4 Mr.D

第17話

 トンテンカンテン、トンテンカンテン。

 赤丸太一の耳に入るのは、釘を金槌で打つ音と、

「Every party night yeaaaaaah!!」

 どこかのパリピがヒャッハーする叫び声。

「何がパーティーナイトだやかましい‼ そもそも今夜じゃなくて昼だし正午だしぃ‼ 近所迷惑だからこんな真昼間からダンスパーティーすんなっつったろG骨‼」

「Hey、太一。分からねェこと言うなヨ。Meとリリック。そして熱いHeartさえあればいつでもどこでも男ってのは歌って踊れるようにできてるのサ」

 太一の怒りを訳の分からない持論で受け流し、G骨は再びダンスパーティ―へと意識を向けてしまう。

「あの野郎……ッ」

 いっそのこと奴にこの金槌を投げつけてやろうかと思ったが、それで喧嘩になってまた死闘を繰り広げることになるのはごめんだと、太一は金槌を投げ捨て、ガンガン音楽が鳴り響くダンスホールを後にした。



 お前の家だと与えられたお化け屋敷――もとい白煙荘には赤丸銀次の舎弟を名乗る煙魔、G骨が棲みついていた。

 死闘の末、晴れて太一はG骨に勝利して白煙荘に住むことになったのだが、ここで大きな問題が一つ浮上する。

 G骨たちのパーティーが騒がし過ぎてまともに生活するどころではないのである。

 元々彼らのパーティ―会場であるダンスホールは、防音対策が万全であったために外に音が漏れるということはなかったが、太一とG骨の戦いで壁やら床やらに大きな穴が空いてしまい、最早防音の意味をなさなくなってしまった。

 それなのにG骨たちは構わず昼も夜もパーティーナイトなわけなので、同じ屋根の下で暮らす太一は眠ることもできなければ昼間に落ち着いて生活することができなくなってしまったのである。

 このままではいけないと、便宜上は大家(?)にあたるマダム・シンデレラに修理を頼んだところ、行われたのは業者の手配ではなく工具とベニヤ板の手渡しなわけで、冒頭のトンテンカンテンに至るのであった。

「いい加減耳も頭もおかしくなってきたっつーの」

 あのダンスホールを修理しなければ、太一は再び家を失うことになるわけであるが、大工仕事に関しては全くの素人である彼だけでどうにかなるとは思えない。

 正直なところ、この際マダムに頼み込んで家を変えてもらうことを考えていたりもする。

 白煙荘は元々赤丸銀次が住んでいた場所であるものの、実際に屋敷の中をあちこち調べてみても、彼に繋がる手がかりは何も見当たらなかった。最早白煙荘は、太一にとって薄汚い下宿先という価値しかなく、その役目すら果たせないのなら手放すことに躊躇いはないのだ。

 その上立地も悪い。

 白煙荘は三区の外れにあるため、繁華街に行くにも30分ほど何もない不毛地帯を歩くことになる。近くに駅やコンビニを望むわけではないが、せめてもう少しは人里に住まわせてほしいものだ。

 どうやって家を変えてもらうようマダムを説得しようかと考えながら、太一は繁華街へと足を踏み入れた。

 今日も今日とてキセル街道は賑やかだ。

 最初の内は、この激流のような人の流れに流されないようにして歩くのが精一杯で、周囲の景色を見る余裕なんてなかったが、今では人の間をすいすい縫うようにして歩けるようになった。

「腹も減ったし、取りあえずは飯を食って……、それからマダムの所に行けばいいか」

 時間帯的にもそろそろ昼時だ。どこの店がうまいのか安いのかなんて分からないが、取りあえずそれっぽい店に入ればいいだろうと考えて、その髪色を隠すようにパーカーのフードを被るが、

「あでっ⁉」

 目深に被ってしまったせいで、すれ違いざまに誰かにぶつかってしまった。

 それも運の悪いことに、どうやら相手は柄の悪い奴のようで、

「あァ? テメェ、この俺様にぶつかってこようなんて良い度胸してんじゃねぇか。喧嘩売ってんのか?」

「そんなことないっすよ。事故です事故。ほんとすいませんでした。それじゃあ」

 こういう輩は目を合わせたら厄介だと、黒光りする相手の革靴にヘコヘコ謝りながら太一はその場を立ち去ろうとするが、

「おいちょっと待てや」

 ぐいっ、とそいつは太一のフードを掴んで引き寄せようとする。慌てて太一はフードを押さえようとするが、頭に触れても、感じるのは布にしては滑らかで柔らかい、髪の感触。

「お前その髪色、もしかして、赤丸銀次……ッ⁉」

 太一の兄、赤丸銀次は『煙の王』としてキセル街道の人々にひどく恐れられている。それはもう尋常ではなく、兄弟の唯一の共通項である赤毛を見ただけで、太一を銀次だと勘違いしてしまうほどだ。

 そのため、店などの人の目につくようなところではなるべく髪色を見せないようにするのが平和に生きるコツなのであり、一度見せてしまえば戦々恐々乱痴気騒ぎ。

 ひどけりゃその場で殴り合いの大喧嘩とくるものだから、黒だろうが紫だろうが、とにかく髪染めしたい今日この頃。

「田中太郎に殺されたテメェがなんでここにいやがる‼」

 噛み付かんばかりに吠えた柄の悪い男の声は、周囲の通行人に異変と恐怖を伝播させ、キセル街道の規則的な流れをもみくちゃにする。

 最早太一としてはこういうやり取りはうんざりしており、喫魔師の連中には言葉よりも拳で分からせた方が早く伝わるということが最近なんとなく分かってきたため、否定するよりも先に懐からライターとタバコを取りだす。

「勝手に勘違いしてビビってんじゃねぇよ。俺は赤丸太一だ。銀次じゃねぇ」

「だ、騙されねぇぞ。知ってんだぞ、お前ら愛煙結社が、また『銀月の夜』を起こそうと企んでいることくらい‼」

「だからさぁ……」

 言い切る前に、男が太一に飛びかかってきた。

 やはり彼も喫魔師だったのであろう。喧嘩をしようとしているのに、その口の端には煙をくゆらせるタバコが咥えられてある。

(ったく、やっぱり力づくで話を聞いてもらうしかねぇか)

 直線的な男の拳を身を翻すことで躱し、彼の背後に周り込みながらタバコに火を灯す。

 吸った煙を吐き出せば、それはまるで生き物のように蠢き、たかり、やがて一体の異形となる。

 その姿は狼の如く、しかしその尾は妖狐の如く九つに分かれている。

 半狼半狐の奇特な姿。

 かつて『煙の王』の使い魔として名を馳せた最強の煙魔を、太一はその身に宿しているのである。

「いくぞ、銀九狼」

「路上の喧嘩如きで儂を呼ぶなよ」

 ぐるりと、まるで煙に巻くように銀九狼が男の足元を廻れば、彼は途端にバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。

「しま――ッ⁉」

 あまりに唐突過ぎる転倒に、男は受け身も取れずにコンクリートの地面に体を打ち付けることを察知した。しかも見上げればすぐ頭上には太一。

 倒れたところを容赦なく狙ってくるだろうと彼は予測したが、

「おっと」

 ふわりと、彼の体は止めを刺してくると思っていた太一に支えられたのである。

 だがそれは単純に、太一が男を救ったというわけではない。

 左腕で男を抱えながら、しかし右手の指は確実に彼の右瞼に及んでいる。何かの拍子であと少しでもその位置がずれれば、太一の指は男の眼球を傷つけてしまうであろう。

「分かれよ、バカ野郎。ここまでしてお前を生かしているこの俺が、あの赤丸銀次だとでも?」

「う……ぐっ」

 恐怖で何も言えなくなっているので、果たして誤解を解けたかどうかはかなり怪しいものだが、ひとまず戦意はもう無いようなので男を解放してやる。

 だがそれで終わりではないだろう。

 太一が周囲を見渡せば、人々は彼を警戒するように皆一定の距離を置いていた。

 そして彼に向ける視線の色は恐怖、そして憎悪。

 出ていけと直接言われないだけまだましか。死んでしまえと一斉に襲われないだけまだましか。

 いや、ひょっとしたら次の瞬間にはそのどちらか片方が、ひどければ両方同時に起こるかもしれないと思わせるほど、人々の太一に向ける殺気は重く、そしてねばついた不気味さを感じさせる。

「何度も言わせるなよ。俺は赤丸太一であって、赤丸銀次じゃねぇ。俺を恨むのは筋違いだぜ」

 言っても無駄。

 喫魔師と思われる数名が、じりじりと太一との距離を詰めながらタバコに火を灯し始めた。  

「やるしかねぇってのかよ」

 正直何の罪もない人と戦うのは気が引けたが、自分の身を脅かそうとしているのであれば話は別だ。

 正当防衛として真っ向からぶつかってやると太一が覚悟を決めると、

「オイオイ、一人のガキを寄ってたかって袋にしようなんざ、ダセェ真似しやがるじゃねぇか、テメェら」

 気づけば太一の目の前には、一人の男が立っていた。

 高めの身長に、筋肉質の体。ブランド物と思わしき黒スーツを着ているくせに、ライオンのたてがみのようなオールバックというワイルドな髪型をしているため、その生業が堅気ではないことは一目瞭然だ。

 そんな男が、誰に怪しまれることもなく人ごみをかきわけ、一番身近にいる太一にさえも気づかれずに、まるでテレポートのごとくこの場に現れたのである。

「薬獅子さん、アンタ、何のつもりだ。なんでそいつを庇う」

 太一に詰め寄ろうとしていた喫魔師の一人が、そう問うた。邪魔をするならば薬獅子諸共殺してしまおうとするほどの剣幕だ。

 しかし薬獅子はそれを呑気な口調で受け流し、

「分かってねぇのかよお前ら。こいつは赤丸銀次ではなく、その弟の赤丸太一。『銀月の夜』の仕返しをこいつにしようってのは、かなりの筋違いじゃねぇのか?」

「仕返し? 筋違い? 何言ってんだよ薬獅子さん。そいつが赤丸銀次じゃねぇってのは分かってる。だから俺らがしようとしているのはただの予防さ。『煙の王』の弟、赤丸太一がその意志を引き継いで、再び『銀月の夜』を起こさせないためのな」

 だからそこをどけ、と一人の喫魔師は言った。

「正直な話、がいる『彩煙座』には、この地区を任せたくねぇんだよ」 

 その殺気は太一だけでは飽き足らず、彼を庇って立つ薬獅子までをも巻き込み、いよいよ乱闘になるかとまで思わせたが、

「オイオイ、あまり調子のいいことを言うなよ」

 その時薬獅子がとった行動とは、ただ呑気に歩き始めるということだった。

 身構えることも、殺気を漂わせることもなく、ただゆっくりと、まるで散歩するかのように、自らの敵に向かって歩く。

 対して彼らは薬獅子に何かするわけでもなく、まるで石造のように視線一つ動かすことなく、彼がすぐ隣を通り過ぎることを許してしまう。

 動けないのか――確かにそれもあるが、更に彼らは、気づかないのだ。

 薬獅子がその場から立ち去ろうとしていることに。

 時が止まったかのような空間の中で、動けるのは薬獅子と太一のみ。

「息を止めて歩きだせ。取りあえずこの場から逃げるぞ」

 一歩、太一が踏み出しても、依然として人々が動き出す様子はない。

 やがて彼が止まってしまった人々の輪を抜け出したとしても、彼らは追ってくることすらしなかった。

「彼らのことは気にしなくていい。直に元に戻る」

 策で言えば木嶋橙。

 得体の知れなさで言えばマダム・シンデレラ。

 だがしかし、喫魔師集団彩煙座で警戒すべき人物は、他にもう一人。 

 その実力で、薬獅子。

 明らかに偽名と分かる名を名乗るその男は、戦っても敵わないと思わせるほどのことを、さらりとやってのける。

 

 

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煙の王 文鳥愛子 @humitori

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