桜咲いても……

結葉 天樹

北海道の先輩

 ゴールデンウイーク。

 俺と成美、守と正弘の四人は先輩のいる北海道に呼ばれた。

 先輩とは卒業してからも連絡を取りあっていたが、直接会うのは久しぶりだった。

 俺たちも去年、大学に進学して今は地元の大学に通っているが、正弘だけが残念ながら浪人生の身だった。

 大学生活も慣れ始めたそんな時、先輩から「来てみないか」と誘いがあった。

 こんな機会でもなければ北海道に行くことがないので、休みを利用して全員で行くことにした。

 初めての北海道は、本州に比べればまだ肌寒いという印象だったが、さらに驚いたのは季節外れの五月の桜だった。


「どうだ、凄いだろ?」


 大学の敷地いっぱいに咲き乱れる桜を指して先輩が誇らしげに言った。


「はい、こっちじゃとっくに散ってますよ」


 今年二度目になる満開の桜を見渡しながら成美が答えた。


「それでも今年は早い方だぞ。去年なんてあと二週間は咲かなかったからな」

「これで早いんですか!?」

「多分そうだと思うぞ。本州だと五月でこの寒さはないって」

「俺たちもびっくりしましたよ。まさかこんなに寒いなんて」

「僕も同感だね。ところで正弘。お前、寒くないのか?」


 守は一人だけ半袖の正弘を見た。

 明らかに腕には鳥肌が立っていた。


「ハッハッハ守くん。何を言っているのかね? このくらいの寒さ、俺にとっては寒い内に入らないのだよ」

「ピョンピョン飛び跳ねながら言っても説得力がゼロだけどね」

「うるせー。ああ、五月だからって油断してたよ畜生!」

「旅行に行くなら行き先のことくらい調べておけよ」

「お前だって、その上着、彼女から渡された荷物から出てきたじゃないか」


 正弘は一人だけ余分に持っている守の荷物を指差した。

 それは駅で守が恋人から渡されていた物だった。


「いや……まあそうなんだが」

「お兄ちゃんも私が言わなかったら半袖しか持って来なかったんじゃないかな~?」

「何の事かな~?」

「ははは、このぐらいの寒さで騒ぐなんて甘いな。驚くのはまだ早いぞ」


 俺たちはごくりと息を呑んだ。


「五月でもたまに雪が降る」

「「「「えーっ!」」」」


 つくづく北海道は本州とは別世界なのだと言うことを思い知った。


「お前たち、『雪虫』って知ってるか?」


 俺たちは全員、そろって首を振った。


「当然か。十月の終わりごろになると小さな虫が飛び始めるんだ。こっちじゃそいつらが飛ぶと雪が降る前兆らしいぞ」

「それで『雪虫』か……風情がありますね」

「へぇ、雪の到来を告げる虫か。なんだか妖精みたいで夢があるなぁ。私、見てみたい」

「んー、成美。夢を見ているところ悪いがそんなにメルヘンチックじゃないぞ」

「どうしてですか?」

「凄い数なんだよな。ブヨみたいなのが歩いてると髪に入るわ目に入りそうになるわ。服に付いたのを払うと潰れるし」

「うー……」


 成美が青ざめる。どうやら想像してしまったらしい。


「お兄ちゃん。私、北海道で生活できないかも……」


 泣きそうな顔で成美がこちらを向いた。

 確かに肩にかかるこの髪に付くのは嫌だと思う。


「いやいや、流石に先輩が大げさに言ってるだけだって。虫除けつければどうにかなるだろ?」

「虫除けスプレー髪に吹きつけろって言うの!?」

「亮。悪いけど冗談でも誇張でもないぜ」

「殺虫剤とかでどうにかならないんですか?」

「あー、無理無理。大量発生するとそんなもんじゃ到底足りないって」

「大量発生?どのくらいになるんですか?」

「うーん……例えて言うなら」


 先輩は長く思案して、俺たちにもわかるように一言にまとめた。


「粉塵爆発が虫で起こせるレベルかな」

「「ぶっ!」」


 思わず俺と正弘は飲んでいたガラナジュースを噴き出した。




「そういえば亮。ふと思ったんだが」

「何です?」

「『桜咲いたら一年生~♪』って歌が昔あったな」

「また懐かしいものを持ち出しましたね」

「ああ、その歌詞で思ったんだが、北海道では季節が合わなくないか?」

「まあ、言われてみれば。そもそも受験に合格することを『桜咲く』って言いますけど、大学受験って大体二月じゃないですか。その時期に桜が咲いているところなんてないですよね」


 守が横から話に入ってきた。


「落ちることも『桜散る』って言うけどそもそも桜が咲いてないよね」

「それじゃ、『桜咲かなくても一年生~♪』になっちまうな」

「うわ、語呂悪っ」


 そんな事を言っていると、横で正弘が呟いた。


「桜咲いても浪人生~。ひ~と~り~で~残された~♪」

「黒っ!? ブラック過ぎ!」

「正弘、自虐ネタはよせって!」


 一人だけ浪人生なので、笑うに笑えない。


「うるせー、亮。仲間内で一人残された浪人生の苦しみがわかってたまるか! 守も成美ちゃんもみんな同じ大学に入りやがって」

「いや……それは怠けてたお前が悪いと思うぞ」

「去年の正弘くんって模試も殆ど受けなかったよね」

「『俺は本番に強いんだ』って僕は何度も聞かされたけどなぁ……」


 昨年の正弘の行動はみんなが覚えている。

 何を言おうが自業自得だ。


「うわーん、先輩。あいつらがいじめるーっ!」

「いや、俺も大学生なんだけど……?」

「うわ。味方がいねぇ! これが四面楚歌ってやつか!?」

「こういう応用力を勉強でいかしていれば、正弘くんも大学に入れたのにね」

「ぐふっ!」

「あ、死んだ」

「成美ちゃん……何も瀕死の奴に止めを刺さなくても」

「あ、相変わらず成美は毒舌だな……」

「えー、そうですか?」


 天使のように無邪気に笑う小悪魔がそこにいた。


「でも懐かしいなぁ。このメンバーでいると昔に戻ったみたい」


 成美の言葉に俺も同じ気持ちだった。

 今日は先輩が卒業してから二年ぶりの再会になる。

 二年前まで全員が同じ高校で、成美と守と正弘とは同じクラスだった。

 部活になると先輩も加わり、五人で楽しく馬鹿をやっていた記憶しかない。

 それが、今は先輩は北海道の大学生。

 正弘は浪人生。

 俺と成美と守は同じ大学に入ったといっても学部も課程も違う。

 卒業した後はまったく違う道を歩むことになるだろうし、こんな風にみんなが集まることなんてあと何度あるだろう。

 そう考えると、成美が昔を懐かしむだけじゃなく、少し寂しそうに今の言葉を言ったように感じた。

 双子だからだろうか、何となくその感じが伝わって来た気がした。


「そうだ」


 しんみりした空気の中、突然、先輩が声を上げた。


「久しぶりに馬鹿やってみるか?」

「いいですね。やりましょうか」


 迷うことなく、俺は賛成していた。

 みんなも昔のように自然に一定の距離をとって丸くなる。

 何も言わなくても準備が整ったことが全員わかった。


「なんか久しぶりだな。何やります?」


 体を使うわけでもないのに意味もなく、正弘が体を伸ばす。


「よし、それじゃお題は、さっき話してた『桜咲く』を北海道風にアレンジしてみろ」


 二年前の仕切っていた時と同じように先輩がお題を出す。


「おめでたいことを季節に引っ掛けて表現するのか……なかなか難しいな」

 守が俺たちの中で一番真面目にお題を考える。これで結局あれこれ考えていて答えが遅くなるんだ。

「はいはーい。じゃあこんなのはどうですか?」


 誰よりも早く、考え付いたままの答えを抱えて成美が手を上げる。

 その答えに先輩が苦笑してコメントした。

 正弘が「じゃあ俺が!」と言って後に続く。

 先輩がダメを出す。さらに成美の毒舌が横からつっこむ。

 よく喋る二人の間で、あーだこーだと意見が飛び出て収拾が付かなくなる。

 守は答えを考え込んでいてそれどころではない。

 結局先輩が俺に意見を求める。


「亮、お前はどうだ?」


 これもあの時と同じ。


「そうですね……こんなのどうですか?」


 結局、二年ぶりの再会は二年前と変わらない一日になった。

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桜咲いても…… 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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