戦場は遠く、平和は消える
ノースエリア。
ここはかつて、日本と呼ばれていた国──その一区画であった場所。
そのノースエリアの大都市、サッポロは市民たちが暮らす居住地である。街の四方を壁で囲んであるのは居住地の例に漏れず、市民になれなかった人間から市民たちを護る為に存在する。
そのサッポロの中心部から離れた公園にはには多くの市民たちが余暇を楽しむべく訪れていた。数多の人々は幸せそうに家族や恋人と自由な時間を過ごしつつ、芝生に寝転がりながら広場に設置された巨大ディスプレイを眺めている。
『──第八シーズンを迎えたウォアゲイム! 二日目にして早くも動きがありました! 第八地区が第六地区に対し果敢な先制攻撃を仕掛け、戦争を優位に運んでいます。では、まずはそのライブ映像をお伝えしましょう……』
設置されたスクリーンの中で、興奮覚めやらぬ口調でアナウンサーが実況している。
楽しげにそれを見つめるカップルや、親子連れの家族。これは世界政府が放送する人気番組だった。
──本来ならば微笑ましい光景であるのだろうが、実際には異なる。
彼らは戦争を見て楽しんでいるのだ。
「……狂ってる」
その光景を少し離れたところから眺めていた少女は、まだ少し幼さの残る顔に目一杯苦々しい表情を浮かべながら呟いた。
年齢的にはまだ十八にも届いていないだろう。小柄な身体はまだ成熟していないどころか、酷く華奢な印象を受ける。顔自体は人形のように愛らしいであろうが、
だというのに、余りにも老練な表情。
恨み言を呪詛のように呟いた少女は、ゲームの生き残りだった。それだけに、ディスプレイに流れている戦争中継を平然と眺めている連中の気がしれない。
彼らは知らないのだ。あの戦場を。
だから、あんな風に眺めていられるのだ。興奮しながら実況できるのだ。あのカップルも、家族も、アナウンサーも、誰一人としてマトモな人間はいない。人の殺し合いを眺めて平然とし、あろうことか可哀想などとほざく人間が、マトモだなどと言えるだろうか。
あのゲームから生還した人間でなければ、戦争は決して理解できるモノではないのだ。
WarGame.──ウォアゲイム。
人類史上最も残酷なゲーム。
人類は増えすぎた──これは確か、何代目かの世界政府大統領の言葉だ。
そしてその言葉通り──人類は増えすぎた。戦争が無くなり、医療レベルが驚異的に増加していくことで死者は減って行った。
そしてそれらを解決すべく導入されたのがこのプログラム──ウォアゲイム。
かつて存在したありとあらゆる兵器を仮想空間上に再現し、バーチャル世界において戦争のシュミレーションを行うプログラム。
しかし、ただのプログラムと異なる点が一つ──このプログラムで戦死と判定された人間は、現実世界でも死ぬと言うこと。
考えただけで空恐ろしい。
少女は今でも夢に見る。ベッドに寝かされた自分に繋がれた管。そこへ、致死量の薬液が注入されていく光景を。
曰く、『戦争のシュミレーションとして行うには死を除外することは出来ない』というのが建前だっただろうか。本音を言えば、増えすぎた人口を調整するには丁度よい理由付けになるといったところか。
なんて人道的なのだろうか。
戦争を起きなくする為には、戦争を違う場所でやらせればいい──初めは巻き起こっていた『非人道的である』との批判も、デモの首謀者の牢屋行きと、実際に争いが消滅したことで立ち消えたと聞く。
無理もない話かもしれないと少女は思う。
このプログラムが開始されてから、戦争や紛争は完全に無くなってしまったのだから。
私のように孤児となって施設で生きていたような人間には、ウォアゲイムに参加するしか生き延びる方法は無かった。
慈善事業がまともに行われるような時代ではない。勝ち組と負け組に二分され、固定化されてしまったこの世界では、負け組である私にはそうするしかなかったのだ。
何せ、三年間生き延びる事ができればその生き残りには上級市民権が与えられるのだ。
それさえあればもう心配などいらなくなる。後はの命じられるまま働けばいい。
死の恐怖に怯えることも、戦友が死んでいく虚しさも感じる必要はない。こうやってウォアゲイムについて知ることが出来たのも自分が平民になったからに他ならない。
兵士だった頃の自分には、決して知ることの出来ない情報だった。
この場所は死んでいった戦友たちが望んでいモノだ。
安全で、普通に生活して、普通に死ぬことが出来る場所。
だけど──
少女は逡巡する。
本当に私は、ここに居ていいのだろうか──
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