最終話 終幕

「あれから、色々とまあ大変だった。戻るのも一苦労だったが、歳のせいか〈竜化〉を長時間使用した後だとどうも体が思うように動かなくてな」


 ガジンは墓の前で呟くように死者に語り掛ける。陽は高く、国はいつものような日常を取り戻していた。世界が滅亡の危機に瀕していたのだと知る者はすくなく、『竜』に対する迅速な対応に帝を称賛する声が多くあった。


「…………これでよかったのか、私にはわからん。だが、判別はつかぬが国は良かれ悪しかれ変わっていく」


 ちょんっと墓石の上に蜻蛉が止まり、羽を休めた。季節はすっかり夏になっていた。


「ガジン様、お時間です」


 背後で気配を殺して忍んでいたゼツが言った。


「ああ、わかった」


 ――そっちでよく見ていろ。いずれ話しきれない土産話を持って行く。

 ガジンは墓を後にした。無人となった墓石を、強い陽射しが照らしている。蜻蛉が、空へと飛んで姿を消して行った。



 すべてが終わった後、いくらかの混乱が起こったものの、皇国はいつも通りに廻っていた。

 〈八竜槍〉のガジンが帝に翻意した――というのは噂話にすぎず、秘密裏に行おうとしていたことが明るみに出てしまい、結果として帝の命に逆らったように見えた。

 そういった流れが作り出され、他の貴族――特に『外様』の者達は訝しげな態度であったが、帝が是とするならば、否も是になるのである。

『竜』に関する事件が、その『秘密裏に行われた』こと以降、ぱたりと止んだとなれば決定に異を唱える者はいなかった。真実を知る者は、口を閉じている。


「此度の件、皆よく働き、協力してくれた。まずは礼を言おう」


 玉座に座る帝が口を開いた。


「だが、解決したとはいえ、問題が浮き彫りにもなった」


 浮き彫りになった『問題』がなんであるのか。心当たりがある貴族は、罰が下るのではないかと戦々恐々としていた。

 帝は、そんな彼らを尻目に、言葉を続けた。


「今回のように〈竜槍〉の使い手が複数必要とされた場合、やはり今の人数では心許ない。これは単純に、個々の技量云々ではなく、数の問題だ。それゆえ、余は〈八竜槍〉選定の儀を執り行うことを決定した」


 貴族の間に、緊張が走った。


「領の負担を考慮し、五年に一度であった儀の間隔を、三年に一度に短縮し執り行うものとする」


 驚愕が広間を満たした。帝はさらに続けた。


「また、今回の件を鑑み『外様』から三名、『譜代』から一名、選ぶものとする」


 帝の決定に、今度は不満と疑問が広間を浸していく。


「解決が円滑に進められたのは『外様』であるガジンが、各領主との間で緊密に連携したことが大きい。『外様』の出身でしかわかり得ぬ事柄も多々あると判断したためだ」


 説明には一応の納得を示す者もいたが『譜代』達は不満顔である。

 反対に『外様』は喜色満面な者達が多い。当然である。〈八竜槍〉に同じ出身者が増えれば、自分達の要望も通りやすくなると考えているからだ。

 既得権益を貪っている『譜代』にもきつい一撃を加えてやれるとも思っている。

 と、ここで『譜代』の中から挙手をした者がいる。ホウリだ。

 なにか、厄介なことを言いだすのではと『外様』は警戒する。

 帝が発言を許し、ホウリが言い出した。


「あのぅ……『譜代』が一名に『外様』が三名だと、一人足りない計算なんだと思うんですが……」


 がくっと、『外様』の警戒が薄れた。今聞くことか! と眉間にしわを寄せている者が多かったが、ホウリが言ったことは大多数の貴族が聞きたかったことだ。

 計算に合わないという指摘に、帝はうなずいた。


「すでに一人――『外様』から〈竜槍〉に選ばれた者が出た」


 帝の思いがけない発表に『外様』が色めきだった。彼らからすれば、自分と同じ『外様』から〈竜槍〉に選ばれた者が出たのは、望外の喜びだろう。

 不快感を隠しもしなかったのは『譜代』のハヌイとその周囲にいる取り巻きたちだ。

 決められた手順によって槍士を選び出し、その中から厳しい訓練を経て選りすぐられた一握りの者のみが〈竜槍〉を手に取る資格を得られる。

 それでも資格のみで〈竜槍〉から認められるかはわからない。だからこそ〈八竜槍〉になるには、どれだけ難しいのかは誰もがわかっている。

 そういった手順を一切合切、すべて無視して進められたのが、ハヌイ達は気に食わないのだ。だが、帝は彼らに一瞥もくれない。取り合う気が無いのは明らかだった。


「入って来るがいい。新しき〈竜槍〉の使い手」


 帝の声と同時に、閉じられていた広間の扉が開かれた。

 奥から、小さな影が歩いてくる。手には、槍が――〈竜槍〉が握られていた。貴族は、見慣れない槍に目を細めたが、槍自体が放つ異様な空気に、それが〈竜槍〉であるのだと強制的に理解させられた。

 呆然として、貴族はその影が帝の前にひざまずくのを見ていた。


「あ〈青眼〉……」


 恐れを含んだ声が、そこかしこから聞こえた。ざわめきが広間に充満すると、以前と同じようにロウハが床を槍の石突きで叩き、全員を黙らせた。


「この者が、その『外様』の一人。新しき〈竜槍〉の使い手よ」


 帝は決定事項を告げた。



 喧騒の中、リュウモは帝の次の言葉を待っていた。彼は騒ぎが収まるまで、言いたい放題周りにさせておくつもりらしい。視線と言葉が突き刺さり、言われも無いものまで聞こえてくる。

 心の底まで深く根付いた恐怖や忌避感は、たとえ〈禍ノ民〉の血を引く者が〈竜槍〉の使い手となっても、簡単には変わらない。

 〈竜槍〉に認められた者をこき下ろすような発言は、端的にこの国の中枢にいる人々の根っこにある恐れを示している。

 ガジン、ロウハ、イスズの三人には決して向けられない険悪の感情が向けられることに、リュウモは別段、なにも感じなかった。彼らをどうしても責める気にはなれなかったのだ。

 リュウモだって神ではない。悪口を言われれば、イライラするし、腹も立つ。言い返したくもなる。でも彼らだって、きっと好きでこっちを嫌っているわけではない。だったら、変えていけるはずだ。変わっていけるはずだ。

 彼らは、自分と同じ人なのだから。


(そうだ。この人達は、おれと同じ人なんだ。いつかは、必ず死に至る)


 人も『竜』も『龍』も、いつかは死へと溶けて消えて行く。〈竜峰〉に眠っていた『龍』達のように、〈禍ツ竜〉のように。

 遅いか、早いか。

 自然か、強制か。

 何事かを為したか、為さないか。

 至るまでの大きな違いはあれ、結果は決して覆ることはない。

 ならば、やはり過程というものは重要だ。

 ――おれは、なにができるのだろう。いや、死に至るまでなにを為すべきなのだろう。

 疑問に思っていた一つの答えを、帝は用意してくれた。

 答えは決めた。だからここにいる。

 『使命』は終わりを告げ――しかし、自分の人生はまだ続いて行く。

 ならば、濁流の勢いに逆らってでもなにかを為すべきだ。

 皆も、自分も、いつかは、死の闇に命を横たえる日が来る。だから――。


(おれは、為すべきことを為す。生きて、生き続けて、そして……)


 必ず死ぬ。

 だから、定められた命が終わる、その瞬間まで歩き続ける。

 ――おれは、生きていく。為すべきことを為すために。

 それがきっと、枠組みから外れてしまった者であろうとなかろうとできる、人としての最良の選択なのだ。だから、歩いて行く。示された道を、ゆっくりとでも、着実に、しっかりと。

 リュウモは聞こえてきた帝の声に、顔を上げ、槍を手にした。

 未来は、誰にもわからなかった。

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竜守ノ君 浜西幻想 @fantasy_like

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