第一話 偽物の空
戦争は、別の手段による外交の継続である──カール・フォン・クラウゼヴィッツ
眼下に広がる大海原が、太陽光を反射して輝く光景は酷く幻想的に映る。
これが
腰が痛い。例え仮想空間であろうと肉体疲労はきちんと再現されている。全く、なんてところまで再現してくれるんだと大河は開発者に悪態をついてやりたい気分になった。
戦闘機のコクピットとは、とても快適とは言い難い代物だ。旅客機のファーストクラスどころか、ビジネスクラスと比べても狭い。
オマケに、飛んでいる時に掛かってくるGは乱気流に巻き込まれたどころではない。
優しく丁寧なスチュワーデスの代わりに、いい年した粗暴な上官の怒鳴り声が聞こえてくると言うのだから驚きだ。
最も、これは快適な空間を演出する為に創られたモノではないので致し方ないのだが。
『Beef or Chicken?』
『No Thank you』
その代わりに『Missile or Gun?』ときたものだ。
クソッタレめ。大河は歯噛みする。
我々は今、戦争をしているのだ。
『ヴァイパーリーダーより編隊各機、散開して接近戦に持ち込め!』
編隊長機が威勢良く叫ぶ。
それを大河は、内心忌々しく感じながら押し黙って耳を傾けていた。
敵の機体が放ったミサイルをかろうじて回避し舌打ちをする。まともに近づくことすら出来ないのに、接近戦だと?
(全く無茶を言ってくれる……!)
トムキャット《F14》でパクファ《T50》を相手取るというだけで馬鹿げているというのに、その上完全な奇襲を受けているのだ。
こんな状態で不用意に近づこうとするだなんて──飛んで火に入る夏の虫、だ。
案の定、不用意に近づいた仲間からミサイルを浴びて弾け飛んだ。キャノピー越しに眼下に広がる海原へと機体の残骸が吸いこまれていく。
「チッ……」
思わず舌打ちする。無能な上官の下に配属されたのが運の尽きとは言え、マトモな状況判断も出来ない奴の命令で何故人が死ななければならない?
ここで我々が堕ちてまで敵を食いとどめても戦略的には何の意味も無い。敵は対空装備。我々の基地に近づかれたところで、マトモな攻撃手段は無いのだ。
(シーズン1からの生き残りと聞いていたが、こいつはただ生き残っていただけと言うことか……!)
背後を取られないようポジショニングしつつ、大河は苦々しく思う。我が部隊長殿は古参兵は古参兵でも、その頭に無能と注意書きを加えねばならない。
そもそも、我々はこんな馬鹿げた遭遇戦に巻き込まれる予定では無かったのだ。領空侵犯した
ステルス機、それも敵の最新鋭機による奇襲攻撃。満足にミサイルも積んでいない状況で、
✸パクファ──ロシアで開発中の戦闘機
『ダメだ……逃げ切れない!』
『メイデイメイデイ! エンジンをやられた!』
『ヴァイパー5が落とされた! 連中、ベイルアウトしたパイロットを狙い撃ってやがるぞ⁉』
インカムには先程からずっと悲鳴に近い通信が入り乱れている。レーダーを確認しても味方の数は余りにも減っていた。味方は既に三分の一が落とされているだろう。軍事的に見れば、事実上の全滅状態。対象的に敵は一機も失っていない。キルレシオは十対零。
マトモな指揮官ならとっくに撤退を指示しているだろう。だが│そのマトモな
「高度を下げて速度を稼げ! ドッグファイトに持ち込む前にみんな落とされるぞ! 離脱するんだ!」
思わず叫ぶ。このままなぶり殺しにされてたまるものか。
『ヴァイパー2、そんな命令は出していない!』
「しかし、戦えば皆落とされます! 状況は明らかに不利でしょうが!」
大河は思わず語気を強めて反論する。
上官命令への不服従。戦闘後にペナルティが下されるであろうことを覚悟しても、これ以上の損害は避けるべきだと理性が告げている。このままでは軍事的な全滅どころか、文字通り全滅してしまう。
『逃げても後ろから撃たれるだけだ! なら──』
何かを言いかけた隊長の声が酷いノイズと共に途切れる。
同時にレーダーから隊長機をロスト。その方向に視線をやると、炎に包まれた戦闘機が墜落していくのが目に入った。
あれでは助からない。脱出する間もなく機体もろとも黒焦げ判定、この世界からも、現実世界からも消えて無くなるのだ。
(……これでは無駄死にだ)
まともな判断も下せないまま、いたずらに部下を戦わせ死なせた無能な上官。だが、奴が死んでも死んでいった仲間たちは戻っては来ない。
ディスプレイにゲームオーバーと悪趣味な字体で書かれた文字と共に、隊長だった男の顔写真が表示される。
この時点で、自動的に指揮権は副長である大河に引き継がれることになった。
スッと息を吸い込み、大声で生き残っている仲間たちに告げる。
「全機高度を下げて速度を稼げ! 敵を振り切るんだ! チャフもフレアも出し惜しみするな! 降下! 降下!」
生き残った仲間を取りまとめ、一目散に敵に背を向け撤退する。
スロットルを目一杯開き、アフターバーナー前回で回しながら大河は思う。思わずにはいられない。
何故俺は、こんな
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