自分の目と足で
新原と別れた後、他の人物にも聞き取りをしたかったが都合が合わない、連絡が付かない等が重なり結局今日の情報収集は断念せざるを得なかった。とはいえ、何も出来ないわけではない。俺は迷うことなく動き出した。
目的地に着き、俺はその前で立ち止まった。目の前の看板には星光大学の文字が。
「捜査の基本は足。現場百篇、って聞いたこともあるしな」
漫画やサスペンスもので良く聞く言葉。俺はそれを自ら実践しようとしている。もちろん実際は百回も訪れることはないし、今ではコンピューターやら科学力が上がって昔みたいに何日も地べた這いずり回って証拠探しをする、なんてことはない……と最近のドラマから知った。実際は知らないが。
時代の流れ的にそれが主流なのだろうが、俺はパソコンといった機械系が少し苦手だ。手元にあるスマホですら全部の機能を使いこなせていないし、昔野球をやっていたからか身体を動かす方が性に合っている。頭を使えないヤツは動いてカバー。というわけで、俺は星光大学へと足を運んだのだ。
「とまあ、意気込んで来たはいいけど……」
果たして中に入れるのだろうか。普通に考えれば事件が起きた大学に一般人が入れるわけがない。一応事件との関係者であり、その事を伝えればあるいはワンチャンあるかもしれないが。
……というか、そもそも大学休みじゃね? 事件があったのに呑気に授業なんてやれないよな? あれ? 来た意味無くね?
「何か御用ですか?」
己の愚かさに悩んでいた所に、横から女性に声を掛けられた。スーツに身を包んだ三十代くらいの女性だ。どうやら大学の事務員のようだ。
「あっ、えっと……今日大学は休みですよね?」
「いいえ。開講してますよ」
なんですと?
「でも、つい最近この大学内で事件ありましたよね?」
「ああ。たしかにありましたよ。でも、そこの場所が一時閉鎖されただけで他は通常通りです」
そうなの? えっ、大学ってそんなタフなの?
聞いた所によると、警察からも調査が終わるまで現場への侵入をしなければ大学自体をを休講しなくても良いとの許可が出たとか。たしかに、耳を澄ませると遠くから部活に励む声が聞こえたり、あれは図書館だろうか窓から人影が見えたりした。
え~、何でそんな普通にいられるの? 事件だよ? 殺人だよ? 普通不気味にならない?
これまで二回も殺人事件に巻き込まれた俺ですらようやく耐性が出来始めたのに、ここの学生は俺以上に経験豊富なのだろうか。それともメンタルが強者ばかりなのか。
「不安になったりしないんですか?」
「そりゃ不安にはなると思いますよ。でも、三、四年生にとっては就活や卒論で大事な時期ですし、自分の事で手一杯ですから周りの事に気にする余裕がないだけかと」
学生にとっては卒業後の人生が懸かっている一大事。卒業と就職を賭けた戦争。怠けるという選択肢は持ち合わせていない。大学はその学生をサポートするために存在する、と事務員の女性は当たり前のように言い放った。
大学って、大変なんだな……。
もし自分が大学生をしていたらその戦争に勝ち、生き残ることが出来ただろうか。勉強をしながら就活。銃弾飛び交う戦場を、特効薬を詰めたカプセルを抱えながら無傷で目的地まで届けるようなイメージ。無理ゲーにしか見えない。
今はフリーターだが、もちろん俺も地元で就活はしていた。これでも高校卒業後に地元の就職先は決まっていたのだ。就活の大変さは理解しているが、勉強を平行していたわけではない。だから、その苦労は俺の計り知れないものだろう。
「じゃあ、事件に気に掛けている暇はない、ってことですね」
「今の頑張りで自分の人生が決まる。それは過言ではないです。それでも怠ける学生は少なからずいます。そういった学生は必ず就職先も決まりません。それが現実です」
何年も星光大学で事務をして卒業生を見てきたからだろう、その台詞には説得力が溢れていた。
俺は地元で職は決まっていた。でも、そこには就かずこうして離れた土地でフリーターをしている。別にその企業が嫌になったとか、地元から抜け出したかったとかそんな理由ではない。やりたいことや将来の夢、そんな甘い希望もあるわけではない。ただ俺は――。
「それで、ウチの大学に何か御用で?」
自分の思考に更ける直前で女性に現実に戻される。俺は頭を振り払い中に入れるか尋ねてみた。
「大丈夫ですよ。正面玄関の受付で手続きは必要ですが」
「ありがとうございます」
「ちなみに、どのような内容で?」
俺は隠すことなく、自分が先日に起きた事件の関係者という旨を伝え、大学内を見て回りたいと告げた。
「そうでしたか。この度は大変ご迷惑を掛けて」
「いえいえ」
「でも、大学内を見てどうするのですか?」
少し疑いの目を向けながら聞いてきた女性。事件の関係者と言ったのだから無理もない反応だろう。
「自分で調べてみたいんです。ただ待ってるだけというのは性に合わないので」
俺の発言に女性はジッ、と目を見つめ返してくる。まるで品定めをするかのように。
ああ、こりゃ無理そうかな。そう思って諦めかけたが、女性からオーケーが出た。
「いいんですか?」
「いいですよ。本来なら許可し難い所ですが」
「なら、何で?」
「あなたは嘘を付いていない。ただそれが分かったからです。さっきも言いましたが、私はこれまでたくさんの就活をする学生を見てきました。そのおかげか、努力して頑張っている学生とそうでない学生を一目で分かるようになったんです。努力していない学生は平気で嘘を付きますから。その目利きが私にはあります」
事務員ってそんなスキル必要だったっけ?
とはいえ、そのスキルのおかげで俺は大学に入ることを許可された。これで自由に調べられる。
「受付で住所、氏名、それから帰る時間を記入してもらいます」
「分かりました」
「あと、先に言っておきますが事件のあった大講義室は入れませんからね?」
だろうな。おそらく鍵も掛かっているに違いない。
「それから、極力学生達には声を掛けない方が良いかと」
「ダメ、何ですか?」
「ダメというわけではないですが、声を掛ける内容は事件の事ですよね? そうなると不審者として見なされますよ?」
なるほど。こちらの立場を考慮してのアドバイスか。頭に入れておこう。
「では、受付に案内します」
女性に促され、俺は後を付いていった。
憑依探偵 風神レイ ~愛と憎しみの交差点 ~ 桐華江漢 @need
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。憑依探偵 風神レイ ~愛と憎しみの交差点 ~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます