第一章

──とある青年の手記 

──とある少年の手記


 もしもこの手紙を読んでいる奴がいるとすれば、俺はもう死んでいるかもしれない。

 こいつは肌見離さずに持ち歩いている。なんなら、墓まで持っていく覚悟だ。

 だが、もしこれを誰かが読んでいるとすれば、俺は墓まで持っていくことに失敗したんだろう。

 そもそもこの紙が、創られたデータのカケラに過ぎないことを考えれば誰かの手に渡ってもおかしくはない。いずれにせよ、このデータを誰かが手に入れたとしても、戦争はまだ続いているだろう。それ程までにこのクソッタレな戦争は終わる気配が無い。あるいは、終わらせる気などないのかもしれない。

 ああ、勿論読んでいる人が気にすることはない。もしかすると俺はまだゲームの中で戦っているかもしれないし、退役して田舎で暮らしているのかもしれないだろう? 生き残ることが出来たなら、だが。

 ところで、これを読んでいるアンタは何歳くらいだろうか。

 出来ればかつて俺が暮らしていた時代を知っている人であって欲しいと思う。ある程度は共感出来るだろうし、話もすんなりと理解できるはずだ。

 もし──もっと若い人がこれを見ているとしても、出来れば最後まで読み進めて欲しい。違う時代のことは、今はもうあまりわからないだろうから。

 かつて──四十年ほど前、俺は学生だった。

 何の変哲もない、ごく普通の目立たない生徒。どこにでもいるような個性の無い人間。

 人並みに勉強して、それなりの高校に入り、人並みに部活をして、遊んで……まさにごく普通と断言できること間違いない学生だった。ただ残念なことに、あまりモテなかったが。

──話が逸れた。

 そんなある日、俺は事故に巻き込まれた。交通事故だ。突っ込んできた軽自動車に跳ねられた。ものすごい速度で歩道に突っ込んできた車を、俺はただ身動きも出来ずに茫然と突っ立っていることしかできなかった。あれだけのスピードだ。運転手は酒か、薬でもやっていたのかもしれない。今となっては確認する術もないが。   

 そうして逃げる間もなく車に跳ね飛ばされ、呆気なく俺の身体は宙に浮いた。 

──ヤバイ、と思ったときにはそれっきりだ。

 後はバン!と何かに叩きつけられる嫌な音が響いて、意識を失った。 

 勿論、こうやって、あの時の事を今思い返すことが出来ているのは意識が戻ったからに他ならない。

 意識を取り戻したとき、俺は病院のベッドに寝かされていた。ふとおぼろげに天井が見えて、まだ生きていると実感したときにはありがたかった。あれだけの勢いで突っ込んで来た車に跳ねられて生きているだなんて、俺はツイている。そう思っていた。

 慌てた様子の看護師に呼ばれて来た医者の言葉を耳にするまでは。

 まだ少し意識が朦朧としていた俺は、酷く真面目な顔をした医者に、無感情を装った声で告げられた。 

「あなたは、四十年間眠っていたのです」と。



  

 

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