第12話 共鳴する魂 後編

(どうする……この状況で何が出来る……?)

 シキは悩んでいた。自身の戦闘経験値では、今目の前にいる対エリゴール専用の天使に対応出来るような、緻密ちみつな戦術は立案できそうにない。

 エリーによる戦術サポートがあるとはいえ、戦闘補助AIは基本的な戦術についてはまずこちらで立案する必要があるからだ。それは、人格を有しているであろうエリーであっても変わらない。

「とりあえず、相手の戦闘力を推し量ってみる……いつもとは違って回避や防御を積極的に優先して」

「……街や人に被害が出るかもしれないわよ、それでもいいの……?」

 エリーはそう茶化すように言ったが、しかしあまり余裕がある物言いではないので、空気がゆるんだ様子は微塵もない。

「皆には悪いが……流石に今回は、まず自分たちの心配をしないとどうにもならない気がしてならない……それに、多分奴は私たちを優先して攻撃してくるだろうし」

「そうね……エリゴールに対応するためだけに生まれた天使でしょうから」

 そう……今回ばかりはエリゴールがいる以上、他の物を優先的に攻撃しようなどとはしないだろう。全力でエリゴールを撃破しようとしてくるはずだ。

「じゃあ、いくぞ!」

 エリーへの合図というよりは、自分を鼓舞するようにシキは叫んだ。

 目の前の天使は、こちらの動きに対して意外にも緩慢な動作をみせた。両腕の手のひらをこちらに向けてくるが、こちらの動きを追いきれていない。

(なんだ……この違和感……)

 圧倒的な威圧感はまだ消えていない。しかし、少なくとも攻撃そのものは回避ないし防御するのは簡単そうだ。かえってそのことが不気味に感じられる。

 そう思った矢先、天使の腕から圧倒的な光の奔流ほんりゅうが放たれた。照準は非常にあいまいだった理由がようやく分かった。攻撃範囲が広くて、エリゴールの動きを完全に追尾する必要がないからだろう。

「ちぃ……!」

 シキは舌打ちした。両腕で胴体をガードしつつ、攻撃を受け流すようにしてようやくその攻撃を防ぐことが出来た。今までの天使とはあまりに攻撃力が違いすぎる。

 相手がこちらを追尾しきれていなかったことも幸いして、短時間でその光の奔流から逃れることが出来た。その瞬間に、一気に懐に飛び込む。

(長期戦は……不利! 出来るだけ短期で決着をつけなくては!)

 そうでなければ、おそらくエリゴールがもたない。相手の反応そのものは緩慢なことが幸いして、一気に懐に飛び込むまでは容易だった。ここで相手に有効打を与えられなければ、こちらは被害を抑えるどころか勝利さえ危うい。

「いけぇぇ!」

 右腕を伸ばし、いつものように爪で天使を引き裂くように攻撃を仕掛け……

(……!? 物理障壁!? のか!?)

 その物理障壁は、今までの天使には見られない特徴だった。そもそも、位相空間に本体を置く天使にとって、物理的な攻撃に備える必然性に乏しいのが理由だ。だが、物理的に接触することで位相空間にある本体を追跡し、そして破壊するエリゴールに対応する場合のみ、それは有用な防御となりえる。

 そして、天使が腕を振りかぶって攻撃してくるのを見て取ったエリゴールは、その腕を回避するべく距離をとることにした。

(物理障壁がなければ、愚策だったんだろうが……駄目だ、あの障壁は短時間の接触で破壊できるような強度じゃない)

「エリー、今のエリゴールにあの障壁を一瞬で突破する手段は!」

「……ないわ……」

 エリーは困惑しつつも、冷静な分析を行っていた。今のエリゴールの出力では、あの物理障壁を一瞬では突破出来ない。あれを破壊するには、今のエリゴールではそれなりの時間足を止めて、障壁を相殺するためのエネルギーを送り込む必要がある。だがそれは、攻撃力と物理障壁へと能力の大半を割いているあの天使に対しては、致命的な隙となり得る。防御態勢もとらずにまともに攻撃を受けたら、その瞬間エリゴールはまともに動けなくなる。

「この世界でも……ここまでなの……?」

「エリー……?」

 またしても、シキにはその言葉の意味は分からなかった。だが、エリーの今までに聞いたことがないその悲壮な声音は、不思議とシキの胸を締め付けた。

 なんとかしてあげたい。そう思わせられた。

(なにかないか……エリゴールの出力を引き上げられるような手段は……)

 このまま回避優先で挑んだところで、どのみちジリ貧だ。しかし、魂をエネルギー源とするエリゴールの出力を高めようにも、シキ一人程度の魂では命を賭しても大した出力にはなるまい。複数人の魂をかき集めようにも、今はその準備をする時間がない上に、エリゴールの起動中に複数人の魂をエネルギー源とするために接続すると、その魂と込められた意志がシキへフィードバックされる危険がある。主機関を複数人で起動させる場合と違い、主機関へエネルギーを直接送る場合はエリーによってある程度、そういった意志の逆流は制御できるだろうが、魂の親和性が低い人間ではそれを制御しきれるかどうかさえ……

「……待て……魂の親和性が低くなければ……んじゃないのか……?」

「……!? シキ、それって……!?」

 知らず、核心部分をつぶやいてしまっていたらしい。だが、こんなことが可能かどうかも分からないし、そもそも説明を聞いて貰わなければならなかったのだから、シキは手間が省けたと思うことにした。

「なあ……私のエリゴールに関する知識……もしかして、平行世界の自分から送られた情報なんじゃないか?」

「……私も確証は持てないんだけれど、多分今まで私が接触してきたシキの知識だと思う……」

「……なんで今までエリーが平行世界の私と接触してきたのか、それはまあ今はいいや……今はそれより重要なことがあるから」

 そう。それはこの戦いで勝利してからなら、聞く機会もまたあるだろう。そもそもこの戦いで勝利しなければ、それを聞く機会が巡ってくること自体がなくなる。

「エリー……魂には意志が宿る……それって、意志にもある程度魂が宿っているかもしれないってことだよね……私には、平行世界の私からある程度意志を感じ取る能力があるらしい……はは、平凡な人間だと思ってたのにさ」

「シキ……」

「ともかく、今はそれが使えるかもしれない。エリー、君が制御を担当すれば主機関へのエネルギー源としてなら、私と親和性の高い魂を利用すれば私の精神が崩壊する危険は少ないだろう……? 私が平行世界の私とコンタクト出来る能力を利用し、エリーが意志から魂を抽出しつつ制御すれば……」

 そう。おそらく平行世界のシキ単体では、大したエネルギー源とはならない。シキ自身にも、平行世界のシキの意識をエネルギー源として抽出する能力がない。しかし、エリーには意識を魂として抽出出来る能力と、親和性の高い魂ならばその意識の逆流を多少抑えることで、この世界にいるシキへの精神汚染を防げるのではないか……? シキはそう考えたのだ。

「いくら平行世界の自分だからって、意識や能力に差が全くない同一人物じゃないのよ!? 完全に精神汚染を防げる保証なんて、どこにも……!」

「もう時間がない……エリーには、他に代案がある……?」

 実のところ、こうしてシキとエリーが会話出来ていたのは、相手が回避と防御を優先した行動を取り始めたエリゴールを警戒し、ある程度様子見を始めていたからだ。なにか今までに使ったことがない機能でもあるのか、疑っていたのだろう。

 だが、それももう終わりだ。相手はどうやらこちらに特に有効な手段があるわけではなく、それを探していると判断したらしい。様子見を止めて、本格的な攻撃のための予備動作を始めている。今度は、最初の攻撃の比ではないだろう。

 それが始まる前に、決断を下す必要があった。


 エリーは思う。やっぱりシキは凄い。いつも謙遜けんそんしていたけど、やっぱり綺麗で心が強くて自分が傷つくことはおそれない。そして、エリーには思いつかなかったことも思いつく。エリーにとって最愛の人物だ。

 とはいえ、エリーが思いついたとしても、シキからの指示でなければこれは実行不可能なことだ。戦闘補助AIであるエリーには、パイロットへの危険性が未知数な事柄を、パイロットには提示出来ないことになっている。当たり前だが、パイロットへの安全対策の一貫である。

 だが、シキがいいといった今回のような場合に限り、エリーは危険性を可能な限り排除することを前提にすれば、それにそった提案を実行できる。

 そしてなにより、最愛の人が決めたことだ。自分はそれを可能な限り尊重しなくてはならない。エリーはそう思った。思えたのだ。

(阿頼耶識……集合的無意識は、人類全体が共有する意識……ゆえに、シキとの親和性は決して低くないと思われる。それに加えて、平行世界のシキの意識へシキ自身を通して触れ、魂を抽出する。分量を増やせば危険性が増大し、分量が足りなければ敗北する……必要最低限の出力を算出開始……それに合わせた量の抽出……)


「シキ……分かった。出来るだけ、シキの安全に配慮しつつになるけど、シキのいう通りにやってみる!」

「私の危険は考慮しなくていい……とは今回は言えないんだろうなぁ」

「ごめんなさい……さすがに危険性が算出困難な事項は、パイロットからの要請があっても、危険性を最低限に抑えないと提案不可能なの」

「案外不便なこともあるんだなぁ。まあいいや。それでお願い」

 そういうシキは、いやに落ち着いている。エリーにはそれが不思議でならない。

「どうして、そんなに落ち着いていられるの……? 失敗して、精神が崩壊するかもしれないのよ……?」

「なぜだろう……多分、エリーと一緒だからかな……なんだか、失敗するような気がしないんだ」

 その言葉に、エリーは顔を赤らめて黙りこくってしまった。シキは彼女が怒ったのではないかと心配したが、天使がいよいよこちらへ本命の攻撃を叩き込もうとし始めた。もうそれを気にしていられるような段階ではない。

「準備は出来た。始めるわよ、シキ! 出来るだけ、自分を強く意識して。出来るだけフィルタリングするけど、平行世界の自分とはいえ差異がある人間の意識を、全部排除出来る保証はないから!」

「分かった!」

 つまり、自分であって自分でないような曖昧な意識が入り込んで、こちらの思考を侵食する危険があるということだ。明らかに自分でない意識と違い、違和感もなく思考がすり変えられそうになる危険性は、確かにどれほどの代物なのかなど事前に分かりようがない。

「私は……この世界の皆を守りたいんだ……!」

 平行世界の自分も、きっと同じ願いを抱いている。そう信じて、シキは祈った。

 そして、最初の攻撃を遥かに上回る規模の攻撃が、目の前にいる二対四翼の天使から放たれた。



 その瞬間、シキは目を見開いた。確かに、違和感というか思考が拡散していくとでもいえばいいのか、不可思議な感覚に囚われている。ただ、やるべきことは分かる。

「止まれぇぇ!」

 最初の攻撃を遥かに超える規模の光の奔流を、正面から受け止める。、この攻撃は受け止められる。なぜかそう確信出来た。

 その言葉通り、光の奔流はエリゴールの目の前で完全に止められている。今までのエリゴールの出力なら、間違いなくそんなことは出来なかった。というより……

「こんな機能……エリゴールにはないのに……」

 エリーは呆然としている。多大な出力によって、本来のエリゴールにはないはずの機能が発揮されている。いや、おそらくは出力の上昇で本来の出力では発揮出来ないような、機能の応用なのだろうが……

「奇跡……っていってもいいよね」

 非科学的だろうが、別にそれは今のエリーにはどうでもいいことだ。シキの方を安堵の表情で見る。若干いつもと違った様子を見せてこそいるが、あれは他の意識と混線して自身を見失っているのとは、明らかに異なっている。

 明確な意識がある。

「消えろぉぉ!」

 そして、エリゴールは防御からそのまま攻撃に転じる。相手の攻撃を避けるのでない。相手の攻撃そのものを貫いて、そのまま相手の防御自体を食い破るのだ。

 拳が天使に触れる。物理障壁など無かったかのようだ。重い空気に触れた程度の感触はあったように思う。だが、その程度に過ぎない。

 そして、天使は霧散していく。エリゴールに魂を狩られて……

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