第11話 共鳴する魂 前編

 なぜ今まで疑問に思わなかったのだろう。シキは、今更ながらに至った考えをエリーに聞いてみることにした。

「なあ、エリー……エリゴールの初起動時は、どうやって起動させたんだ?」

「……なに、突然……」

 その問いに、エリーは顔を強張らせた。その反応は流石に想定外だったが、シキとしてもこの疑問には答えてもらわないと、釈然しゃくぜんとしない気持ちが残りそうだったので、止めるつもりはなかった。

「今は確かに、誰でもエリゴールを起動させることが出来る……私の中の記憶からそう判断してたんだ……でもそれって、使だろう?」

 そう。なぜ疑問に思わなかったのかが不思議だったが、冷静になってみれば初回の起動時には、天使の魂による主機関の駆動など不可能だったはずなのだ。一人分の魂程度で主機関を駆動させられるほどのエネルギーを得ることが、果たして可能だったのだろうか。

(それが出来る人間が、エリーの世界にはいたのか……?)

「最初の起動には、複数人の魂を用いたとは考えないの……?」

「それない……魂には意志が宿る。魂が先か意志が先かはこのさいどうでもいいとして、複数人で主機関を駆動させれば戦闘用AIにはもちろんのことながら、主パイロットへも自分以外の意志がフィードバックされてしまう……パイロットが廃人になってしまったら、素人にでも動かせる魔人機さえ動かせないだろう……」

「…………」

 そのシキの反論に、エリーは目を伏せて沈黙した。それははっきりと答えたくはないからだろうが、肯定したのとなんらかわらない。

 シキがそのことについて知っているのは、エリゴールに直接関わる情報については頭にはっきりと浮かんでくるからだ。主機関の駆動を行うのは一人でなければならない。そうでないと、パイロットの魂に他の人間の魂と意志が混ざってしまう。決して意図しての物ではなく、そういう仕様になってしまっているのだ。

「そう……確かにシキのいう通りよ……私の世界には、天使の魂の余剰エネルギーが無くても、主機関を駆動させるだけの力を持った特別な人が居たの……居たのよ……たった一人だけ、ね」

「そうか……そんな人が居たのか……」

 シキはそのことに驚く。人の魂のエネルギー量には個人差がある。魂に意志が宿るのだから、ある程度はその意志の違いでエネルギーなどに個体差が出るのは、ある意味当然だという見方も出来る。

 だが、天使の魂の余剰エネルギーを必要としないほどの差は、普通ではあり得ないはずなのだ。いくらなんでも、個体差で片付けられる程度のちょっとした違いでは済まない。複数人に相当するほどのエネルギー量を、たった一人の魂だけで発生させる必要があるのだから。

 とはいえ、エリーの深刻な表情を見る限りは、確かにそれほどのことが可能な人物が居たのだろう。しかし、今度は彼女の深刻な表情が気になる。

「まさか……起動させた段階で死亡したのか……?」

「流石にそれはないわ……彼女は最初の起動を成功させた後、最期まで何度も戦った。戦って力尽きた……確かに、最初の起動時に魂を使い過ぎて自然回復が追いつかないほど摩耗してしまったんでしょうけど……」

 女性だったのか……シキはエリーの口ぶりでパイロットの性別を始めて知った。おそらく、その女性はエリーにとってとても大切な人間だったのだろう。初回の起動で死ななかっただけでも十分僥倖ぎょうこうといえるのだから、エリーにとって大して思い入れがない人物ならば、これほど深刻な表情にはなるまい。


 どんな人物だったのだろう? シキはそのことを聞いてみたくなった。


 それは不可能だったが。エリーにとってはちょうど、シキにとっては肝心なことに踏み込めそうな時だった。

「……天使が来た……!」

 エリーの表情は、いつもと違ってどこかほっとした様子だった。いつもはシキのことを心配しているのか、邪魔者が来たという反応以外は見せないのだが。

 よほど重要な過去だったのだろう。だが、シキはなぜかそのエリーの過去が、自分にも深く関わっているのではないか……そんな気がしていたので、邪魔をされたという感慨しか浮かばない。とはいえ、天使の来襲を放棄して話を続けるわけにもいくまい。

「行こうか、エリー」

 詮索は後回しだ。本来の果たすべきことを果たしに行くとしよう。シキはそう気持ちを切り替えることにした。




 そうしてエリゴールに搭乗し、新たな天使の出現地点へと急行したシキは、天使の様子がいつもと違うことに気付いた。

 二対四翼の人型をした天使は今までのところ現れていなかった。二対四翼の時点で、一対二翼の天使より上位の戦闘力を持った存在であることは間違いない。しかし、シキはその個体に対しそれ以上の何かを感じとった。

 いや、そもそもそれ以前に何かがおかしい。そこでシキは思い至る。

(この天使、まさか……!?)

 そうだ。そもそもこの世界の天使に対する兵器はつい最近開発されたばかりで、実物をエリゴールの内部から見たことがあるが、配備数といい性能といいまさしく試作兵器といった段階で、まだ天使に対して有効打を与えられるかどうかを問えるような出来ではなかった。

 なら、なぜこの天使はこれほどの戦闘力を有しているのか。シキに思い当たるのはたった一つだけだ。

「対エリゴール用の戦闘力を有した天使……!」

「そんな……でも、確かに……!」

 エリーも驚いているが、理性ではすでにそれを認めている。それならば、この異様なまでの威圧感にも説明がつくからだ。しかし、天使は基本的にこの世界の人類の技術レベルを基準に戦闘力が決まっていたはずだ。エリゴールの戦闘記録では、そのような例は今までにない。

「まさか……とでもいうの……!?」

 エリーの言っている内容は、シキには理解出来なかった。ただ、エリーも同様の判断をしている以上、やはり魔人機・エリゴールの戦闘力に合わせて降臨した個体なのだろう。

「いつものように、無謀な突撃は出来なさそうだけど……」

 それ以前に、現状の自分の戦闘知識で果たして勝てるのか。エリゴールの性能に合わせた戦闘力の天使は、当然今までとは桁違いの脅威度だろう。シキはその不安を払拭ふっしょくするために、あえて普段と変わらない口調でそう呟いたのだった。

 しかし、残念ながら声が震えるのを抑えることは出来ていなかった……

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