第16話 三宅島の伝承

 目覚めたとき、俺はイカ釣り漁船の甲板の上で横になっていた。どうやら俺は清奈とクレナイに拉致られ、ここへと連れてこられたらしい。その後、二人が船の上で俺にした行為を想像を絶するものだった。拷問、勧誘、体罰。足をロープで縛られ、海に沈められ、殴られ、ビンタされ、精神的に追い詰められた俺は……気絶した。

 いや、まぁ、実際はそこまで凶悪ではなかった。少し話を盛りすぎた。

 海に沈められたのは本当だが、あれは事故でありクソ親父の操作ミスだ。


 そう、実は数分前まで指名手配されている親父がこの船の上にいたのだ。

 勢いよく操縦室の方へとダッシュして中を覗いたが、時すでに遅し。

 残念ながらヤツの姿はもうなかった。だが、ここは海の上だ。ヤツが逃げられるわけがない――と思ったのも束の間、清奈の口から語られた真実に俺は驚いた。

 実はこの船は沖どころか船着き場から離れてすらいなかったのだ。

 俺が今見ている黒い景色は、大きな黒いカーテンらしい。全ては俺を『沖にいる』と錯覚させるための道具だ。船着き場がすぐ向こうにあるのだとすれば、親父も簡単に逃げることができる。つまり……あの野郎はもうすでにこの船にはいない。

 追いかけて探す、なんて選択もあったが、非常に面倒くさい。

 あの指名手配犯は警察に任せて、俺は自分のことに専念しようと思った。


「っはぁー」


 小さくため息をついた俺は清奈が立っていた位置まで戻っていく。


「なぁ、一つ訊いていいか?」


「なんだ?」


「清奈は俺の親父のことを知ってんだよな?」


「もちろんだ。彼は伝説の漁師【五海王ごかいおおい】の一人だからな」


 また初めて聞く単語が出たな。なんだよ五つの海の王って。中二かよ。


「五海王? 誤解を受けそうなネーミングだな」


「何を言っている? もしかして……シャレか?」


「あ、いや、なんでもない、続けてくれ」


 自然と出たネタが滑るとこんなにも全身が恥ずかしくて熱くなるのか……。


「五海王とは文字通り、五つの海を統べる王よ。オホーツク海の北海ほっかい蝦象えびぞう、日本海の長須ながす久地くじら、東シナ海の木口きぐち一郎いちろう、瀬戸内海の仙石せんごくかぶとがに)、そして太平洋の坂凪《さかなぎ大輔だいすけよ。彼ら五人は世界を飛び回り漁師の技術や楽しさを伝える活動をしているわ。漁師を目指す人間なら皆が憧れる存在」


「へぇー」


 一気に名前を言われたので大半は忘れたが、親父の名前だけは忘れない。

 あのバカ親父がそんな偉大なる人間だと? にわかには信じがたい事実だ。

 なのに信じれない自分がいる一方でなんとなく納得してしまう自分がいる。

 俺はクソ親父と昔から世界を旅していた。俺は単純に親父が旅や魚が好きなだけだと思っていたが、すべてはお仕事で飛び回っていたのか……。

 

「それじゃ、その、清奈もあのクソ親父を尊敬しているのか?」


「当然だ。初代漁友会会長である大輔さんは、嘗ての楽しい学校を作った人物だからな」


 マジかよ。あんな魚料理しか作らず、息子の将来も考えず、自分の好きなことだけをしている人間が尊敬に値する人間だと? 他の人間から見るとそんな風に見えるのか。


「たしかに彼は自分勝手な面もあるが、誰よりも魚を愛している人間だ」


 実の息子としては、魚よりも息子の方を愛してほしいのですがね……マジで。

 まぁ、俺も高校二年生だし、愛とかはもういらない歳になったんだがな。


「常に誰かのことを考え、どうすればより良い漁ができるか考察している」


 誰かのことを考えているだ?? さすがにその発言は聞き捨てならない。

 ヤツと共にスウェーデンで暮らしていたときのことを俺は一生忘れない。

 あの男は小学生だった俺を家に放置し、一週間ほどどこかへと消えた。

 しかも冷蔵庫に入っているのは『シュールストレミング』という世界一臭い魚の缶詰。俺が魚嫌いになった理由の一つである。彼が誰かのことを考えて行動する人間なのであれば、普通の大人は子供にシュールストレミングを食べさせることはない。

 無計画、自由奔放、自分勝手。それが親父の本当の、俺だけが知っている顔だ。


「あのクソ親父、外面だけはいいのかよ。クゥ、気に入らねぇー……」


「螺衣? なんでそんな怖い顔をしてんだ?」


「親父の話を聞いていたらいろいろとムカついてきたからだよ」


「怒りを与えるような発言はしていないと思うのだが……まさか、クレナイが何か余計なことを言ったのか?」


「なっ!? なんでそこでワシの名前が出るんじゃ!?」


「だ、だってそうだろ。私は大輔さんの話をしただけだ!」


「そんなこと言ったら、ワシは傍観者としてジーと見ていただけじゃ!!」


「いいや、違うな。きっとクレナイのイカシコ大作戦と言うのがいけなかったんだ」


「時間差にもほどがあるじゃろ!? 悪いのは清奈はんのアームじゃ!!」


「なにおぉー!!」「なんじゃー!!」「グヌヌヌヌヌ!」「グギギギギギ!」


 二人は歯ぎしりをしながら睨み合っていた。なんとなく滑稽に見える。


「落ち着いてくれ二人とも、俺は別に二人の行動にキレている訳じゃないんだよ。単純に親父としてきた暮らしのことを思い出してムカムカしていたんだ」


「ムカムカする様子などない気がするのだが」


「他人から見ればな。だが、想像してみろ、毎日魚料理だったんだぞ?」


「最高じゃないか」


「海の放り込まれて」


「泳ぎは大好きだ」


「スカイダイビングさせられて」


「楽しそうだな」


「魚の話しかしないし……」


「いいではないか」


 ダメだ。この女とは話が合わない。やっぱり今すぐにでも裏切ろうかな。

 いや、まぁ、落ち着け。さすがに何もせずに逃げたら男が廃る。

 本当は嫌だけど、一日くらいは頑張ってみるかな……。頑張れれば。

 自分がどこまで力になれるかは分からないけど、俺なりに頑張ることを決意する。

 その努力が清奈の100分の1だとしても、俺はそれでもいいと思う。

 大事なのは結果ではなく仮定だ。やるぞーと決意した心が大事なんだよ。


 ×   ×   ×


 俺は自分なりに考え、自分なりに答えを出した。それが親父の与えられた切っ掛けで、尚且つ彼の作戦通りの答えだとしても、俺が出した答えは間違いなく俺の答えだ。俺は清奈の力になりたい。この気持ちだけは誰にも否定できない。

 こうして俺はクレナイと清奈の愉快な仲間たちの輪に加わったのだ。 

 学校のこと、親父のこと、さまざまなことを俺は清奈から教えてもらった。

 本当は今現在の時刻は深夜で、とても眠いはずなのだが、今日は不思議と目が覚めている。たぶん、海に放り込まれて目が覚めてしまったのだろう……。

 まぁ、その話はいいとして、この際だから清奈から訊けることはすべて聞くことにしよう。気になることが残っていたら夜も眠れないからな。


「清奈。災獣さいじゅうについて教えてくれないか?」


 この単語は先日俺が初めて聞いた日本語で、先日俺が初めて出会った怪物の名前だ。名前と言うか、総称のようなモノだと思われるが詳しくは知らない。


「災獣か。いいぞ。で、どこまで話したっけか?」


「そうだな。災害をもたらす獣ってところまで聞いたと思う。あーそんでその化け物が島にある宝的な何かを奪うために島に上がり込むところまでか」


「なるほど。クレナイ、螺衣にその話をしてもいいのか?」


「まぁ、部外者やけど、一応ワシらの仲間やし、えんとちゃうか? それに災獣なんてネットで検索すれば普通に出てくるし、好きにせーや」

 

 マジかよ。今まで聞いたことがない単語だったので、誰も知らない怪物なのだと勝手に思い込んでいた。甲板から釣竿をたらし釣りを楽しむクレナイから語られた言葉は、俺の想像をはるかに超えていた。ネットで検索すれば普通に出てくる物なのか……。何ていうか、インターネット社会って便利なんだな。

 そういえば、災獣は災害から生まれる獣なんだよな。つまり、災害があるところに獣はいる。つーことは災獣はもしかして世界各国で目撃されているのか?

 俺はこの島で初めて化け物を目撃したので、この島にだけ生息する怪物かと思った。しかし、俺は違った。俺の知らないところで、常に化け物は存在している。

 それより、なんだろう。クレナイの発言が考えている間も心に刺さっている。

 俺が島の外から来た部外者なのは分かるけど、クレナイに部外者と言われると少しだけ寂しい気持ちになる。なんだか仲間なずれ感がする……。


「クレナイ。私が螺衣に話したいのは災獣のことだけではない、守人のことも話したいのだ」


「だからわざわざワシに許可とか取らんでもえぇーって。螺衣はワシらの協力者なんじゃろ? そんなら清奈の好きにすればええって」


「そうか。そう言ってもらえて安心した」


「んじゃ、ワシは少し寝る。明日は朝早いしな。土地神として、朝っぱらから島の加護をせんとあかん。あと、主らも明日は普通に学校じゃろ? 島についての話は手短に終わらせて、さっさと家に帰りな。睡眠不足はよくないからの」


「あぁ、そうするよ。おやすみ、クレナイ」


「おやすみさんっ」


 クレナイからまばゆい光が放たれ、人間の姿から木彫りの鮭の姿へと変わる。

 人型をしていたので忘れていたが、この人は一応土地なんだな。


「さて、どこから話そう」


 清奈は一度頷き、俺の方へと体を向けた。しばし考えたのち、彼女は語り出す。


「そうだな、まずは三宅島の伝承について話す必要がある」


「お、おう。いつでもいいぜ」


 月夜に照らされる中、俺ら互いに向かい合った状態で甲板の上に座る。

 潮風が吹き抜けると当時に、彼女は三宅島の伝承について語り出した。


「昔々の話だ。それはもう何百年も前の話。今ではこうして三宅島は漁業が盛んな島と言うイメージがあるが、昔はむしろその逆だったんだ。魚は捕れず、漁業も盛んではなく、漁師を目指す人間はほとんどいなかった。島の住人は畑を耕し、自給自足の生活をしていた。しかしある日、島を大きな台風がおそった。それにより農作物はダメになった。台風のせいで人々は絶望的な生活を強いられたのだ」


「マジかよ……。それで、どうなったんだよ?」


「人々はそこまで注目していなかった漁業と言う職業に目を付けたのだ。農作物がダメになった今、食料が得られる方法は海に出ることしかない。こうして島の人々はこぞって漁師たちの自宅を訪ねたのだ。お願いだ! 食料をくれ! 頼む! ってな」


「すげープレッシャーだな。漁師たちの腕にみんなの命がかかってんのか」


「その通りだ。だが、冷静に考えて漁師たちに島全員の食料がまかなえる訳がない。当時の人口が約3000人で、その中でも漁師はたったの10人だからな」


「300分の1かよ!? そいつは酷い話だな」


「漁師たちは海へと出たが漁獲量の少なさに悩まされていた。このままでは島の人々が飢え死にしてしまう……。そんな時、漁師たちの代表であった漁夫が『考えがある』と言い出したのだ。その後、彼らは他の漁師たちを島に帰らせ、一人だけ海の残ったのだ」


「まさか一人で魚釣りか? 漁獲量は壊滅的なんだろ?」


「そうだ。壊滅的だからこそ、彼は起死回生のアイディアを思いついたのだ。漁師の男は海中社のある位置まで船で移動し、海に飛び込んだ」


 海中社ってーのは文字通り海中にある社か。海中ポストみたいなものだろう。


「海の飛び込んだ彼は海中社まで行き、扉を叩いた。そして海底のそこから全長30メートルもある巨大な毒蛇が出てきたのだ。この毒蛇は伝承の中では海神と記されている。漁夫の作戦は毒蛇との交渉だった。因みに毒蛇と言うのは対価を支払えばそれ相応の報酬をくれる存在だ。一応、神ではあるらしいからな」


「つーことは、漁夫は何かを支払い、大漁でも頼んだのか?」


「その通りだ。大漁にすると言う条件と引き換えに、娘を差し出すと約束した」


「自分の娘を売ったのかよ……」


 まぁ、3000人の命と1人の命なら――いや、それでもダメだろ。

 きっと漁夫の男はその決断をするまでに相当悩んだんだろうな……。


「しかし彼はすぐに後悔する。土壇場で娘を渡すのが惜しくなったのだ」


「えぇー……」


 やはり愛娘は可愛い物なのか。仕方がないことではあるか。


「じゃあ、漁夫は海神に誰を差し出したんだよ?」


「彼はな、娘の代わりにめかけを差し出した」


 妾って確か正妻でない妻のことだよな。その漁夫は娘も妻も売らず、最終的に赤の他人を売ったのかよ。ていうか、妾がいるなんて漁夫スゲーな。


「だが、毒蛇は『お前の娘じゃなきゃイヤだ!』と怒る狂った。怒れる海神を前にしても漁夫の男の信念も固かった。彼は断固として『娘はやらない!』と言い張った。その後、男はすぐに海から上がり、村へと駆けた。彼は村人たちにかいつまんで事情を話す。島の人々は漁夫の娘を全力で守ることを誓い、一致団結する」


 土壇場で差し出す者を替えた漁夫も悪い気もするが、多分村人に説明したときはあたかも海神が悪いように説明したんだろうな……。それが人間ってものだ。


「やがて強大な毒蛇は漁夫の娘を探すために海から出てきて村を訪れた。訪れた――というより襲撃したの方が正解だな。ヤツの暴走はもはや殺戮さつりくだ」


「そりゃー全長30メートルの蛇が暴れれば村は壊滅だわな……それで村はどうなったんだよ? 毒蛇に皆殺しにされたとか?」


「そんな訳はないだろ。仮に島の人が皆殺しにされていたら、私たち島の人はこうして生きてはいない」


「たしかに」


「彼らは殺されるのを待つのではなく、戦うことを決意したのだ。漁師はもり班と網班に分かれ、毒蛇討伐へと乗り出した」


「その結果、勝ったのか?」


「いいや……。少し違うな。毒蛇は勝たせてはくれななったのだ。漁師たちがとどめを刺す寸前、毒蛇ヤツは硬化した。断末魔の叫びと共に体を丸めた。ヤツは憎悪と殺意をその身に凝縮しながら、体を小さくしていったのだ」


「あ、それが海から島に上がってくる災獣が狙う【毒蛇の宝玉】なのか」


「そうだ。アレはいうなればマイナスそのものだ。強い力の塊。そんな恐ろしい物が敵の手に渡れば、災獣はさらなる力を手に入れてとんでもない大災害へと姿を変える。だからこそ敵の手に渡らないように島の人間は宝玉を守る存在を決めた。それが

漁夫の娘だ。こうしてその娘は初代守人となったのだ。それから何十年、何百年と守人の魂は受け継がれていき、今は私たち・・が守人となった」


 たち? 今、清奈は私たちと言ったか? ……つまり二人いる?

 いや、クレナイと清奈って意味かもしれない。まぁ、いいか。


「守人って誰でもなれるのか?」


「んー。誰でもなれる訳ではない。クレナイの話によると、漁夫の娘の意志を継ぐ者は10歳~18歳の女性で、尚且つ血筋などは関係なく無作為に選ばれるらしい。そして選ばれた者には【黒熊クロクマ】と言う漁業の象徴である守り神が憑く。クロクマに守られた人間は特別な神力が使えるようになる」


「……ん?」


 クロクマ? クレナイじゃなくて? ちょっと待て。どういうことだ??


「一説ではクロクマは伝承に出てくる漁夫の男の生まれ変わりと言われている。島の宝を守る存在が娘の意志で、それを見守る守り神が漁夫の生まれ変わり」


「いや、それはいいんだが、それよりも今、気になる発言をしなかったか?」


「なんだ?」


 守人は清奈で、コイツのパートナーの名前は土地神であるクレナイだ。

 しかし、彼女の口から語られた三宅島の伝承に出てきた守り神は黒熊。


「もしかして守人って二人以上存在するのか?」


「長い歴史の中ではそりゃ存在する。永遠に10~18歳の人間なんて、この世界どこを探しても存在しないからな」


「そういうことじゃなくて、同じ時期に二人存在するのかって話」


「しないな」


「いや、でも、そうなるとおかしいだろ。だって清奈も守人なんだろ?」


「ふむ。私は……元守人だ」


「言っている意味が分からないのだが」


 彼女は海へと視線を向ける。寂しそうな顔をして、小さく呟いた。


「守人の仕事が終わるときは、18歳になったときと守人が18歳になる前に死んだ時だ。少女が守人の役目を果たせば、クロクマはその存在から神力を返してもらい、何もなかったかのように別の女性を探し始める。そうやって長年この島は守られてきたんだ」


「尚更意味が分からない。守人は役目を果たしたら神力が無くなる? でも清奈は持ってんじゃん。それに清奈はまだ高校二年生だ。計算上はまだ守人として……あ、もしかして留年?」


「たわけ。私は螺衣と同い年だ。後者だ。私は一度、殺さている」


「――!?」


 突然飛び出したその発言に俺は驚いた。『死んだ』ではなく『殺された』だ。

 つまり、被害者と加害者が存在する、れっきとした殺人事件……。


「私は、本来ならばこの世界に存在してはいない存在」


「ゆ……幽霊ってことか……?」


「幽霊ではないな。私は、今もこうして生きている」


 彼女は右手を前に突き出した。確かに透けてはいないので幽霊ではない。


「私は昔、包丁で全身を刺され、大量出血が尋常じゃない中、海に捨てられた。動こうにも海の塩水が激痛をもたらす。私は死を覚悟した。このまま死ぬんだと――」


 清奈は木彫りの鮭を見つめ、優しい笑みを浮かべる。


「そんなとき、偶然なのか必然なのか、私の目の前にクレナイが現れた。彼女は私みたいなどうでもいい、死が確定した娘を助けるために神の力を半分私に移植した」


「そう言うことだったのか。だから清奈は自分のことを半神って言うのか」


「ああ。だから私は守人の資格を剥奪されたが、今もこうしてクレナイのくれた力により島を守っている」


「でもよ、守る人の仕事は現役バリバリの人に任せた方が――」


「ダメだ。それだけはダメだ」


「なんで?」


「とにかくそれはダメだ。奴は魚に対しての感謝の気持ちが足りない」


「んー。そうなんだ」


 ヤツってことは、当然清奈も今の守人のことを知ってんだな。当然か。


「守人のことは分かったけど、その、殺されたってー話が気になる。清奈を一度殺した相手の顔は知っているのか」


 殺したことのある相手ってなんだかとても変な日本語のような気がする。


「あまり言いたくはないが……知っている」


「警察には通報とかしないのか?」


「通報? 通報してどうなる。私が殺された事件では誰も死んではいない。


「言われてみれば……。清奈もこうして生きているもんな。でも、殺人未遂罪では逮捕できると思うぞ。相手も清奈を殺したこと覚えているだろうし」


「……」


 彼女は俯いてしまい。黙り込んでしまった。そして小さな声で呟く。


「それはダメだ」


「なんで?」


「私は犯人の顔を知っている。だからこそあの子んいは捕まってほしくないだ」


「もしかして友達とか? 身内とか?」


「それ以上は言えない。これ話せば特定されてしまう可能性がある。ただ、これだけは分かってくれ。私にとってその人物は大切な人で、彼女があんな行動を起こしたのも実は全て私のせいなのだ……」


「そう、なのか」


 彼女・・と言う事は、やっぱり女友達か、母親か、妹か、姉か。

 詮索する方法はいくらでもあるが、今はあえて黙っておこう。


「でもそっかー。なんで犯人は清奈を殺そうと……いや、一度殺したんだろうな」


「目的はクロクマの力、つまりは守人の力だ。先代である私を殺し、力を奪うためだ」


「つまり、清奈を殺した相手が、今の守人ってこと?」


「それは分からないわ。先ほども言ったが、守人は無作為に選ばれる。相手を殺したからと言って運よく自分が選ばれるとは限らない。まぁ、運が良ければ選ばれるかもしれないけれど」


「そっかー。俺の知らないところでそんなことが起きてんだなー」


 世界ってすごいな。きっと今も世界のどこかで事件が起きている。

 何知らずに生きていくか、何もせずに生きていくか。

 事件に巻き込まれてしまうか、巻き込んでしまうか。

 俺はまさに、これから未知なる世界に足を踏み入れようとしている。

 漁師学校にスパルタ教育。実際に見て見ないと分からないことだらけだ。

 いろんなことを考えて空を見上げると、色が黒から紺になっていた。


「結局眠れなかったな」


「つい、話しすぎちゃったわね」


 もう朝だ。そして今日は俺の登校初日。不安な反面、少しだけ楽しみだ。

 何も面白いことのなかった人生だけど、なんだか面白ことが起こりそう。

 今回の件、切っ掛け、出会い。俺は絶対に親父に礼はいわねーぞ。。

 

「螺衣、とりあえず今日は帰りましょ。数時間後には学校よ」


「あぁ、帰ろう」


 こうして俺らは互いに肩を並べ、共に歩み、イカ釣り漁船を後にした。

 ついに始まる俺の大っ嫌いな魚で埋め尽くされた高校生活。

 見せてもらおうじゃねーか、行き過ぎたスパルタ教育ってヤツを!! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漁師学校にぶち込まれても魚嫌いだけはゼッタイに治さないからな! 椎鳴津雲 @Ciina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ