weekend

→22:00

『よーし!飲みに行くぞ!』


 課長の一声で急に決まった今夜の飲み会。

 飲み会は決して嫌いじゃないけれど……


 ―――


 化粧室に入り鏡に向かった途端、溜め息がこぼれた。


「……久しぶりに倉科さんとご飯だったのに」


 会社のそばにある居酒屋に集まった企画室の面々。

 もちろん倉科さんも参加しているけれど……座敷の入り口付近に座る下っぱの私と、奥にいる課長の隣に座る倉科さんとの距離は果てしなく遠い。


 付き合い始めて彼がどれだけ忙しいか気がついた。同じ企画室に在籍していたって、今日、彼を見たのは朝礼の時だけだった。


 先週末も会えなかったから、今夜は物凄く楽しみにしてたのに……

 忙しい一週間もこの日の為に乗りきったのに……

 ちょっとオシャレもしてきたのに……



「……何時に終わるんだろう」



 再び深い溜め息が洩れる。

 覚悟を決めて背筋を伸ばし、化粧室の扉を開けた。


 ***


「倉科さん、あれは反則です」

「なにが?」


 部屋着に着替えた彼は、そう言うと少し微笑みとぼける。


「誰かにバレたらどうするんですか!」

「一次会で帰る人いっぱいいるし、みんな酔っててわかんないって」


 ケラケラと笑いながら彼は隣に座る。

 抱き締めたクッションから、彼のプライベートな香りがした。



『よーし!二次会行くぞー!』


 すっかり酔いの回った課長を先頭にして向かう二次会への道。きっと今日はこのまま飲み会コースだと諦めた時だった。

 ピロリン♪と鳴った携帯が映し出したのは倉科さんからのメッセージ。



 ――次の角、反対に曲がるぞ――



 そぉっと振り向くと、一番後ろを歩いていた彼がニッコリ笑った。



「あの時の紗良、すごい怪しい動きしてたよね」



 思い出し、さらに楽しそうに笑う彼。


 みんなの輪から外れる為に、出来る限りスピードを落として歩いた姿があまりにぎこちなかったらしい。


「もう!!だ、誰かにバレたら傍にいられなくなるじゃないですか!」


 社内恋愛は禁止じゃないようだけれど、きっとどちらか異動になってしまう。ドキドキさせられて困るより、彼と違う部署になる方が嫌だった。



「倉科さんっ!聞いてます?!」



 急に何も発しなくなった彼に体を向けて抗議した。


 ……したんだけど。


 視界に入った彼は右手で頬杖したまま優しく私を見つめている。



「……く、倉科さん?」



 私の呼び掛けに、さらに柔く緩む彼の目尻。



「……紗良って俺を掴むの上手いよね」



「……あ」




 失敗した……そう思った。


 少し前の自分のセリフまで巻き戻る。


 な、なんて……正直な……


 一気に体が熱を纏った。



「……どうしたらいいかな」


 そう呟いた彼。


「……離れるのは嫌だけど、ドキドキしてる紗良を見るの好きなんだよなぁ」


 本気で迷うその姿を、やっぱり可愛いと思うのは惚れた弱味ってやつなのだろうか。


「……ほんの少しなら……からかうのも許してあげてもいいですよ?」


 私がそう言うとすぐ、彼は私の頬に唇を寄せた。



「ありがと」


「……どういたしまして」



 微笑み繋がる視線。

 ここまでは、いつもと同じだと思ってた。


 ところが甘くて柔らかい時間は急に終わりを告げる。



『ピンポーン』



 この、突然の来客で――

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