桜花恋花
桜庭かなめ
桜花恋花
『桜花恋花』
私、
高校に入学してから、3年間ずっと私のいるクラスの担任。国語を教えている。初めて桜先生の姿を見たときから好きで。だから、本当にこの3年間は楽しかった。
でも、そんな楽しかった時間も今日で終わる。今日は高校の卒業式だから。今日で桜先生と一緒にいることができなくなっちゃう。
今までに何度か告白しようと思った。
けれど、そう心に決めると桜先生に声を掛けることすらできなかった。
だから、自分を追い詰めれば告白できると思った。
卒業を迎える今日、桜先生に会うことのできる最後の日になれば告白せざるを得ないと考えたの。
卒業式の後、2人きりになれる場所に桜先生を呼び出して告白しようと決めた。だから、卒業式の間はずっと桜先生のことを考えたり、桜先生のことをたまに見ていたりしていた。桜先生のドレス姿はとても綺麗。先生と何度か目が合ったような気がする。校長先生とか、生徒会長がどんな言葉を言ったのかは全く覚えていない。
卒業式が終わり、桜先生から卒業証書と卒業アルバムを受け取った。その時の桜先生は可愛らしい笑みを浮かべていて、寂しそうな様子は全然感じられなくて。それが、ちょっと悔しかった。
最後のホームルームが終わった後、桜先生に個別自習室へ来てほしいと伝えた。ずっとずっと待っていると。
私はクラスで一二を争うほどの早さで教室を後にし、個別自習室へ向かう。いつまでも桜先生のことを待とう。
桜先生のことをどのくらい待ったのか分からない。1人で何もしない時間はとても遅く感じたから。
「どうしたの、智絵里ちゃん。私をこんなところに呼び出して」
桜先生、やっぱり綺麗で可愛いな。今日でもしかしたらお別れしなくちゃいけないと思うと、余計に魅力的に見えてしまう。
「生徒に呼び出されるなんて初めてだから、何だかドキドキしちゃうな」
「……私も先生のことを呼び出したのでとてもドキドキしています」
「ふふっ、そうなの。それで、私に何かあるの?」
「せ、先生に伝えたいことがありまして……」
「うん」
そう言うと、桜先生は私の目の前まで近づく。背が私よりもちょっと高いから、私の視界は先生に埋め尽くされる。
言わなきゃ。桜先生に好きだっていう想いを伝えなきゃ!
「桜先生!」
「は、はい!」
「さ、3年間……お世話になりました!」
ううっ、今日、桜先生に告白するって前から心に決めていたのに。桜先生に3年間お世話になったのは事実だけど。
「ふふっ」
桜先生は声に出して可愛らしく笑い、
「智絵里ちゃんってそんなに恥ずかしがり屋さんだったっけ? それを伝えるために私をここに呼んだの? もう、智絵里ちゃんは本当に可愛いわね」
私の頭を優しく撫でてくれる。撫でるという行為自体は嬉しいけれど、私のことを生徒や子供のように見ているような気がして嫌だった。
「……さ、桜先生だって可愛いです。でも、この3年間で綺麗にもなりました。3年前から、可愛くて綺麗でしたけれど……」
「そう? ありがとう。それが……あなたがここで伝えたかったことなの?」
私よりもちょっと背の高い桜先生は、とても高い壁のように思えた。私はこんな女性に告白しようとしているんだ。
告白が成功するかしないか正直分からない。失敗する確率の方が高いと思ってる。
でも、今の先生の言葉はここで立ち尽くしている私に手を差し伸べてくれているように思えたの。
「……他にもあります。桜先生に伝えたいこと」
私は桜先生の目をしっかり見て、
「桜先生のことが好きです。入学してからずっと好きです。私と……付き合ってくれませんか?」
好きだという想いを3年かけて、ようやく言葉にすることができた。顔がとても熱い。緊張で今も脚が震えてる。桜先生、何か答えてよ。振ってくれてもいいから。
桜先生はふっ、と笑って、
「……私は女性だよ。そんな私と付き合うことで、智絵里ちゃんのしたいことができなくなっちゃうこともあるんだよ?」
「分かってます。それに、私がしたいことは桜先生とずっと一緒にいることですから。だから、先生に告白したんです」
「……そっか」
ほっとしたのだろうか。それとも呆れたのだろうか。桜先生はふっ、と息をついて、
「良かった」
そう言って、桜先生は私のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのときに感じる先生の温もりや甘い匂いはとても優しい。このまま包まれていたい。
「私も3年間、智絵里ちゃんのことが好きだったの」
その言葉に私は耳を疑ってしまった。
桜先生のことを見ようと顔を上げると、物凄く近いところに先生の優しい笑顔があった。
「先生も好き、だったんですか?」
「うん。3年前、私は新人ながらも担任を持たされたからとても不安だった。でもね、入学式の日にあなたが私に見せてくれた笑顔のおかげで、その不安が体からすっと抜けていったの。そのときの桜の花が綺麗だったこともよく覚えてる」
「そう、だったんですか……」
思い返せば、入学式の日は桜が満開となった日だった。とてもよく晴れていて、スーツ姿で緊張しながらもは笑顔を見せていたな。その時に恋をした。
「……何度も告白しようと思ったの。でも、私は教師であなたは生徒。ましてや、私がクラス担任として受け持つ教え子。告白しちゃったら、成功しても、失敗してもまともに教師が務まるかどうか不安だった。ようやく告白する勇気が出たときには、智絵里ちゃんは受験生になってた。私が告白したら、智絵里ちゃんの受験勉強に支障を来たすかもしれない。だから、今まで言えなかったの」
「桜先生……」
「今日は卒業式。智絵里ちゃんに会うことのできる最後の日だから、智絵里ちゃんに告白しようと思ったの。少しでも智絵里ちゃんの姿を見ておきたくて卒業式の間、智絵里ちゃんのことばかり見てた。何度か目が合ったときには凄く嬉しかった」
卒業式のときに桜先生と目が合ったような気がしたけれど、本当に目が合っていたんだ。今になって嬉しさがこみ上げてくる。
「智絵里ちゃんを呼び出して告白しようと思ったのに、智絵里ちゃんの方から呼び出して告白してくれたね。本当にありがとう。先生、とても嬉しいよ」
そう言うと、桜先生の両目からは涙がこぼれ落ちる。
「私と智絵里ちゃんはもうすぐ……先生と生徒、という関係ではなくなるわ。私は智絵里ちゃんと会えなくなるのは嫌なの。だから、これからは1人の女性として、ううん……恋人として私と付き合ってくれる?」
桜先生の告白の言葉はとても嬉しかった。だから、答えはもう決まっているよ。
「もちろんです。私も同じ気持ちです。これからもずっと桜先生といたい……」
「うん。じゃあ、約束のキスをしようよ」
「……はい」
そして、私は桜先生とキスした。桜先生はどうなのか分からないけれど、私にとってはこれが初めて。
「……これがキスなんだね。初めてが智絵里ちゃんで良かったわ」
「桜先生も初めてだったんですか?」
「うん。誰かと付き合うのも初めて。だから、その……時々は智絵里ちゃんからもリードしてくれると嬉しいな」
まったく、そんなことを言われたら頑張りたくなっちゃうじゃない。7歳も年上なのに可愛い妹のように思えてくるよ。
「私も初めてですから、上手く先生をリードできるか分かりませんよ?」
「そのときは一緒に勉強していこうよ」
「いかにも教師らしいセリフですね」
「教師だもん!」
桜先生はちょっと不機嫌そうに頬を膨らませる。それも、とても可愛らしく見えて。
「今度は私からキスをさせてください」
「……うん」
ゆっくり目を瞑る桜先生の顔も可愛い。そんな先生に吸い込まれるように、私はそっとキスをした。
桜先生に抱いた恋という花はずっと蕾のままだったけど、3年経った今日、ようやく咲くことができた。いつかは散っていくと分かっているからこそ、この花が咲いている時間を大切にしていきたい。
そして、桜先生に恋をしたときに咲き誇っていた桜の花も今日、咲き始めたのであった。
『桜花恋花』 おわり
桜花恋花 桜庭かなめ @SakurabaKaname
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます