幕間・2
時は遡って。アルトがレオンによって捕らえられた時のこと。
もがくアルトの姿を見ながら、レオンは努めて冷静にいた。
魔術の威力は抑え、かつ無鉄砲な兄を無傷で拘束するだけの手段を取るために、文字通り全神経を以て集中していた。一瞬だけこの部屋全体に霧を作られた時だけは不意を突かれたものの、後に返せば好都合だったかもしれない。目くらましにするには絶好の場面だったからだ。
兄は水牢に閉じ込められ、しばらくして動きが止まった。即座に魔術を解除し、ウンディーネに様子を確認させる。ぐったりと床に横たわる兄は気を失っただけで、命に別状は無いようだった。ようやく、レオンは深い深いため息を吐いた。それこそ水底から這い上がって、止めていた息を入れ替えるように。
『レオン様、大丈夫ですか? ご気分の程は?』
「ああ……大丈夫だよ。ようやく一つの山場を越えたばかりだからね」
心配してくれたのか、ウンディーネ――「レンゲ」は眉根を寄せてこちらを伺ってきた。それに小声で返し、再び深く息を吸い込んだ。山場を越えたばかりだが、まだ気は抜けないのだ。
最大の敵が、背後にいるのだから。
「終わったかね、レオン。大罪人の拘束は上手くいったか」
煙った部屋の上空から、低く唸るような声が注いでくる。霧のせいでこちらの姿は上手く見えないのか、物音が静まった頃を見て声を掛けてきたらしい。大方、先に攻撃が飛んできた為に警戒しているのだろう。それに対して、恭しく穏やかに返す。
「ええ。対象、沈黙しました」
「ほう、そうか。それは結構」
ようやく霧が落ち着いてきて、頭上の姿が見えてくる。たっぷりとたくわえた髭の片方がややチリチリと焼け焦げたまま、皇帝――クレイオスは渋い顔のまま見下ろしていた。言葉とは裏腹に何か気にかかることがあるようで、レオンは杖を突きながら膝を立てた。
「レオンよ。実を言えば少し貴様を疑っていた」
「……と、申しますと」
「仮にも、義兄弟なのだろう。情けで取り逃すのかと思ってな。杞憂だったようだが」
クレイオスの言葉に、レオンは内心ギクリと動揺した。一瞬でも沸き起こった自分の心を見透かされたようで、しかしそれこそが彼の狙いだろう。用心深く、かつ観察眼に優れたその手腕と、巧みに罠を張り陥れる話術。魔法や魔術なんかよりもよっぽど厄介な性格ゆえに、油断を許せばそこから一気に足元を崩される。
頭を下げながら、レオンは声が震えないよう注意して返す。
「前にも申し上げた通りかつては共に暮らしていただけで、御意を見失う理由には成りえません。御身の理想のため、必要な過程ですから」
「フ、理想か」
ようやく、クレイオスの声に重さが消えた。そこで顔を上げると、彼は焦げた髭の先を指先でつまらなさそうに摘んでいた。
彼は部屋の中心へと目を向ける。兄に付けられていたものよりも、何重にも付けられた拘束具はそれを絶対に逃がさない。
「これを手中に収め、自在に操れるようになれば、その理想も遠くはないのだがな」
何処か遠くを見るような目で、縛られた天使を眺めながら皇帝はふう、とため息を吐いた。
「……研究と解明を急がせます。私もお力になれればと思います」
天使。この世の創造主。限りなく魔素を生み、世界そのものに匹敵する絶対的象徴。
慈悲深く、面倒見がよく、博識で。
何より、今ある僕たちを育ててくれた人。
「…………」
痛ましさに目を背けたくなる。だがそれは今の自分には許されない。知ったからこそ、見なければならない。
ミーティス・アーラ。彼女と再会できたのは一年前のことだった。今と同じように、拘束具に繋がれたままに意識を閉ざし、微かに生み出す魔素を少しずつ吸い上げてられている彼女を見たとき、叫びそうになった口を食いしばったのを思い出す。
天使から魔素を取り出す、という計画はそれこそ長い年月を懸けて画策されていた。そうでもなければ、皇帝の住まう城の地下深くに部屋をまるごと改造することは叶わないだろう。
実のところ、実験的に行われている現在の計画の成果は芳しくない。実験を始めて、魔素の抽出そのものは成功したものの、必要な魔素を得られる前に天使がその供給を制限した――意識を閉ざしてしまったのだという。それ以降は緩やかに魔素の減少が進んでいき、四年もの月日が経ってなお天使は目覚めることのないままだった。
四年もの間、皇帝が懸念していた異常……魔素不足は日に日に顕著になっていった。不自然な魔術の不発や暴発、公的施設の機能低下、さらには異常なほどの魔素量を持つ魔獣たちの報告など、挙げきれないほどの事例が耳に届いてくる。この一年は、それの対処や事後処理の合間を縫いながら原因の調査を進めていたが。
「さて、レオン。君からの報告が確かなら、打つ手があるというのだな?」
「……はい。クレイオス様の見識と合わせて、間違いないかと」
天使を見上げたままの皇帝は、試すようにこちらを伺ってくる。まるで頭の後ろにも目がついているかのように、その言葉の圧は強い。
そう。ようやくこの一年で手がかりを見つけた。
「『グラナトゥム・ミラビリス』……かつて天使が撒いたという伝説上の種子。それが、実在しうると」
この世界が創造されるに至った、原初の魔素。これを手に入れることができれば、現状の問題を解決できると確信した。
曰くそれは、無尽の魔素を生み出すものであると。
曰くそれは、世界の四つに分かたれた聖地にあると。
世界の中心にある央都にはこれがなく、取り巻く四つの国にはその聖地が存在すると。
確証を得られるまでに時間はかかったが、これを解決できるのはただ一人。
「ええ。必ずや御身の下に」
――頼んだよ、兄さん。
最後の祈りを。願いを。今横たわる魔法使いに、声に出すことなく託した。
グラナトゥム・ミラビリス ~獄中の焔帝・幼き凍姫~ 河原叢児/トーチ @kawaraclean
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