最終話 望んでいた未来

 長い廊下を歩き、辿り着いたのは五年前に部屋を移ったリリアナの部屋だ。

 レルムはすぅ……と息を吸うとその手を上げドアをノックする。すると懐かしく聞きなれた声がすぐに返ってきた。

「はい。どうぞ」

 ドアノブに手をかけ、押し開いたドアの隙間から風が吹き抜ける。

 音もなく押し開かれたドアをゆっくりとくぐると、何事か用事をしているのか、こちらに背を向けているリリアナの姿が見えた。

 レルムは長い間ずっと脳裏を離れなかったその姿に、思わず目を細めて言葉無くじっと見入ってしまう。

 すると、リリアナの影からひょっこりと顔を覗かせたマーヴェラが、パッと表情を明るくする。

「ムーッ!」

 名前を呼び、リリアナの前から飛び出していったマーヴェラを追うようにリリアナもこちらを振り返る。そしてゆっくりとその場に立ち上がり、驚きの表情でその場に固まった。

「……あ」

 言葉が上手く出てこない。お互いにまるで頻繁に見た夢の続きを見ているかのようなそんな気分だった。

 リリアナは目の前の光景が未だに信じられないと言った様な顔を浮かべる。

 夢なのか、それとも現実なのか……。

 レルムはふわりと笑みを零してリリアナを見つめた。

「……ただ今、戻りました」

「……ほ、本当に?」

 レルムがゆっくりと頷くと、リリアナは固まっていた足がゆっくりと前に歩み出る。その床をきちんと踏めているかどうかも分からなくなるほど、リリアナの頭は動転している。

 ゆっくりとした歩調でレルムの近くまで歩み寄ると、レルムは堪らずスッと腕を伸ばしてリリアナの腕を掴み、その体を強く引き寄せ抱きすくめた。

 長い間顔も声も聞く事ができず、元気にやっているかどうかさえの確認すら取る事が許されなかったこの五年と言う時を取り戻すかのように、レルムはしっかりとリリアナを抱きしめ瞳を閉じた。

「……長い間待たせてしまって、すみませんでした」

「……っ」

 リリアナは抱き締められ、鼻先を掠める懐かしい香りと抱き締められる感触にこれが夢でなく現実であると分かると、その瞳からボロボロと涙を溢れさせた。そしてレルムの体に腕を回し、すがるような思いで抱き締め返す。

 目を閉じ、まだ戸惑っている心とは裏腹に熱い涙が止め処なく零れ落ちていく。

「……ずっと逢いたかった」

 長い間溜め続けていた想いを口にするが、言葉が震えて上手く話せない。

「私も同じです。あなたに逢えない時間が辛かった……」

 しっかりと、少し息苦しいほどに抱き締められていても、まだ実感しきれないのかリリアナはレルムの胸元に頬を摺り寄せた。

「待ってました。約束、ちゃんと信じて待ってました……」

「……あぁ、ありがとう」

 髪を撫で、その頭に頬を摺り寄せながらレルムは久し振りに出会う愛しい人をしっかりと抱き締めた。

「もう、どこにも行かないで下さい……」

 懇願するようなその言葉と、更にきつくレルムの洋服を握り込むリリアナに、レルムは抱き締める腕に更に力を込める。

「……どこへも行かない。もう二度と、一人にしないと約束したはずだ」

「……はい」

 抱き締めていた体を離し、お互いの顔を見つめあう。そっと伸ばされたレルムの手は、頬を伝い落ちるリリアナの涙を優しく拭い去り、これ以上ないほどの笑みを浮かべた。

「リーナ……私はずっと、あなたの傍にいるよ」

 囁くようにそう呟くと、レルムはリリアナにそっと口付ける。瞳を閉じ、それを受けたリリアナは頬を赤く染め、瞳一杯の涙を流しながらも笑みを浮かべた。

「……お帰りなさい」

 リリアナはやっと安堵したかのように久し振りに心から微笑んだ。

 想いが通じ合って、すぐに引き離された二人の間には以前よりも強く相手を想い、求める感情が生まれていた。

 レルムは、抱きしめていた腕を解き父から返された小箱を取り出すと、そっとその蓋を取りリリアナの前に差し出した。そこにはクリスがバッファから貰ったという結婚指輪が入っていた。

「受け取って欲しい。これをあなたに渡す為に、私は帰ってきたんだ」

「あ、あの……これは……」

 光る指輪を見て動揺したリリアナにレルムは微笑みかけると指輪を取りだし、彼女の左手を取る。そしてその薬指に指輪を嵌めてもう一度リリアナを見つめた。

「……この指輪の意味、分かるかい?」

「は、は……はい。あの、あたし……」

 リリアナは自分の手を握り締め、レルムが帰ったら伝えようと思っていた言葉を、躊躇いながら口にする。

「レルムさんが帰ってきたら、最初に言おうと思っていたことがあるんです」

「?」

 不思議そうに見つめ返してくるレルムに、リリアナは一度視線を下げてきゅっと口を引き結び、もう一度彼を見上げた。

「ごめんなさい。五年前のこと、まだ謝れていなかったから……。あの時はあたしは他の人の言葉に惑わされやすくて、結果的にあなたの事怒らせてしまった。謝る機会もできないままこんな事になってしまったから……。それを、どうしても謝りたかったんです」

 レルムはその言葉にしばし考え込んだが、二人がガーランドによって引き離される前の事だと分かると、ふっと目を細めて首を横に振る。

「あの時のことは、もう何とも思っていないよ。私も、大人げなかったんだ」

「でも……」

「……それより、今はこの返事が聞きたい」

 そっと指輪を嵌められた手を取られ、その指先にキスをされると、リリアナは真っ赤に顔を染め恥ずかしげに視線を下げた。

「……あ、あたし、ずっとレルムさんが好きです。あたしを……その……貰ってくれるんです……?」

 あまりの恥ずかしさに、言い切ることが出来ず思わず訊ねてしまうような言葉になってしまった。

 レルムはクスッと笑うと、リリアナの両頬に手を当てて真っ直ぐ見つめ返した。

「あぁ。私の生涯のパートナーはあなた以外考えられない。あなたでなければ駄目なんだ」

「……嬉しい」

 リリアナは目に涙を沢山溜めて満面に微笑んだ。

 もう一度、しっかりと抱き締めあう二人の元に、マーヴェラが抱きついてくる。そんなマーヴェラをレルムは抱き上げると優しく微笑みかけた。

「マーヴェラ。大きくなったね」

「ムー、お帰り! 大好き!」

 言葉数の増えているマーヴェラに驚いたような顔をしたレルムだったが、やがて満面の笑みを浮かべ二人をぎゅっと抱きしめる。

「ただいま。愛しているよ、二人とも」



 その後、二人は全ての人々から盛大な祝福を受けて式を挙げ、レルムは無事にデルフォスへ婿入りを果たして正式に二人は夫婦となった。

 マーヴェラは二人の養女として迎え入れられ、賑やかで、そして幸せに包まれた家庭を築いて行く……。

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王女なんてガラじゃない! 陰東 愛香音 @Aomami

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