第4話 再会

「ほら、そろそろ泣き止め。大の男がいつまでもめそめそしているんじゃない!」

 ソロにそう言われ必死で涙をぬぐいながらユーゴはうなずいた。

 そしてニコリと笑って「久しぶり!」と急にソロの鼻の頭に飛びついた。

「こら、やめろ!まったくお前は!!」振り落とそうとしてもユーゴはしがみついて離さない。

 ソロは根負けし、ユーゴの好きにさせてやることにした、というのは「たてまえ」で実はソロもとても嬉しかったのだ。

「会えてとっても嬉しい。すごく、すごく、すごく・・・。」ユーゴの目からまたひとすじ涙が零れ落ちた。

 ソロはそんなユーゴに何も言わずただただ抱き着かれたままで居た。

 やっと気持ちが落ち着いたユーゴはしがみつくのをやめて地面に足をついた。

「もういいか?」ソロは優しく尋ねた。

「うん、ありがとう。やっぱりソロは優しいね。」

「別に、普通だ。」そっぽを向いたソロは鼻から煙をふんふん吐いた。

 どうやらいつもの様に照れているらしい。

「なんだか森の様子が変わったね。昔より暗くないし、見通しも良くなった。」

 ユーゴは辺りを見渡しそう言った。

「そうか?お前が成長したからだろう。」

「そうかな?でもソロが言うならそうなのかな。」ちょっと照れくさそうにユーゴは頭をかいた。

 そんなユーゴを見ていてソロはそういえば、と思い出した。

「母親はどうしている?薬は効いたか?」

「そう!効いたよ、ソロの薬!そうだった、まだ話したいことが山ほどあるんだ。何てったって10年だよ。色々あったんだ、何から話そうかな。」ユーゴが話を始める前にソロが遮った。

「まぁ待て、落ち着けユーゴ。聞いてやるからまずはここを離れよう血の匂いで獣が集まってきている。」かなり遠いが獣の闇の中で光る目がユーゴにも見えた。

「俺の洞窟に行こう、そこならゆっくり話が出来る。立ち話もなんだしな。」

 その言葉にユーゴは目を輝かせた。

「ホントに!?嬉しいよ、子どものときには行ってないし楽しみだ!」

「よし、じゃあ俺に付いて来い。」くるりと向きを変えソロは洞窟へと歩き出した。

 その横をユーゴが駆け足で着いてくる。昔の様につまずいて遅れをとることは無い。太い木の根も軽快に飛び越えた。

「どうやらもうおぶってやる必要は無いみたいだな。」ソロはニヤリと笑った。ユーゴもニッと笑って見せた。

「昔とは違うからね。でもまた背中には乗りたいと思うよ。」

「まぁ、気が向いたらな」

 何気ない会話をしながら一頭と一人は森深くの洞窟へと向かった。



 しばらく歩いていると開けた場所に出た。そこは踏み潰された大木と苔で出来た広場の様だった。

 そして眼前に大きな洞窟が姿を現した。中に足を踏み入れると洞窟はソロが入ってもかなり余裕のある広さと奥行きがあった。

「予想はしてたけど大きいね。すごいな、ソロが作ったの?」ユーゴは洞窟の天井を見上げながら問いかけた。

「いや元々は自然に出来た洞窟だ。高さは元々あったが狭くてな、奥の方は俺が掘ったんだ。」

 ソロは自慢げに胸を張った。

 洞窟の大きさに呆気にとられ足元を見ていなかったユーゴは何かにつまづいた。

「おっと!」あと少しで転ぶところだった。それは大きな肉の塊。ユーゴは興味深げにそれを調べ始めた。

「大きな獣だな、この大きな牙、鉄の鱗も、もしかしてスケーリーボア!?」ユーゴは興奮気味にソロを見上げた。

「人間はそう呼んだか、俺は鎧イノシシと呼んでいる。」「やっぱり!」ユーゴは嬉しそうに肉塊に触れだした。

「やっぱり肉質はイノシシと同じなんだね。食用にも向きそうだな。」肉を満遍なく調べ今度は裏返しにしてみる。

「すごい、鱗が残ってる!本当に鎧みたいだね。防具の素材に使えないかな。」そして最後に大きな牙を撫で始めた。

「大きいな、重量もかなりある。このまま研いで剣に出来そうなぐらい、ぶつかられたらひとたまりも無いよ。」

 急におしゃべりになったユーゴにソロは呆気に取られていた。するとユーゴもそれに気づき「ごめんね、遠くからしか見たこと無かったから」と恥ずかしそうに言った。

「ずいぶんこの魔物を気に入ってる様だな、しかし肉は美味いがどんくさい魔物だぞ?ご馳走が食ってくれと歩いているのと一緒だ。」

 ソロは洞窟の地面に腰を下ろし、伏せる様な態勢でユーゴと話し始めた。

「あ、いや、スケーリ・・・鎧イノシシが特別好きなんじゃなくて魔物全般が好きなんだ。ソロに言われた通り強くならなくちゃ、と思って魔物の生態やなんかをたくさん勉強したんだよ。村じゃ魔物に関する本は少ないから実際に猟師さんや自警団について行ったりなんかもね。」ユーゴも荷物を下ろしソロの横に座った。

「竜のこともたくさん調べたんだよ!主には飛竜、土竜、水竜に分かれてるんだけど、赤竜、緑竜、青竜、黄竜、色によって性格もだいぶ違うんだよね。住んでる地域や食べる物によってもまた種類が分かれる。だよね?」

ユーゴは答え合わせをする様にソロに問いかけた。

「そうだな、俺たちは主に三つの種族に分かれている。翼あるものは空に、頑強な体を持つものは大地に、ヒレを持つものは水中に、それぞれ自分たちの秀でているものに誇りを持ち生きている。あとの鱗の色や種類なんかはお前たちが分類したもので俺たち竜からすればそこまで問題ではない。お前たちは肌が黒かったり、白かったり、黄色かったりするのと変わらんさ。まぁ人間はそれにこだわる様だがな。」

「そうだね、僕の村じゃそういうことは無いけれど西の国では肌の色で差別し合ったりして戦争までしてるんだって」訳が分からないという顔でユーゴは言った。

「俺たち竜も自分の鱗はとても大切なものだ。赤竜と青竜などはしょっちゅうどちらが美しいかで議論し合っているぞ。しかし種族単位で殺し合いまではしないな。ひとえに数の問題もあるのだろう。人間はこの大地に少々多すぎる。」

 ソロは深いため息をついた。

「何やら話がそれてしまったな。とりあえず竜のことも人間のことも今はどうでもいいことだ。それよりお前の母親はどうなった?」

「ああ、そうだった!それを話したくてたまらなかったはずなのに忘れてた。お母さんはもちろん元気だよ。あの花粉のおかげで毎日飲んでた薬もいらなくなったんだ。」

「そうか、それならいい。」ソロはその言葉に喜びを感じた。まるで自分の親の話を聞いているように。

「そういえば母親以外の家族の話はしていなかったな。父親はどうしている?兄弟は居るのか?」

「お父さんは街に出稼ぎに行っていたんだ。お母さんの薬代のためにね。あと病自体を治せないか医学の勉強もしていたんだって、今は出稼ぎに行く必要が無くなったから村で開業医をしているんだ。

村には医者は居なかったから村の人達もとても喜んでくれてる。僕もお父さんと一緒に暮らせて嬉しいんだ。

昔は月に一度も会えなくて、やっと会えても別れ際は寂しくてよく泣いた。兄弟も居なかったしお母さんと二人だと家が広く感じたな。」

「なら何故母親はそこまで病が悪化した?父親が持ってくる薬では抑えが効かなかったか?」

「ううん。薬はよく効いてたんだ。とても高かったけど良い薬だった。

でもある日お父さんが帰ってこなくなったんだ。手紙では「来月には帰る」って書いてあったのにその日になってもお父さんは帰ってこなかった。帰る途中で土砂崩れに巻き込まれたんだ。ひどい怪我で動けなかったし道も寸断されて薬も届けられなかった。お父さんが帰ってきたのは僕がソロから花粉をもらってから2週間後くらいかな。道が通れるようになってすぐ村までずっと走ってきたらしくて、ボロボロの格好だったよ。

僕とお母さんのことを泣いて謝って抱きしめてくれた。お母さんが元気なことにすごく驚いて、すごく喜んだ。」

 ユーゴはあの日のことを思い出し微笑みながらまた話を続けた。

「あとソロにヒメリンゴを貰ったでしょう?あれがすごく美味しかったから持って帰った分のタネを植木鉢に植えたら芽が出たんだ。普通のリンゴより成長も早くてすぐ庭に植え替えたら実が生ったよ。

すごく美味しい、ってお父さんもお母さんも喜んでくれたし村人にも欲しがる人が居たから分けてあげた。

そうしたらどんどん村でその話が広がってお父さんと村長さんの提案で村の特産品にしようってことになったんだ。

村には目立った特産品が何も無かったからヒメリンゴのおかげで村に活気が出たよ。まとまった量が取れる様になったから今度街に出荷する予定なんだ。もう注文も結構来てて良い感じでね。

ちょっとずつだけど働きに村を出て行った若い人も村に帰ってくる様になったし、本当に何もかもソロのおかげだ。ありがとう。

本当に本当に、何度お礼を言っても足りないよ。」ユーゴはソロの大きな瞳をじっと見つめた。

「おだてても何も出ないからな、あのリンゴはお前が腹をすかしていたからやっただけだ。あとはお前たちがやったことだ。俺は関係ないだろ!」とソロは鼻を搔きながらそっぽを向いてしまった。

 鼻から黒い煙がもくもく上がている。

 照れているだけ、ユーゴはそれが分かっているので乱暴な言葉も気にはならなかった。

(不器用だな。)そう思いユーゴは一人微笑んだ。

「そうだ、僕もソロに聞きたいことがあったんだ。」

「ん?」そっぽを向いていたソロがユーゴの方に向き直る。

「その翼のこと、聞いてもいいかな?ずっと気になってたんだ。でもあの時は自分のことで手一杯で余計なことを聞くのも怖かったから。」

 ユーゴはソロの顔をじっと見つめ返答を待った。

 ソロは睨み少し怒った様に目をつりあげ歯を噛みしめた。しかしすぐに睨むのをやめ、悲し気な表情をしながらゆっくりと森の暗闇に視線を移した。

 ユーゴはソロが口を開くのをじっと待った。

「昔、竜狩りに襲われてな。ドジを踏んで罠にはまった。その隙に剣で翼膜を引き裂かれたんだ。飛んで逃げられない様にしたんだろうさ、逆に返り討ちしてやったがな。」

 皮肉めいた笑みを浮かべ話を続けた。

「だがその剣には竜殺しの呪いがかかっていた。竜はこの呪いで負った傷を治すことが出来ない。死ぬよりマシかもしれないが竜にとっては生き地獄だ。

空が飛べない竜などただのトカゲに過ぎない。

家族や仲間にこんな無様な姿を晒したくなくて走った。

走って走って走って、気がついたらこの森に辿り着いていた。

ここはいつも暗く、うっそうとした木々が空を覆い隠してくれる。俺にぴったりの場所に思えた。

それからここに巣穴を掘り、俺は一人でここに暮らしている。」

 ユーゴは何と答えたらいいか分からなかった。何を言っても彼を傷つけてしまうだろう。

 だからユーゴはそっとソロの前足に寄りそい,額をつけてこう言った。

「辛いことを思い出させてごめん。でも話してくれてありがとう。人間の僕なんかに…。」

「過ぎたことだ、もう気にしてない…とは言えないが気にしないことに決めた。

それにまぁ、お前は特別だ。」

 その優しく悲し気な声を聞きながら、ユーゴは新たな決意を内に秘めるのだった。

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ソロとユーゴ(2) @12-kokoro-24

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