question-3

 始まった『社内恋愛』

 昨日までと違うところはどこ?


 1、彼を目で追う回数が段違いに増えたこと。

 2、バレない為に装いたい『普通』が全くわからないこと。

 3、二人の時の彼を思い出してしまうこと。



 *answer*


 玄関の扉が閉まると同時に、彼は三度目のキスをした。

 背中に回された彼の手に抱きよせられる。

 それを合図に私は目を閉じる。


 四度目と五度目はソファーで。

 彼からもらうキスは回数を重ねるごとに深くなった。


『シャワー……一緒に浴びる?』


 キスだけで骨抜きにされていた私に、彼は難題をふっかける。


『そ、それは一人でっ』


 慌てた私の頭をクシャクシャと撫でてから、彼は先に浴室へと向かった。


 目にかかる、濡れた前髪……

 仕事モードが完全にオフになった彼の姿。

 続けて入った浴室に籠っている湯気が彼とのこれからを意識させた。



「……ダメだ」



 デスクの上でボールペンを握りしめる。

 もうこれで何度めだろう。

 何をしていても、頭の中で倉科さんが動きだし私の手を止める。



 ――仕事にならない!でも……

 ――彼はどうなんだろう。



 そう思い、リアルな方の倉科さんにこっそり目をやると、受話器を肩に挟みペン先を書類に滑らせる姿が見えた。


 誰と何を話しているかなんてわからないけれど、パッと見た限りでは私のように尾を引いている様子がまるでない。



 ……もしかして社内恋愛のプロ?

 ……そ、そんなの嫌だ!!



 心の中で、何人もの私が次々と顔を出す。

 傍目からはわからないだろうけど、澄ました顔を作っていても私の中は大騒ぎだ。



 頭の先から爪先まで、大勢のミニ紗良が駆け回っている感じ。



 ――大変だ!倉科さんが電話してる姿カッコいい!!

 ――大変だ!彼のペンになりたい!!

 ――大変だ!唇見ちゃった!!



 動く口元を見てまた思い出してしまう。



『紗良、おいで』



 浴室の前から寝室まで……落とされた照明の中、手を引かれて進む。



 並んで腰かけた彼のベッド。

 タオルドライしただけの髪。



 素の自分を見せるのは物凄く勇気がいった。



『好きだよ』



 彼の声は、いつまでも甘く優しいまま、耳に残って離れない。



 見つめてしまっていたからだ。

 電話を終えた彼が顔をあげた途端、バチリと目が合った。


 どんな顔をしていいか迷ったけれど、目を反らすという選択肢だけは存在しなかった。

 なんなら彼にもドキドキして欲しい。

 私だけ、やられているのはちょっと悔しいから。


 精一杯の普通を装って軽く微笑んでみる。

 頭も軽く下げてみた。



 そうしたら――



 彼は慌てて辺りを見回す。

 そして、誰もが各々の仕事に集中していることを確認したあと……鼻の所に皺を寄せて軽い『変顔』をした。



 やっぱり仕事は手に付かない。



 ――大変だ!倉科さんの変顔見ちゃった!!

 ――大変だ!めちゃくちゃ可愛いぞ!!

 ――大変だ!キュンキュンしちゃう!!

 ――大変だ!大変だ!

 ――大変だ!!

 ―…



 ミニ紗良はまたもや大騒ぎ。



 同じフロアに好きな人がいる――いつか慣れる日がくるのだろうか。

 平静を装う、だなんて私にそんな芸当が出来るのだろうか。


 正直なところ、今はそんなことまで考えられない。


 だって。今の私は……



『ミニ奏も騒いでいたらいいのになぁ』



 と、ニマニマが止まらないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る