第3話 対面

「「あいつか!!」」


 ソロは暗い森の中を駆け抜け、ようやく一人の男を見つけた。どうやら”二つ首の赤犬”に追われている。

「食われてしまうがいい」そう思いながらソロは少し離れた場所で様子をうかがうことにした。だが男はいとも容易く赤犬を倒してしまった。

「雑魚め、頭が二つでも脳が足らないか。」悪態を吐きつつソロはじっと男を見つめる。

(身のこなしはなかなかだな、だが装備はあまり良いモノではない。剣もあれでは竜の鱗は貫けまい。)どうやらこの男は竜狩りでは無いらしい。

 男は倒した赤犬を調べ始めた。どうやら一部を持って帰ろうとしている。

(ハンターの卵といった具合か、だとしたらいずれ竜にも興味を持つだろう。ならば、今のうちに)ソロは静かに男に近づいて行った。瞬きもせず男を見据え、素早く距離を詰めていく。

 すると男は辺りをキョロキョロしだした。まだこちらに気が付いていないが木に背を預け、剣を構えている。

(するどい奴だな。)それでもソロは止まることなく近づいていく。闇に紛れこちらの姿は向こうには見えていない。遂にソロは男の目の前、わずか数メートルのところで立ち止まった。

 男は剣を構えたままじっと目の前の闇を見つめていた。脂汗を掻き呼吸は乱れている。

 それでも背中を向け逃げ出さないことにソロは感心し、苛立っていた。

 怯え逃げ惑う男をなぶり殺してやろうと思っていたのだ。

(ならば正面から真っ二つにしてやろう。)

 ソロはゆっくりと闇の中から現れた。男を見下ろし大地を音をたてて踏み鳴らした。低い唸り声をあげ、ずらりと並ぶ鋭い歯の間からはメラメラと炎が出ている。

 ソロの姿を見るや、男は剣を取り落とした。口を半開きにしたまま茫然と立ち尽くしている。その反応にソロは満足した。そしてニヤリと笑い、男ににじり寄った。

しかし男は逃げようとはしない。

 最初は足がすくんで逃げられないのかと思ったがどうやら違う。

 男はただじっとソロを見つめたまま動かない。あまりに不可思議なこの男にソロは思わず問いかけた。

「どうした、逃げないのか?今ならまだ逃げ切れるかもしれんぞ。」皮肉を込めてそう言ってやった。


「やっと会えた。」男はポツリとそう言った。

「なに?」その言葉の意味が分からずソロは怪訝な顔で男を睨んだ。


「きみに会いに来たんだ。【ソロ】」


 男の口から思いもよらない言葉が飛び出した。ソロは目を見開き吠えた。

「なぜ俺の名前を知っている!?」

 人間になど名乗ったことなど無いはず、そうただ一度しかない。

「【ユーゴ】から聞き出したのか!あいつに何をした!?言え、答えないのならお前は消し炭になるぞ!!」ソロは男の眼前まで大きく火を吹いた。

 男は慌てて後ずさろうとして木にぶつかった。

「逃げ場はないぞ!」ソロはさらに男に詰め寄る。

「待って、違う!僕が分からないのか!?僕だ、僕が【ユーゴ】だよ!」

 ソロはその言葉に困惑した。

「訳の分からんウソをつくな、一瞬でこんなにでかくなるわけ無いだろうが!」

男の意図がつかめない、またハンターたちの様に罠にでもはめる気なのかもしれない。そう考えソロはこれ以上男に近づくのをやめた。

「一瞬って・・・そんな、あれからもう12年になるんだ。僕だって成長する。

あの時の泣き虫で小さな【ユーゴ】はもう居ないんだ!きみが言った、弱いままじゃダメだって、だから僕は強くなってここに帰ってきた。」

 ソロはあまりのことに言葉を無くしてしまった。頭の中でグルグルと色々な感情が巡っていた。

(12年だって!?そんなに俺は寝ていたのか?それともやはりこいつがウソをついているのか?こいつが・・・【ユーゴ】?)

 ソロは少し首を伸ばし男のにおいを嗅いでみた。だがあの時の生まれたばかりの雛のにおいはもうしない。けれどにおいの中に懐かしさを感じた。

 大きな目を見開き男を観察してみた。あの時のあどけない顔も小さな体もそこには無い。そこに居るのは魔物を狩る屈強な剣士だ。

 体つきは変わったが目はあの時、(ここに来る)と約束した強い決意を宿していた。それに男には魔力がある。それもあの「花」が持つ魔力。

 ソロは半信半疑で男を見つめた。

「わからない、お前は誰なんだ。」


「これが僕をここに連れてきてくれたんだ。一人では絶対にここまで来れなかった。」男は胸ポケットから鉄の破片の様な物を取り出した。

「きみがくれたんだよ。お母さんのところへ帰れる様に、僕の行きたいところに行ける様に・・・。」そう呟くと男は目を瞑りそれを握りしめた。するとそれに火が灯り、ソロの胸元を指示した。


「僕の名前は【ユーゴ】友達の竜に【ソロ】に会いに来たんだ。」


 そういうと男はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。嗚咽が漏れる。そでで必死に涙をぬぐっても止まる気配はない。

 それ見てソロは安堵した。そして首を伸ばし鼻先で男の頭を撫でてやった。

「なんだ、図体ばかりでかくなって中身はまだまだガキじゃないか、強いというのは体だけではなく心も伴わなければ意味がないだろう。まぁ10年やそこらじゃしょうがないか。」

「ごめん」としゃくりあげながら男は答えた。

 その涙からはあの時のままの、優しく温かい魂のにおいがした。

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