第13話 エリーの回想 その5

 シキが、魔人機の初期起動パイロットの最有力候補に選定された。いや、それだけならまだマシだったと言える。事態は、それより遥かに深刻だということを、エリとレンは理解できてしまうのだった。

「こんなバカな……私の娘が最有力候補……? それ以前にだと……? しかも、シキのこの数値は一体何なんだ……複数人に相当するエネルギー量など、明らかに個人差の範疇ではない……何らかの要因がない限り、これほどの数値は……」

「アラヤ=シキ……つまり、阿頼耶識あらやしきあるいは集合的無意識……それがこの数値の要因かもしれません」

 エリも実はひどく動揺していたが、彼女もレンと同様に研究者の一員として、このシキの魂の量などについて客観的な見解を述べる必要がある。それに、そもそもシキのエネルギー量は明らかに個人差というだけでは説明出来ない。つまりは、なんらかのカラクリがあるということだ。そこに光明があるかもしれない。

 それによってシキ以外の人間に適性を出すことが可能となるかもしれないのだから。エリはその考えに至ったからこそ、かろうじて客観的な分析を行える理性的な感情が残っていた。

「集合的無意識……そうか! 魂には意志が宿る、あるいは意志に魂が宿る……どちらにせよ、人類の集合的無意識が実在しており、そしてそれと魂の接触が強い人間がいるとすれば……シキのこの数値は説明出来る……もっとも、他の理論も検証してみなければならないが……真偽はともかく、シキのこの数値は明らかにカラクリがあるはずだ。それを応用できれば、魔人機の起動が可能な人間が増えるかもしれん」

 レンもそのことに光明を見出した。他人からすればそれはエゴにも映るだろう。なにせ、彼はただ娘を魔人機の初期起動パイロットにしたくない一心だったのだから。

 その点はエリもまた同様だった。なにせ、シキの尋常ならざる数値でさえ、実のところ初期起動を行うのが精一杯なのだ。おそらく、命にさえ関わる問題になる。

 単純にシキがパイロットになるだけならまだしも、パイロットの人命そのものに関わるような問題なら、人道的観点というお題目が通用する。エリやレンとしては、そもそもシキをパイロットにさえしたくないのだから、このさいそのことを利用させてもらうことにする。

 いよいよとなれば別だろうが、即決でシキを初期起動パイロットにされるということは、人道的観点を理由にあげれば猶予ゆうよは出来るはずだ。

「……娘に、命の危険があるようなことはさせたくない……そんな動機で研究を行うような研究者を、君は軽蔑するだろうね」

「いいえ……だって、私もおじさまと同じ気持ちですから……」

 そうだ、エリはシキに命の危険が及ぶようなことを、決して許容するつもりはない。研究者としては、感情を優先するということは確かに間違っているのかもしれない。だが、そんなことは今の二人にとってどうでもいいことだった。



 ほどなくして、『阿頼耶識あるいは集合的無意識理論』は実証された。この理論は、人類同士での魂のエネルギー量の個体差について、意志の強さなど以外で説明可能な新理論として注目を集めることになる。

 そもそも、意志の強さなどは誰しもが一定ではいられない、ということもある。多少の強弱には関わるだろうが、生活していて意志にゆらぎが皆無な人間などまずいまい。実測値でも、数値には一定のゆらぎがあることが確認されている。それ以外の差については、集合的無意識に接触している量が多いかどうか、ということで説明する方が、理論的に整合が取れているということもあった。

 だが、その理論の確立に貢献したとして、さらに名誉を得たはずのレンとエリの顔は、決してかんばしくはなかった。

 その理論の形成によって、現実がさらに非常なものであることを、彼ら自身が証明してしまったのである。

「皮肉なものだな……シキを、娘を救うための理論を構築するための研究だったのに、まさか集合的無意識に接触出来るのは、人間の魂だけだということも立証してしまうなんて」

 レンの言葉に、エリは沈痛な面持ちで沈黙してしまった。彼女にも返す言葉がなかったのだ。彼らは、集合的無意識を機械を通じて利用することで、シキ以外の者にも魔人機の初期起動が可能な装置を開発する、そのための基礎理論研究を行ってきたはず……そのはずだったのだ

「機械の方で、集合的無意識に接触することは可能……ただし、それはあくまでパイロットの資質を利用する形でしかなく、それゆえシキほどの才能がなければ、実質的に初期起動の助けになるほどのエネルギー量など、到底加算させることなど出来ないなんて……!」

 そう……彼らの理論はシキ以外の人間では結局魔人機の初期起動を行うことが出来ない、という事実を変えられなかった。むしろ、シキ以外の人間では起動の補助にもならないうえ、シキならばエネルギー量の補助が十分に行える、ということさえ立証してしまったのだ。

 これは、シキに対して機械での補助も加えることで、魔人機の初期起動での魂の消費による危険性を下げることには貢献するが、それが逆にシキをパイロットとして選ぶ理由を保留するための根拠を薄めてしまう。

「初期起動そのものが、シキの命に直接関わることだけはなんとか回避できそうだが……シキ以外に集合的無意識にあれほど触れられる人間は、あれからも出てきていない……下手に危険性を下げるための理論が出来たために、シキがパイロットになることは、もう避けられそうにない……」

「戦闘補助AIの方は、どうなっているんですか……?」

 エリはそのことに、一縷いちるの望みを託した。戦闘補助AIの開発が遅れていれば、素人に魔人機を託すことに反対する人間は、当然出て来るだろう。もうエリたちには、それ以外に他の方法を模索する時間を確保する材料がなかった。

「順調とは言えない……言えないが、残念ながら着実に進捗しんちょくしてもいる。ようは完成度の問題なんだ。基礎の構築は既に出来ている。今は調整や仕様で予想外の議論が巻き起こっているそうだが……問題はそれぐらいなんだよ」

「…………」

 エリは沈黙した。戦闘補助AIの進捗の遅れを理由にして、時間を稼ぐことは難しいらしい。しかし、なにかないか……どうやら、シキをパイロットにすることは避けられそうにない。そのことは認める。

 だがせめて、シキの初期起動時の負担を軽減して、危険性を下げること程度のことは、出来ないのか……自分は無力なのか……なにか……なにか……

「おじさま……お話があります」

「……なんだね?」

 エリがこれから言おうとしていることは、おそらくは禁忌に属する部類の話だろう。だが、シキがいよいよパイロットになることが避けられそうにない以上、もはや自分たちでシキを助けるには、これ以外に思いつかないのだ。時間もない。

 今のエリがシキに出来ることは、おそらくはこの程度のことだ。

AIにすれば、その魂を初期起動のエネルギー補助に加えることも、戦闘補助AIそのものの完成度も向上させられる……とは思いませんか?」

「それは……たしかに、今ある人間の人格をまるまるエミュレートさせれば、AIへ学習させるべき状況を限定しても、人間の柔軟な思考の方でそれを補える……より、人間を補助するのに適したAIにはなるだろう……それはいい案だ」

 レンはそこまでは認めた。認めた上で、それに反論する意見を出してきた。

「だが、それには仕様変更という手間がかかる……既に構築されている戦闘補助AIにも変更を加える必要がある。その上、人格のコピー程度に宿る魂では、人間個人の魂のエネルギー量にさえ遥かに劣る。なにか他に明確なメリットがないと、流石に仕様変更させるほどのアイデアとはいえないな」

「……おじさま。私は、……と言ったのですよ?」

 レンは最初、その言葉の意味が分からなかった。彼女が言わんとしていることを理解しようと言葉を反芻はんすうし、そしてようやく理解する。

「……まさか……君は、人間の魂そのものを機械に封入して、その意識を機械でエミュレートすることで人格を再現する……と言っているのか……? 確かに、それならば一人分の魂を初期起動にそのまま加算出来ることに相違ないかもしれない……だが、外部の人間からはその人物を殺したことと大差ないこととして扱われかねない! 第一、誰がそんなことを引き受けるとでも……」

「私が……引き受けると言ったら……?」

「な……!?」

 レンは驚愕でもはや言葉も出ない。語られた内容もそうだが、なによりエリは妙に落ち着いた様子でそのことを語っている。まるで、シキを助けられることがなにより大事なように……

 狂気じみている。レンはそう思う。しかし、同時に娘の死の危険を出来るだけ下げたいという感情が、その申し出に対して魅力を感じている。レンはその誘惑に逆らおうとし、しかしエリのむしろ穏やかささえ感じる表情に、その意志が折れるのを感じていた。

「私が、シキを助けます……いいですよね、おじさま……」

 結局、レンはその申し出に抗うことは出来なかった。彼の娘に対する愛情と、エリのシキに対する愛情……その二つの利害が一致してしまった上、他に有効な手段が重い浮かばなかったのも、また事実だったからだ。

 そして、二人は共犯となるのだった。シキを出来るだけ危険から遠ざけ、守るためのことだった……

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