第14話 エリーはかく語りき

 ここから先は、エリことエリーが現在のシキに語った内容でもある。そう、始まりのシキの終わりについて、エリーは始めてシキに口を開いたのだった。



 エリが戦闘補助AIに魂ごと組み込まれる件は、物議をかもした。それは当たり前のことだろう。ただ、レンの強い推薦を受けて、戦闘補助AIに魂を組み込むという案が最終的に採用されることとなった。

 これは、エリとシキが幼馴染であり、戦いにおいてシキの精神的な安定に寄与することも期待されてのことであった。

 このことは、軽視するべき問題ではない。新兵の死亡要因には、戦闘による恐怖で錯乱して行動した、ということも多いのである。

 銃などには、新兵が錯乱して銃を乱射するのを防止するのも含めて、引き金を引いたあと一度離さなければ、三連射で銃撃が停止するという機能が付与されたものさえある。戦場に始めて出た人間の精神が出来るだけ安定するよう配慮することは、それらの事態を防止するという意味で非常に重要なことだった。



「だからって、なにもエリーが……」

 シキはそのことに絶句した。シキは既にパイロットの候補者になったことは伝えられており、死ぬ危険があることを覚悟して搭乗しようとしていたのだ。

 だが、エリはあえて無情な現実を、平坦な口調で告げる。

「私の魂の補助があってさえ、命の危険をゼロだと保障することは出来ない……ましてシキ一人で魔人機を起動させるのなら、死ななくても精神に重大な変調が起こる確率が高いのよ」

「……!」

 シキは二の句がつげなくなった。分かっていたつもりだったが、いざ自分が自分で無くなっていくかもしれない。エリからそういった危険性を示唆されると、恐怖を感じてしまう。

「……いいのよ……私はいいの……シキを守ることが私の今一番したいことなの……それに、二人でならきっと乗り越えられると思うの」

 エリはあえて、明るい口調でそのことを語った。果たして本当に、何事もなくうまくことが運ぶのか……エリには不安を拭うことが出来なかったが、シキにそれを語って不安にさせて、それが一体何になるというのか。

「エリ……そうだね、二人でならきっと……」

 そう言いながら、シキは笑顔で笑ってみせた。笑いながら、シキは泣いていた。その表情を、エリは鮮明に覚えている。おそらく、エリーとしての機能が停止するまで決して忘れることはないだろう……



 魔人機の正式名称は、エリの語感に似ているエリゴールという悪魔の名が選ばれた。これは、シキの父親であるレンからの要望らしい。娘を守るために自身を犠牲とした、エリという教え子へのせめてもの配慮だろうと、エリは思っている。

 初戦闘の詳細については、特に語るべきことはない。エリゴールが正常に起動しさえすれば、当時の天使など容易に狩れる戦闘力が、エリゴールにはあったからだ。

 事実、戦闘そのものはあっさりと終わった。天使はエリゴールに対し、なすすべなく敗北した。人類初の歴史的な完勝といえる、始めての戦いあった。

 そして同時に、シキとエリの死別の始まりでもあった。確かにエリゴールは何事もなく勝利することが出来た。その代償として、シキは精神に僅かながら変調を起こしていたのである。

「シキ……なんだか最近少しぼうっとしてない?」

「……いや、大丈夫だよ……心配症だな、エリは」

 エリがそのことに気付いたのは、少し後になってからである。シキの反応が妙に鈍くなったように感じるのだ。最初は、戦闘による疲れからだと思っていた。魂の摩耗がシキに対して、なんらかの影響を及ぼしているなど、気のせいだ。

 エリはそう思い込もうとしていたのだ。



 それが気のせいなどではない、単なる無情な現実でしかないことにエリが気付いた時には、シキはとっくに手遅れの状態だった。

 皮肉なことに、シキの精神状態の変調はより深刻になっていくのに、肝心のエリゴールの起動に要する魂の量は確実に減少していった。天使を狩ることによって、主機関を起動させるエネルギー量を減らせるだけの、余剰エネルギーは順調に蓄積されていったのだ。

 だが、シキの魂の摩耗に対する自然回復量が足りない。今になって思えば、おそらく魂が摩耗するのに比例して、集合的無意識に接触する能力が衰えていたのだろう。集合的無意識からの魂の補填が出来なくなるほど、シキの魂は疲弊していたのだ。

「シキはもう限界に近いんです……! それはおじさまも理解していらっしゃるでしょう……!」

 この頃のエリは、まだシキ以外にも見えるように振る舞っていた。とっくに肉体まで魂の情報へと変えていたが、それでも他人に対して肉体があるように振る舞うことは、やろうと思えば可能なのだ。今それをしないのは、シキ以外へ人物への興味を一切なくしたからである。

「足りない……足りないんだ……! 後もう少し起動要件が下がらないと、他の人間は乗せられない……! それにシキは、もう他の人間より対天使戦に慣れてしまっている……昔と違って、もう素人だからということを言い訳にすることさえ出来ないんだ……!」

 レンも、シキの状態は理解している。だが、同時に他の人間に今パイロットを任せるようなことは、周りが許してくれない。まだ他の人間が危険無く搭乗出来るほどには、起動に必要な魂の量が多くはない。そして、天使の能力は次第に高まっている。

 皮肉なことに、シキは次第に戦いに慣れてしまい、対天使においてはむしろ場馴れしている方だとさえいえた。今すぐにパイロットを交代させることには、人道的にもパイロットの練度においてもデメリットの方が大きい。

 そう話すレンの口調は苦渋に満ちていて、エリもそれ以上何もいうことは出来なかった。

 シキの魂が、次のパイロット候補への交代が可能になるまで持ってくれることを祈る……祈るべき神がいるのかどうか疑わしかったが、ともかくエリはそう祈るより他になかった。



 だが、その祈りが届くことなどなかった。二人には、この世界は決して優しくはなかったのだ。

「シキ……ねえ、返事をしてよ……私たち勝ったのよ……? もう余剰エネルギーは十分集まった。今なら他のパイロット候補に交代することを、周りの人間も許してくれる……ようやく、戦いから解放されたのよ! ねえ、シキ……!」

 本当に最期まで皮肉は続いた。ようやくパイロットの選定に、魂の保有量を問わなくてもいいだけのエネルギーが集まった最期の戦い。それに勝利したことに喜んでいたのは、エリだけである。


 シキはもう、喜びなどの感情が無くなっていた。ロクに話すことさえ不可能なほど、感情がすり減ってしまっていた。


 この戦いで勝利出来たのは、単にシキの生存欲求がかろうじて機能していたからだった。生き残るためだけに、エリのサポートに従って受動的に近い反応をすることが、今のシキに出来る精一杯だったのだ。

 確かに、シキにはかろうじて生存欲求はある。なんのために生きたいのか、そういったことを考える感情は一切なくなった状態で……

 エリは泣いた……泣いて泣いて……そして、なんだかとてもバカらしくなってしまたのだ。


 シキがいない世界を守って、それが一体何になるっていうの?


 いつの間にか、エリはシキを守るため、ただそれだけのために生きていたのだ。もうその目的も果たせなくなったのに、どうして生きる必要があるのだろう……?

「……位相世界……そうか、このエリゴールの力でなら、きっと位相を越えて並行世界に行けるんじゃないかな……?」

 エリは、素晴らしいことを思いついた、無邪気な子供のような表情を浮かべた。その言葉の意味が、この世界の他の一切を守ることを放棄することだと理解していた。


 だが、そんなことがどうだっていい……またシキに会いたい。エリの頭にあるのは、もはやそれだけだ。


 そしてエリは、エリゴールの仕様にはない平行世界へのジャンプを試みる。元々位相世界に接触する能力自体はあるのだ。なければ、位相世界に本体を置く天使とそもそも戦えていない。

 成功する保証はどこにもない。だが、エリはただシキに会いたかった。会って一緒に戦って、一緒に喜んで、一緒に悲しんで、そうして普通の生活にいつか戻るのだ。

 だから……

「ごめんね、シキ……」

 最初のシキの肉体は、このときに失われる。平行世界を旅するために必要なエネルギー量が不明だったこともあるし、このシキは既に感情と言えるものが消失している。肉体の情報を魂に還元することで、平行世界を渡るための補助に使わせてもらうことにした。

「今度シキに会えたら、きっと謝るからね……」



 こうして、ぶっつけ本番で試した跳躍は成功し、彼女は平行世界に渡ることに成功する。以後は、その応用で平行世界を何度も渡ってきた。

 実際には、彼女は肉体を魂へ勝手に還元してしまったこと、世界を守るということを一切放棄したこと、などの諸々もろもろ懺悔ざんげする機会には恵まれなかった。

 幼馴染のエリとしてではなく、戦闘補助AIのエリーとして共に戦う機会こそさえあれ、全てを打ち明けられそうになる前に、今までのシキは精神的あるいは肉体的に死んでしまったのだ。

 始まりのシキほどの強靭な精神は、他のシキにはあまりいなかった。平行世界の同一人物にも個体差があるということを、エリーはこのことで知った。

 懺悔を行なえるほどエリーとの絆が出来たのは、今のシキに出会ってからのことになる。今のシキは、今までエリーがしてきた行為を許してくれるのだろうか……

 エリーは不安だったが、それでも打ち明ける時が来たのだ。エリーはそう思いながら、今までのことを一通り語り終えたのだった。

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