第64話 エピローグ

 クリスショップの二階には、僕の自室がある。


 ベッドの上で座り、窓から外を眺めていた。時折、風がほほをなでる。陽差しでほてった体が冷やされて心地が良い。つい数日まで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、穏やかな日々が続いている。


「で、本当に俺たちが店を引き継いで良いのか?」


 顔を室内の方に向けると、椅子に座った兄さんがいた。壁には松葉杖が立てかけられていた。


 悪魔を倒した後、急いで治療を始めたみたいなんだけど、傷口は深く、また時間がたちすぎていたようで、下半身が思うように動かなくなったみたい。一人で歩くのも困難な状況らしく、当然、騎士はクビになりハンターに戻ることもできない。


 戦うことしかできない兄さんの再就職は難しい。普通の生活を送ることもできない体だから、お店を譲ることにしたんだ。住む場所さえあれば、少しだけ安心できる。


「もちろんだよ。仲良く全員が無職になったんだから、遠慮しなくて良いよ」


 それにパーティメンバー全員が騎士を辞めている。


 ナナリーさんやエミリーさんはこの家で兄さんを支えると言っていた。近々、結婚する予定もあるみたいなので、二人に任せれば間違いはないだろう。


 ダモンさんは、一緒に辞める理由がなさそうだったし、どうしても気になったので「何で騎士を辞めたの?」って、聞いたら「アイツがいるからこそ、俺たちは騎士になった。いないのであれば続ける意味はない」って言われた。外からでは見えない強い絆があって、少し羨ましい。


「悪いな……」


 兄さんは申し訳なさそうに頭を下げた。もう僕はここに居ることはできないんだし、遠慮せずに使って欲しい。


「お店の再開時期は任せるから、三人で仲良く使ってね。ここは兄さんの実家でもあるんだから遠慮しちゃダメだよ」


 エミリーさんは魔術師だから付与の知識は僕ほどは持っていないけど、基礎は教えてあるし、足りないのであれば、これから覚えていけば良いだけだ。彼女の向上心があれば、乗り越えられると信じている。


 確かに時間がかかってしまうかもだけど、それを待てるぐらいの貯蓄はみんなあるし、ナナリーさんか狩人としてお金を稼げば、最低限の収入は確保できるだろう。


「……分かった。だが、その言葉は俺からも言わせてくれ。旅に必要な物があれば遠慮なく、全部持っていくんだぞ」


「ありがとう。帰ってくれるか分からないし、かなり持って行っちゃうと思う」


「そうしろ。後で後悔しないようにな」


 ――そう、僕はこの国から離れることが決まったので、そろそろ荷造りをしないといけないのだ。


 今回の事件の責任を取れと言われたわけではない。むしろ評価は逆で、よくぞ守ったと高い評価をもらっている。


 だからこそ、アミーユお嬢様の留学が決まったときに家庭教師と護衛、その両方をこなすことを期待されていた。


 給与は普通の平民が生涯かけて手に入れられる金額を一年ぐらいで達成できそうなほどで、兄さんのこともあったので悩む余地はなかった。実はこっそりお金を置いていく予定だ。


「メンバーは決まったのか?」


「うん。アミーユお嬢様付きのメイドが3名と騎士が5名、後は僕のお手伝いとして、ダモンさんと……レーネ」


「あの女剣士か。大丈夫なのか?」


「正式に僕の戦闘奴隷になったからね。しっかり面倒をみるよ」


 アミーユお嬢様を襲撃した犯人の主犯格である、レオの一族は全員処刑された。国の威厳、面子を守るためにも必要な行為であったのは間違いない。


 けど、それ以外の人々は違う。


 少しでもお金を稼いでおきたいという思惑もあって、奴隷落ちで済む人が多い。


 レーネもその一人だ。組織には入ったばかりだったということもあり、戦闘奴隷として売られることが決まり、市場に出る前に僕が引き取ったのだ。


 魔術を教えた相手だから情があったのは間違いない。でも、僕の仕事を個人的にサポートしてくれる人材が欲しかったのも事実なので、アミーユお嬢様を救出した際の報奨金を辞退して手に入れんだ。


 ではないと、僕みたいな一般人が戦闘奴隷なんて高価な商品を買えるわけがない。


「面倒を見るといたって、責任はお前が取ることになるんだぞ」


「分かってるって。だからちゃんと教育はするよ」


 この世界には奴隷に落ちると背中に焼き印がされるけど、主人に危害を加えると自動的に罰を与えるような魔道具はない。知らないところで、犯罪を犯そうと思えばできるのだ。


 だからこそ、主人に逆らわないように教育する必要があるし、奴隷が犯した罰はすごく重い。普通は一発処刑コースだ。


 これから弟子として、護衛として育てていくつもりなので、そんなもったいないことはできない。


 幸いなことに、大陸に渡りヴィクタール公国からは離れるので、彼女の気持ちは落ち着いている。今なら落ち着いて話し合えるだろうし、教育も上手くいくと思っている。


「みんなには挨拶は済ませたし、出発は四日後。それまでに、ベストな体調に戻さなきゃな」


 兄さんと同じぐらい、僕の体はボロボロで全快まであと少しって感じだ。幸いなことに後遺症はなさそうなので、大陸にいっても十分、戦っていける。


「寂しくなるな」


「そうだね」


「……頑張れよ。うんで、死ぬなよ」


「分かってる。元気でね」


「お互いにな」


 しばらく見つめ合ったあと、無言のまま兄さんは部屋から出て行った。


 見送りはしないだろうから、もしかしたら最後の会話になってしまうかもしれない。でも、心はつながっているような気がしてて、不思議と寂しくはなかった。


 一人になると、もう一度窓から外を見る。


 街を復興するために誰もが働き、活気がある。レオがアミーユお嬢様を誘拐して、悪魔が暴れただなんて誰も知らない。僕たちが守った日常だ。


「古代の人々が見たら、自分たちの戦いは無駄ではなかったと、喜んでくれるのかな」


 僕は決して忘れない。この日々を望んでも手に入れられなかっただろう人々を。


 いつの間にか、手に持っていた黒い宝石を強く握りしめていた。


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