0: My fair lady.
『綺麗事だってなんだって、望んでもいいじゃない』
傷付きくたびれた少女は祈りを吐く。
『だってそれは幻なんだから』
『どうせ叶いやしないんだから』
『だから──
誰も泣かない夜が欲しい、と誰かを救おうとして誰にも救われずに落ちた少女はそれでもと、希望を謳う。罅割れた幼い夢を拾い上げる。
『諦めないよ、フラウ。だってあたしは魔法少女だから』
『あなたはあたしを救ってくれた。もう一度、信じられるものをくれた』
『あなたを救ってみせるから。あなたもあなたの愛する人も何もかも!』
『拾い上げて、みせるから』
かつて、葉風ぼたんはフラウに告げた。
『魔法少女は夢と希望でできている』と。
魔法少女を作るのは決して、愛などではなかったのだ。
フラウはだから、魔法少女を信じた。
夢と希望なら、明日が手に入ると思った。
愛は、明日を、世界を滅ぼすものなのだから。
フラウはその身で理解する。
どうして『花』が愛を撒いたのか、その理由を。
なんてことはない。簡単な答えだ。
愛こそが人の身を滅ぼす毒だったのだから。
【ツバキ ボクは──】
つばきが何を為したのか、知ったフラウは思いを募らせる。
意思、意志、遺志、遺されたものに思いを巡らせる。
願いは受け継がれた。
落とした願いは拾い上げられた。
『あきらめないで』とぼたんは言った。
最善を、最良を、最後まで。
──その、最後は。
一体いつを指している?
『あきらめるにはまだ早いでしょう?』
フラウの脳裏でつばきの声が囁いた。
誰も死なせないというのなら。
死者は救えないというのなら。
死なせさえしなければいい。
終わらせたくはないのなら。
止めてしまえばいい。
だって、フラウに。
人の寿命をもたない彼女に。
最後などない。
あきらめるその時など、訪れない。
なんて残酷なことだろう。
死者の願いの解釈は生者の特権で、ぼたんが本当にそんなことを望んだのかは定かではない。だがつばきは望んでしまった。
つばきはそう解釈してしまった。
そして呪いに、変えてしまった。
後戻りはもうできない。その先がどれほど険しい道だろうと。
死んではならない。
生きなければならない。
幸せに、ならなければならない。
それがどれほど
フラウは諦めることを奪われた。
それがつばきの定めた夢と希望。
彼女が紛れもない『魔法少女』であった証。
どうしようもないまでの恋に落ちた少女の、最後の魔法。
【──それでもボクは ボクだけは キミの恋を否定する!】
◇
あたしはひとり、雨の中を歩いて行く。
夏の終わり、暗い灰色の空、濡れたアスファルト。
スニーカーは水浸しで傘の骨は折れていて、どうして差しているのかも最早分からない。
雨に濡れて帰ったとして何が問題なのか。
今のあたしには何も、何ひとつわからなかった。
三ヶ月前、あたしの友達がいなくなった。
友達でなくなったわけではない。亡くなったわけでもない。ただ、あいつは黙って消えた。
なにも告げず、なにかをひとりで抱え込んで。
あたしは最初から最後まで、あいつの力になれなかった。
何も知らないまま、知ることが出来ないまま。
周りが騒ぎ立てる中あたしは、あたしだけは頭の中が冷え切ったように立ち尽くしていた。
きっともう、あいつは帰ってこない。
そんな奇妙な確信があり、その確信が憎くて憎くてたまらなかった。
雨音に紛れ、微かに携帯電話の着信音が鳴り響く。
今時、かかってくる電話なんて大概が間違い電話だ。
だがその着信は、番号なんてちゃちな間違いじゃない、なにかの間違いのような着信だった。画面に表示された名は『つばき』。消えた友達の名。
あたしは震える手で受話器のボタンを押す。
【──はじめまして リコ】
でも、その声は、つばきなんかじゃなかった。
初めて聞くその声はどこか懐かしい錯覚を呼び起こす。まるでこの出会いを予感していたような。
得体の知れない『声』は告げる。
これからを、未来を、変えてしまう言葉を。
「──いいよ。あんたに力を、貸したげる」
◇
物語は繰り返す。
結末を認めない少女たちがいる限り。
呪いの花は、少女の愛と恋に呪われた。
愛でできた少女は叫ぶ。
【──これはまだ見ぬ 夢と希望の物語だ】
落花製魔法少女 さちはら一紗 @sachihara
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