた。やはりエリーはこうでないと……そうシキは思う。
「まあ、それは相手をみてから判断するとしよう……」
気を取り直して、シキは意気込みを語る。とはいえ、気負いする必要はどこにもないだろうが。今の二人なら、今度こそどんな相手だろうと乗り越えられる。シキにはそんな気がしているのだ。信頼できるパートナーの、エリーと一緒なら。どんな相手だろうと。
だからシキは、いつもの口調で語るのだ。
「じゃあ、天使を狩りにいこうか」
彼女たちの戦いはまだ続く。天使がこの世界に降臨しなくなる、その日まで……だが、今の彼女たちには悲壮感はなかったのだった。
隠し事を明かし、新たな夜明けを迎えた二人の関係なら、きっとどんな相手にだって勝利出来る。そう確信しているのだから……
対天使機甲・機動魔人エリゴール シムーンだぶるおー @simoun00
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