状況と心の相違

 続けて約束したのは新原だった。場所は別の喫茶店。今日の服装は濃い紺色のパーカーにジーンズというラフな格好だがやはりイケメン。きっちり着こなし映えている。

「コーヒー、ブラック一つで」

 新原が店員に注文をし、それから話を開始した。

「呼び出したりしてすいません」

「構わないですよ。どうせすることないですし」

 笑顔を見せて返してくる新原。だが、大学で見た時ほどその笑顔に輝きは備わっていない。

「話をしたいとのことですが、内容は佐藤の事ですよね?」

 俺は頷き、新原に先を促した。

「佐藤の何が聞きたいんです?」

「諸々です。事件当日の話から普段の生活まで」

「と言っても、僕の知る情報なんてたかが知れてますよ?」

「何でも構いません。どんな些細な事でも」

「どんな些細な事でも、か。まるでまた警察に聞き取りされてるみたいだ」

「すいません」

「構わないですよ。ただ、僕からも一つ質問させてください。なぜ森繁さんは佐藤の事件を探ろうとしてるんですか?」

 当然の疑問が新原から投げ掛けられる。俺は林野と同じ内容を伝えた。

「なるほど。たしかに合致する部分がありますね」

 新原は一瞬驚くも、直ぐに冷静になり納得している。

「これは警察の仕事でしょうが、俺は俺なりに調べてみようと思っているんです」

「自分の恋人を殺した犯人が僕らの中にいる。そう思えば誰だって黙ってなんかいられないですよね。分かりました、協力します」

 ありがとうございます、と頭を下げると丁度注文したコーヒーが運ばれてきた。一口飲むと新原が事件当日の事を語り出す。

「まずはアリバイからですかね。これは警察の聞き取り時にも言った事ですが、僕は佐藤

が出ていって数分後にゼミ室を抜けました。腹が立って落ち着きたくなったので」

 これは林野が言っていたのと同じ内容だ。となれば、次はその後の本人の行動を聞きたい。

「具体的には何処に行きましたか?」

「最初は構内をブラブラしてましたけど、途中で噴水の所に行きあとはそこにずっと」

「どれくらいそこにいたか分かりますか?」

「そうですね……たぶん三十分~四十分くらいですかね」

「その時、誰かと会ったりしましたか?」

「いや、誰とも」

「それじゃあ、構内をブラブラしている時は?」

 新原は首を横に振る。

 当日は新原達以外の生徒は疎らにしかいなかった。目撃者を探しても徒労に終わるだろう。

「新原さんはたしか構内に入っていく佐藤さんを見たんでしたよね?」

「ええ。ちょうど噴水の所を離れようと立ち上がって校舎の方を見た時に」

「何か変わった様子とかはなかったですか?」

「いや、遠目でしたしそれは分かりません」

「それは間違いなく佐藤さんでしたよね?」

「あの派手な赤のワンピースを他の人が着ていない限りは」

 赤のワンピース。どうひっくり返っても目立ってしまうあの姿をする人物は二人といないだろう。新原が見た人物は間違いなく佐藤だ。

「となれば、その後に佐藤さんは殺された」

「そうなりますね。誰かに呼び出されたんだと僕は思います」

「呼び出された?」

「佐藤が発見されたのは大講義室です。大講義室はオリエンテーションや就活説明会をする時に集まる場所です。いわば、大人数を集める時のみ使う部屋なんです。そんな所に用もなく向かう意味が見当たらない。物好きじゃない限り、一人で行く場所じゃないんですよ」

 へ~、あそこは物好きしか行かない場所なのか~。

 一人になりたい時によく向かっていたというレイの方にチラッ、と目線を向けると不満なのか何か言いたそうにこちらを一瞥していた。

「呼び出された、となると当然犯人でしょうね」

「それ以外には考えられないでしょう」

「心当たりのある人物はいませんか?」

「心当たり、というなら僕を含めて全員でしょ。あの日は佐藤に対して文句を言いたかったわけですし」

 もっともだ。呼び出し内容はレイに対しての数々の暴言への注意や謝罪。それだけで十分だ。

 多少の元気は無いものの、新原の思考はまともに見える。曖昧に答えるわけでもなく記憶もしっかりとしているし、自分の置かれてる状況にも納得して犯人の心当たりと聞いて自分も含めている所なんかまさにその現れだろう。今の彼ならもっと深く聞き込め、情報が引き出せるかもしれない。

「新原さんから見て、誰が一番怪しいと思いますか?」

 一瞬だが、その質問に新原の指がピクッ、と反応した。いきなりすぎただろうか、それとも何かまずい質問だったかと焦りを覚えたが、彼の表情に特に変化はなかった。

「本心からすれば、僕は友人の誰かを疑うような事はしたくないんですが」

「けど……」

「分かってますよ。状況からして僕らの誰かが犯人、という事を。信じたくはないが、現実から目を反らしちゃいけない。嫌な事から逃げてちゃ先に進めません」

 大学生、というのを忘れてしまうぐらい新原は真っ直ぐ目を見つめながらはっきりとそう答えた。大学生はもっとはっちゃけているイメージがあるのだが、新原からはその欠片すら感じ取れない。自分とそう歳が違わない相手のその姿を目にして、俺は尊敬の気持ちが込み上げてきた。

 少し考える仕草をした後、新原は口を開いた。

「誰が一番怪しいか、と言われたら小田渕ですかね」

「小田渕さんですか」

「佐藤はその……首を吊られてましたよね。あの高さまで吊るすには相当の力がいるはずです。僕らの中でそれに当てはまるのは小田渕ですから」

 新原からも俺とレイ同様の意見が挙がった。やはり首を吊っていた状況は一つの決め手になるのだろう。だが……。

「でも、それはあくまでその一点のみで考えた場合なんですよね。僕個人の気持ちからすれば小田渕が犯人なのはあり得ない」

「というと?」

「小田渕の就職先希望、警察官なんですよ? その小田渕が犯罪に手を染めるなんて考えられない」

 警察官。将来の夢が警察官の人間が殺人。たしかに考えられない。しかも、小田渕は仲間の面倒見も良いと聞いている。ますます犯人としての枠から離れる。

「小田渕は誰よりも優しい人間です。自分の事より相手の事を優先して考える傾向があります。そんなあいつが犯人だなんて……絶対に……あり得ないんですよ……」

 口から紡がれる言葉と内心との齟齬に苦しむ新原。カップの取っ手を握る指は震え、中のコーヒーが波を立たせていた。

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