カーテンコール
なあ兄が帰ってくるとウチはさっそく店頭にだす。だっさいエプロンもなあ兄にかかればギャップ萌えで昼間は主婦のハートを鷲掴み、夜は仕事帰りのOLさんの誘蛾灯だ。少し前からCMにも出るようになって、知る人ぞ知るレベルになってる。我らがミサトマーケットでもポスター貼りまくりだ。本人の写真は肖像権の問題で事務所から駄目って言われてるけど、正式に広告になったものは貼れる。車の宣伝とか全然関係ないけどね。
最近の風紅はなあ兄が帰ってきてももうまとわりつかない。昔はちょこちょこ後をついてまわって、アピールアピールだったのに。次期嫁の座を遂に諦めたようだ。ていうか、いくつまでそんな野望を抱いてたのか妹よ。幼稚園で卒業しろ。昔の風紅は「なあ兄と結婚するう!」と叫んでお父さんをがっかりさせていた。なんでもあたし、風紅とふたりがかりで「なあ兄と結婚する宣言」をしたそうで、「お父さんと結婚する」って言ってもらえなかったそうだ。そんなの。だってなあ兄かっこいいもん。残念お父さん。
でも、言わないけど、お父さん好きだよ。お母さんよりずっと。お母さんは……。
あたしはお母さんに似てる。近所の人もそういうし、お客さんも、おばあちゃん達も。あたしもそう思う。美人3兄妹だって。
でも。なあ兄はお父さんが違うしお母さんにもあまり似てないからいい。あたしと風紅は、明らかにお母さんがつよくて。
―――心まで似てたらどうしよう。
「お疲れなあ兄。帰ってきて早々大変だね」
「まあいつものことだよ。でもいつまでいけるかなあ。ある日突然おっさんになるのかもなあ」
「なあ兄は舞生ちゃん好きなの?」
休憩室でラムネを飲むなあ兄の隣に座って、こっそり訊いた。なあ兄は目を丸くして、それから「どうしてそんな?」と灰色のそれを細めて笑った。
「お母さんが言ってた。最初はおじいちゃん達も信じてなかったけど、東京で一緒に暮らしてるんでしょ? 舞生ちゃん全然帰ってこないの、おばあちゃんが結婚しろ攻撃しすぎたからじゃないかって後悔してて、舞生ちゃんとなあ兄がホントにそうなら法律とかどうにかならないかって、相談してる」
「うわあ、それまずい、最悪。そんなのまおに聞かせちゃ駄目だよ。もっと怒って帰ってこなくなるよ」
「なんで?」
「まおは俺のこと、別に好きじゃないからさ」
「そうなの!?」
「なんだ、春菜もそう思ってたの」
「えええ、だって、お母さんが……」
「どんな話してんだろなあ……。あのね、ここだけの秘密。俺はまおをずっとずっと好きだよ。春菜が産まれた頃からずっと。だから今、一緒に暮らしてて、しあわせなんだ」
「20年も? って、なあ兄いくつ? やっつ?」
「そう。だけどまおは違う。この『違う』ってのはすごく重要な部分だから、間違えたらホントにここに帰ってこれなくなっちゃう。まおは別に帰りたくないわけじゃないんだ。ばあちゃんも、そこ反省するなら俺のことも持ち出さないで欲しいなあ。それだけでまおは帰ってこられるのに」
「よくわかんないよ」
「まおはこの家をとても愛してるんだ。帰りたい気持ちも抱えてる。だけどまおは今とても大切な仕事をしてるから、仕事より結婚とか女の子がそんなとか言われるのが辛いんだ。好きな人が大事なことの悪口言うのって、板挟みでどうにもできないだろ」
「うん、わかる。でもどうして舞生ちゃんはなあ兄を好きじゃないのに一緒にいるの。なあ兄はなんでそれでいいの?」
「なんだ春菜、もしかして好きな奴がいるのか。付き合ってるの?」
「えっ違っ!?」
「違うの?」
「……ち、がわな、い……。思いだしたの。あたしが中学の時、お母さんいなくなっちゃったじゃない。あれは一応あれ以来ないけど、お母さんって変わってないよね。ああいうの、―――笑わないでよ―――遺伝すると思う?」
「お前訊く相手を間違えてるよ。俺もあの人の息子だよ、遺伝してたってわからないよ」
「だって他に訊けるひといないじゃん。でもなあ兄が舞生ちゃんのこと20年好きなら大丈夫なのかな。あんなふうにお父さんに甘えて蔑ろにするの、すごく、すごく、嫌なのに、あたしのお母さんなんだもん……」
「……うわー、ごめん春菜、がっかりさせるけど俺実はだいぶろくでなしだから、参考にならない。なにしたかは父さんに訊いて。さすがに自分からは言えない」
「ええー、なにそれぇ……」
「でもこれは言える。俺と春菜達は全然違うよ。ここんちに産まれて、父さんたちがついてたんだから、大丈夫」
「……」
「なんならまおに訊けばいい。まおならもっと詳しい相談に乗ってくれるよ。保証する」
「なんで?」
「まおの仕事は困ってるひとを掬い上げるのが目的だからね」
叔母さんというには15歳しか離れてないけど、物心ついた頃にはもう家にいなかった舞生ちゃんが、都会でバリバリ働いてるの、羨ましい。ここを嫌いじゃないけど、田舎はコミュニティーが狭すぎる。舞生ちゃんほど優秀でもないあたしは大学は諦めて、専門でいくつか資格を取りながら就職先を探しているところだけど、ぶっちゃけ口がない。でも家は出たかった。
けど、なあ兄がすでに出てしまっているので、お父さんは婿を検討している。そんなの、
「しっかしそうかあ。じゃあ今晩はじいちゃんと男の親交でも深めてくるかな。ばあちゃんを抑えてもらわないと」
「舞生ちゃん、なんでなあ兄のこと好きじゃないのかな。他に好きな人がいるわけじゃないんでしょう?」
「みんながみんな、誰かを好きになるわけじゃないんだよ。俺もそれに納得するまでずいぶんかかったけど、納得できたからまおの側にいられる」
「なんかそれ、すごく辛い気がするけど……」
「辛かったのはわからなかった時までだよ。今は全然。だから母さんも諦めてくれないかな。あの人、俺をしあわせにしたくてタイヘンなんだ」
「あ、あー。そういうことなのかあ……」
「ピントずれてるよな」
「うう……」
「ホントに相談したければ、ウチにくるといいよ。まおにも言っとく。ついでにウチに来てることにして彼氏と旅行でも行くといいよ」
「うわ、兄妹の入れ知恵にしては悪い囁き……」
「母さんとは違うけど、俺だって春菜やふうにはちゃんとしあわせになって欲しいからな」
「それがこの助言かあ。まあ、ありがと。検討する。その、舞生ちゃんと相談のほうね。じゃあ、なあ兄はしあわせなんだね。おばあちゃんたちが余計なことしないほうがいいんだね」
「うん。まおも今しあわせだから。心配が見当違いだって、それとなく吹き込んで」
「わかった。そうか、しあわせかあ。相手がしあわせだって断言できるんだ。いいなあ。通じ合ってる夫婦みたいだ。なあ兄たちは何なんだろうね、恋人じゃなくて夫婦でもないなら」
「《家族》だよ」
fin.
淅瀝の森で君を愛す まるた曜子 @musiko
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