第10話 エリーの回想 その4
その日、対天使機甲の一号機、まだ当時は名前の無かった魔人機・エリゴールは一応の完成を迎えた。
エリはその機体を見たが、人類の救世主ともいえる機体に対して、まるで悪魔のような意匠が施されているという事実に驚いた。
ただ、同時に天使と相対する存在なら悪魔の意匠を取り入れているのは、むしろ当然のことなのかもしれない。そうも思った。
「この意匠に対しては賛否が別れたんだが……天使と戦う機体だから悪魔の意匠などと、安直だっていう意見も多くてね……しかし正直な話、天使と似たような意匠では味方から誤射される
エリに対し、師であるレンは若干やつれた様子ながら流暢な説明をしてくれた。彼としては、正直見た目がどうこうといったことに対して、あまりこだわりを持っていなかったのだろう……想像より議論が白熱したことに対して
「誤射……ですか?」
「アンチ・スピリチュアル・プロトコル弾頭……略してASP弾のことは知っているだろう?」
もちろんエリはその弾についても知っていた。なにせ、この研究所での成果によって他の機動兵器に搭載されることになった、対天使用の特殊弾頭なのだから。
「しかし、この弾頭には大きな問題があったからね……なにせ、天使は位相空間に本体が潜んでいるのだから、弾頭そのものに位相空間にいる本体へダメージを与えられるような装置を仕込まなければならなくなった……」
エリは流石に軍事面には取り立てて詳しいわけではない。だが、彼の言わんとすることは理解できていた。そもそも、ASP弾が天使に対して決定的な有効打になるのなら、魔人機なる物を開発する必要性など存在しないのだから。
「弾頭が大きくなってしまい、装填出来る武装が限定されてしまったこともあるが、なにより弾の内部にそのような装置を内蔵する関係上、コストがかかるのに効果も微妙な代物になってしまったわけだ」
だがそれは仕方がないことである。弾を撃ち出した瞬間の衝撃で、弾の内部にある装置が壊れてしまっては全く意味がない。ゆえに、内蔵する機械は強度面もそれなりに要求されてしまい、結果として内部の装置にも制約が生じて対天使への効果が制限されてしまうのだ。それを避けようとすれば、専用の発射装置を開発する必要も生じるし、それでいて内蔵出来る特殊な機械が多少大型化出来た程度では、天使へ与えられるダメージが劇的に向上するわけではない。
「とはいえ、現状で魔人機以外に天使へダメージを与えられる唯一の兵器なわけで、つまるところ魔人機も魂をエネルギー源として動作する以上、ASP弾によって誤射されてしまうと動力源にまで影響を及ぶ、ということでしょうか?」
「そういうことだね……しかも魔人機の方は、天使と違って位相空間へ本体を移動させないから、物理的なダメージも状況次第では危険なものとなる。敵味方の区別が容易につくように、という点はよくよく考慮すべきことだろう」
とはいえ、そのデザインについてをああまで長時間議論するとは……といった雰囲気がレンから漂ってくるのを感じながら、エリは気になったことを質問することにした。
「魔人機には、位相空間からこの世界に干渉するための機能を搭載する予定だったのでは?」
エリが聞いたときには、確かにそういった仕様にする予定があったはずだ。現状では、天使の攻撃は物理的な影響を与えるのみである。向こうの目的は今のところ人類とその文明の破壊でしかないのだから、位相空間にまで攻撃を行う必要性に乏しい、というのがその理由だろう。
「その件は、私の独断で反故にさせてもらった……まあ、実のところ今の技術レベルでは、位相空間へ本体を移動させることが非常に困難だから、というのも大きな理由なのだが」
この言い方だと、他にも理由があるのだろう。いくら技術的に難しかろうと、本体に位相空間をおけば天使からの攻撃は一切届かないのだが。そのメリットより勝るものがあるのかもしれない。エリは続きの言葉を待つことにした。
「……それでも、将来的には位相空間へ本体を移動させる装置は開発出来そうだ、とは聞いたんだが。ただ、思っていたよりも装置が大型化しそうだとも言われた。現状の魔人機に搭載出来る機器の容量を考えると、魔人機の性能が当初想定していたより大幅に低下するという試算になってね。それよりは、天使の本体がある位相空間を特定して攻撃するための装置を、より高性能化する方を選ぶことにしたわけだ」
「……更にいえば、今までの経験則から推察するに、天使が位相空間への攻撃を行うようにならない保証もない、ということでしょうか?」
「その通り。そもそもASP弾が当初より効きにくくなっていることからして、天使はある程度こちらの技術レベルに合わせた個体となって現れている、と私は考えているわけだ。ASP弾の方も初期より改良されていっているが、そのたびに向こうも耐性を強化しているとしか思えないからね。魔人機が位相空間に移動する手段を得たところで、向こうも位相空間にいる本体を攻撃してこないとは限らない」
「技術的に困難な機能を実装して性能が低下した上、その対策を講じられては目も当てられないと……そうでなくても、技術的に難しいものを実装しようとすれば生産性や信頼性に問題が出ますから……おじさまの判断は正しいと私も思います」
これまでの話を聞いて、エリもレンの意見に同意した。ASP弾の話を引き合いにだしたのも、魔人機に位相空間への移動手段を搭載することで性能が低下した場合、誤射によるダメージがより深刻化する確率の方が高いからだろう。
ASP弾に限っては、通常弾頭よりむしろ物理的な攻撃力は低下しているのだ。味方からの邪魔されることなど考えたくはないが、とはいえ確率がゼロではないことを完全にないものとして考えるのは危険だ。魔人機の場合は、天使と同じように位相空間に本体を置くことに拘泥しない方が、誤射による損害も軽微なもので済むだろう。
「仕様が変更された点については納得しましたが……肝心のパイロットの方はどうなっているのでしょう?」
「実はまだ決まっていないんだ……まさか、魂をエネルギー源として扱える量に個人差があるとは思っていなかったからね……戦闘訓練を受けたことがある人間に任せる予定だったんだが、どうやら魔人機の起動に必要十分なだけのエネルギー量を引き出せる人間を探さなければならないらしい……主機関の起動に必要なエネルギー量は改良で減らす努力はしてみるが、おそらく素人同然の人間でも戦えるようにする必要があるだろうね」
「……なるほど……」
それはつまり、魔人機の主機関を起動させるために必要なエネルギー量を減らすことは、現状の技術では非常に困難だということだ。戦闘補助AIの戦闘オペレートを、素人でさえ扱えるように高性能化することもそれなりに困難なはずだが、レンの口ぶりではそちらの方が技術的には楽だという見解なのだろう。
「面倒なことにならなければいいのですが……」
しかし、エリの不安は最悪の形で現実の物となってしまった。それは、レンにとっても悪夢のようなことだった。
なにせ、魔人機の主機関の起動に最適な候補として、よりにもよってアラヤ=シキの名前があがってきたのだから……
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