惑星伝記 another story's 忘れられた皇子

日常 文人

プロローグ

 王国歴506年、突如とつじょ襲来しゅうらいしてきた異星人いせいじんたち…。

 異星人は強く、多くの命をうばった。各種族の協力よって何とか異星人の侵略しんりゃく退しりぞけたが、被害は決して易しいものではなかった。その戦いは、“共同戦争”として、活躍した英雄たちと共に歴史に名を刻んだ。


 あれから少しばかりの時が流れた王国歴539年…。

 共同戦争の英雄は、一大国の皇帝となっている。


 その国は、獣人たちの国。土人の国。アニマ連合国。等と呼ばれている。この世界で一番広大な国土を誇り、そこに住む部族の種類と総人口においても、他国よりも抜きん出ている。弱肉強食のシンプルな掟と、強い家族愛による情愛で統治されており、小競り合いは絶えないが、異国の敵には一枚岩の団結を発揮する大国だ。


 ―――。


 アニマ連合国を流れる2本の恵みの大河…その北側の大河ドロップティアの第二分岐点付近、アプト川とロロト川に挟まれた三角州さんかくすはある。帝都の中心にある質素ながら堅牢けんろうを誇る城…エンペラー城の一室に英雄グレンの姿はあった。


 グレンは、座り心地がよさそうなソファに寝そべりながら、書面に目を通していた。

 眠気によって細くなる眼を一瞬いっしゅん見開き、また細くなっていく…。その繰り返しだ。グレンは、ゆっくりと身体を起こし、大きな欠伸あくびを一つ。

「部族内選考の年じゃな…どれ、少しばかり遊んでやろう!誰かわしに挑む者はおらぬか?」

 低く太い声を上げながら、少し身体を伸ばして座り直した。

「それではそれがしが…。」

 精悍せいかんな顔つきの青年が、ソファに背を預けずに背筋を伸ばした美しい姿勢から、ひじひざの上に乗せて前のめりとなり、グレンに視線を送る。

「いや、兄貴。俺が先だ。親父!先に俺とやろうぜ!この間は兄貴からだったからな!」

 間髪かんぱつをいれずに立ち上がったのは、グレンの息子。第二皇子のカイン。

「分かった。此度こたびは、先をゆずろう。ただ、カイン!皇帝に向けての発言、気をつけよ!」

 ため息をついて前傾ぜんけい姿勢を正し、左隣のカインに注意するのは、第一皇子のアレン。

「いや、よい。アレン、儂は皇帝でも有るが、ぬし等の父であることも事実じゃ。身分は流動 的なものだ。かしこまるも畏まらずも自由。何が悪いと言うわけでもない。さてと、話を戻そう。カインよ。何処が良い?」

「荒野で!」

「いいだろう。では荒野の闘技場は行こう。何番だったかな?」

 グレンはそう尋ねながら立ち上がる。

「荒野の闘技場は、2番です。」

 アレンも答えながら腰を上げた。

 三人は揃って、闘技場へと向かった。


 闘技場について、アレンが受付に声をかける。

「これは皇帝に皇子たち…。おや?第三皇子は御一緒ではないのですね。」

「今、弟はへ使いを頼まれている…。ところで、2番を使いたいのだが…。」

「2番ですか…今は先客が使用しております。次に予約しておきましょう。待たれている間、 観戦されていかられますか?」

「うむ。せっかくだ。観戦しよう。父上はどうなさいますか?」

「儂も観戦しよう。」

「じゃ、俺も。何と何が戦ってんの?」

「では、お三方とも観戦ですね。今は、オオカミ族とサイ族ですね…。」

「ふーん。そりゃ犀族だろ。天候指定は?」

「天候は晴れですね。風もない状態です。」

「見晴らし良好。そりゃ、サイ確定だな。まぁ、一応見るか。」

「…。では、あちらの通路からどうぞ。」


 通路を進むと実況と解説、歓声が大きくなってくる。

「あぁーーーーー!っと……は?…当たらない!<実況>」

「賑やかになってきたな…兄貴、賭けようぜ。俺は犀族の勝利に今夜のメインディッシュを!」

「卑怯だな…だが、まぁ受けてたとう。では俺は狼族だな」

 真面目なアレンの顔も闘技場の熱気からか?ほぐれてきて少し笑っている。


 闘技場につながる扉を開けると、今日は通常よりも観戦客が多かった。

「なんだ?なんだ?注目カードかよ?」

 想像以上の熱気にカインは驚いていた。

「強い。強いぞ!決闘士ググンの攻撃が一つも当たらないッ!犀族の突進は決して遅くありませんッ。それを上回る圧倒的俊敏性しゅんびんせいッ!誰がここまでの展開を予想しただろうかーーー!!<実況>」


「騒がしいな。ん?あれは?ふふふ。カインよ。此度こたびの賭けはアレンの勝ちのようじゃな。」

「はぁ?狼族が序盤に攻撃をよくかわすのは珍しくないだろ…。その内につかまって終わりさ。」

「普通なら…な。父上の言うとおり、今回は俺の勝ちのようだ。見てみろ。」

「あ?兄貴までかよ!何だよ…あ?あの狼!獣化じゅうかしているのは、耳だけかよ!」

「うむ。獣化で言えば10%も満たんじゃろう。…かなりの力量差よのう。」

「んだよ?アイツ…。」

「よく見ろ!弟よ。お前もよく知った奴だぞ。」

「あ?…げ!パロメかよ!納得したぜ。あーー!もう!何で闘技場に居んだよ!こりゃ確かに賭けは俺の負けだ…。あいつを倒せる戦士は、闘技場にそうは居ないよな。観客も多い理由わけだぜ…。あ!くそ、受付の奴!あの様子…絶対知っていやがったな!」

 カインは、くし立てる様に吐き出した後、あきらめともあきれともいえない表情で、予想外の賭けの決着に手を広げ、おどけていた。


「おっと!!!戦いに夢中で気づきませんでしたが、観客席の入り口付近に見えるあの姿は…我等がアニマのエンペラーーーぁぁーーー、獅子王にして、英雄皇帝グーーレーーーンーーーー!!その人ではないだろうかぁーーーーツ!!?<実況>」

「いや、あれは間違いなく英雄皇帝その方ですね。皇子の御二人も一緒のようです。<解説>」

「これは、戦士パロメの実力を見に来たということでしょうか?<実況>」

「どうでしょう?それは分かりませんね<解説>」


 実況の声で、パロメは皇帝たちの存在に気づき、戦いを止め、サイ族の戦士に背を向けて皇帝たちへ深くお辞儀じぎをする。


「あ、決まった。早業だな。」

 アレンがつぶやいた。


「あーーーーーーーーーッと決着。これは屈辱くつじょく的な敗北だーーー。戦士ググン、左足を引きずっている。戦力差判定により戦士パロメの圧勝です。医療班が戦士ググンを担架に乗せて連れていったーーー!」

「いや見事でしたね。戦士ググンが、戦いの最中に背を向けられたことで激昂げっこうし、全霊ぜんれいの突進を繰り出した!瞬間!それにあわせて、戦士パロメが美しく跳び、空中で背を反らせて一回転し着地!勢いの止まらぬ戦士ググンの背後から素早く間を詰めて左足のけんを短刀で切断しましたね…いやはや見事な早業でした。<解説>」

 パロメは3人に深々とお辞儀して退場していった。


「じゃあ、行くか!カインよ!続け!」

 グレンは、30mはあろう観客席から闘技場へ跳び降りた。

「派手好きかよ!エンターティナーだな…嫌いじゃない…ぜッ!と」

 カインも続いて、荒野の闘技場に降り立った。


「おーーーーーッ!お次の対戦カードは、英雄皇帝グレンと皇子カインなのか!!これは目を離せない。すさまじい戦いになりそうです。プログラムにはありません!これは決闘なのでしょうか!!?」


「なに…なんでもない…ただの暇つぶしじゃよ。」

 グレンは目を細めて、ひげを絞るようにでた。

「獣化は?何%が得意じゃったか?」

「何%でも苦手じゃねぇ…。面倒だから100%で!!手加減なしで来いよ!!親父ッ!!」

「ほう?強気じゃな…。猛々しい戦士だ。好い。じゃあ100%でいこうかのう。」


 二人のやり取りを聞いたアレンは、放送席に足を運んでいた。

 アレンから事情を聞いた運営は、すかさずアナウンスをかける。

 -<サイレンが鳴る>相互に完全獣化の闘いとなる模様です。戦士試験を通って居ないものは、原則観戦禁止となります。どうしても観戦になりたい方は、ぶっ倒れても自己責任でお願い致します。繰り返します…。-


 ギョッとした顔となる観戦客が半分近いものの、興奮が収まらない観客席。残って観る!と暴れる子供を引きずって会場を後にする者、意気込み腕を組む者、気圧されないように自身も獣化する者と蜂の巣をつついたような状態だ。


 見かねたアレンが拡声器を借りる。

「突然お邪魔して申し訳ない。皆様!一度、深呼吸なされよ。慌てる事もない。落ち着いて。それから…放送席から失礼いたしますが、皇帝にお願いがございます。威嚇いかくにらみやえは無しにしていただきたく存じます。当然ながら、お主もだ!カイン!」

 アレンの声に落ち着きを取り戻した観戦席は、準備が整ったようだった。


「さて、お待たせいたしました!勝手に実況させていただきます。実況はお馴染み、噂話にゃめっぽう強い。口の悪さも一級品!腕っぷしならめっぽう弱い。数で群れなきゃ戦えねぇ!そんな私(わたくし)!烏(カラス)族の一応は戦士!レジュマールです!高い所から物を言うだけなら得意も得意でございます!よろしくお願い致します!さぁ解説は…ん?あら?アイツ、居なくなりやがりましたよ。あ!居た!ちッ!自由かよ!解説は観戦席に…ガップリと観る側に回りやがっています。直ぐにかぶり付きやがる…あの黒猫野郎…おっと!悪口はほどほどに…今回は黒黒コンビで送れそうにはありませんが…解説は…ちょうど良い!!皇太子アレンーーー!!!黒猫野郎じゃ役不足!あのお二方の闘いには、やはり解説者もトップクラスでなければ務まりません!!いかがでしょう?皇子!?」

「…引き受けよう。」

「では、こちらは準備万端!国内トップクラスの闘いに興奮を隠し切れません!」


「外野は盛り上がってんなぁ…。始めるぜ?親父?」

「いつでも。何本だ?」

「んなもん!勝負はいつでも一本勝負だろうがぁ!」

 二人は、人の姿からみるみると獅子ししの姿になった。


「ガァぁぁぁ…ゴるぅあぁぁぁ――――。」

 カインが吼えながら、グレンに鋭い眼光で駆け寄り、両前脚を突き出して牙を剥き出し、跳び掛った。


 カインの獅子吼ししくに残っていた観客の1/3が気を失った。

 実況も失神寸前で口は動くも声にならない。拡声器で全体にアレンの声だけが獅子吼に続いた。

「大変、申し訳ない…。」


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