第二話 偽物の空②

 戦死七。そう書かれた報告書を、小此木大河はぐしゃりと握り潰した。

「……クソッ!」

 苛立ちに任せ、壁に拳を叩き付ける。ズキリ、とした痛みが走った。廊下をすれ違った男がぎょっとした表情で大河を見る。

 それを無視して、大河は懐から煙草を取り出し火を付けた。深く吸い込むとチリチリと喉に沁みた。


 七人。

 それが先の戦闘で失った仲間の数だ。

 あの無能な上官の命令に従ったばかりに彼らは死んだ。ゲームに参加して以来、誰一人欠けることなく助け合っていた仲間たちが死んだ。七人も。

 たった一人、後からやってきた無能な上官の為に死んだのだ。


「……すまない」 

 彼らを弔うべき墓標は無い。

 ただ、戦死者リストに新たな名前が刻まれるだけ。

 死んだ人間──つまりゲームオーバーになった人間の身体はその時点で消滅する。後に残されるのはドックダグ一枚だけ。

 大河は渡されたドッグタグを眺める。

 手のひらに乗った、七枚のドッグタグ。

 こんなちっぽけなプレート一枚だけが、彼らが生きていた証だなんて──ここでは人の命など、これっぽっちの価値しかないというのか。 

「ッ……!」

 大河がもう一度壁に拳を叩きつけようと振り上げた瞬間、

「大河! ここに居たのか!」

 そう自分を呼ぶ声にそっと腕を降ろした。

「……ユウマか。何かあったのか?」

 廊下をゆっくりと歩み寄ってくる、軍服を酷く着崩した青年。 

 同じ部隊に所属する田上悠馬。仲間はユウマと呼ぶ。近接戦を得意とするパイロット。だからこそ、先の戦闘を生き延びた。

「お前が余りにも酷い顔をして歩いてたって、隊の連中が心配してたんだよ。だからわざわざこうして様子を見に来てやったんだ」

 わざとらしく軽い口調でユウマは言った。

 大河は先程受け取ったドッグタグをユウマに見せ、戦闘の顛末を伝える。

 ユウマも同じ作戦に参加していた。とは言え、まだ戦死者は伝えられていない。戦死者はその部隊の最上官──つまり、死んだ隊長の自席に当たる大河に伝えられる規則になっている。

「……そうか。皆、死んだのか」

 ユウマは黙って話に耳を傾け、静かに告げた。何を思っているのかはわからない──だが、酷く悲しげな表情でどこか遠くを眺めている。

「ああ」

 大河は言葉に詰まった。

 何を言っていいのか──死んだ仲間の中には、ユウマと仲の良かった者も多かった。同じ出身地で、ユウマを兄のように慕っていたタイチもこの戦闘で死んだ。 

 だが、ユウマは── 

「──良かったよ。皆戦って死んだんだ。スラムで野垂れ死ぬよりかは、よっぽどマシな死に方だろう」

 なんてことを、口にした。

「……本気で言ってるのか?」

「スラムは人間の生きる場所じゃない。分かってるだろ。あんなところで野垂れ死ぬなんて、悲しすぎる」

「隊長があんな命令を出さなければあいつらは死なずにすんだんだぞ⁉……F14であんな新鋭機に勝てる訳がないんだ! あそこでさっさと撤退していれば、こんなことには……」

「仕方がないんだ、そんなことは。あいつらが死んだのは運命だよ。ちょっとした位置と時間の差で、人は死ぬ。ましてや、俺たちが立っているのは戦場だ。いつ誰が死んだっておかしくない場所なんだ」

 声が、酷く遠く聞こえた。 

──ユウマのその余りにも割り切ったその考え方に、狂っている、と大河が感じるのは、自分がこの時代の人間ではないからだろうか。平和を知っている、などと傲慢なことを口にする気はない。だが、思ってしまう。

 こんな世界はおかしい、と。

 ユウマの言葉通り、この世界は余りにも人の命が軽すぎた。 

「だから、俺が死んでも泣いたりするのはやめてくれ。湿っぽいのは苦手なんだ。飯が不味くなる」

 そう言ってユウマは、大河の肩に手を回す。笑いながら煙草を銜え火を付ける。

「あいつらの分も俺たちは生きなきゃならない。そうだろ?」 

「……ああ」

 大河は頷く。

 どうあっても世界は変わらない。ならば、自分たちは生きて行かなければならない。

 死んでいった者たちの為にも。

 

 

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ウォアゲイム《War Game》 ヴェールクト @Garm01

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