第2話 頼介

 俺は北里頼介。趣味は食う事。職業は歌う事。

家族は息子1人。父子ってほど年が離れているわけじゃないけど、間違えなくカワイイ我が子だ。

だけど、悩みがある。そのカワイイ将太が、最近、俺を避けている気がするんだ。昔は喜んで仕事場までついてきたのに、それもなくなった。否、それは仕方ないと思う。いつまでも親にべったりじゃ、そっちのほうが心配だし。ただ、家の中でも俺と目が合うと、急にそっぽ向くんだ。それはちょっと悲しい。

そんな事を考えながら、レコーディングしていたものだから、注意散漫になって、歌詞を間違えてしまった。

「おい、RAISUKE。いい加減にしろよ。気の抜けた歌い方しやがって。これで何回目だと思ってんだ。だいたいいつもお前はボケッとして…」

 ギター担当でバンドのリーダーのGINJIが溜息交じりに説教を始める。GINJIはいつもボケッとしている俺の面倒をよく見てくれるアニキ的な存在だ。GINJIがいなければ、間違えなく、俺はバンドなんてやってはいないと思う。ちょっと口うるさいけどね。

「まあまあ、GINJI。RAISUKEがボケッとしているのは、今に始まった事じゃないだろ」

「そうそう。ライヴじゃないんだから、録り直しきくんだし。それにRAISUKEはライヴになれば、いつも気合入るんだから」

 USHIOとNAOTOがフォローしてくれる。家では一応、父親やっている俺だけど、バンドのメンバーの中では弟扱いだ。まあ、実際俺が一番年下なんだけどね。

「マネージャー!ヘアメイクとスタイリスト呼んでくれ!こいつは形から入らないと、ダメだ!」

 スタッフだけのレコーディングだったもんだから、俺達は衣裳やメイクを整えていなかった。他のメンバーも私服はそこまで派手ではないんだけど、俺は普段は本当にいい加減な格好で、とりあえず、服は洗濯してあればいいや~って感じで。洗いざらしのTシャツにジーパンという近所のコンビニくらいまでなら、ギリギリセーフかな~ってのが、今日の俺のファッションだった。

 結局、俺達はファンもいないスタジオで変身させられた。バックの演奏は既に録ってあって、今日は俺の歌を入れるだけだから、何も他のメンバーまで着替える事はなかったんだけど、俺の気分が乗るようにと、全員で衣裳を整えた。

 女はメイクが決まると気分が変わるというが、俺もそのようだ。気持ちが高揚していくのがわかる。音と詞の世界に入り込んでいく。

 俺は歌いだした。

「……。やっぱり違うな。GINJIはRAISUKEの扱いをよく心得ているよ」

「当たり前だ。俺はあいつがガキの頃から面倒みている」

 歌い終わった俺は、GINJIに視線をむけた。GINJIが黙って頷く。それで今日の俺の仕事は終わった。

「ご苦労さん、RAISUKE。今度は良かったぞ」

「あぁ」

 俺はニッと笑って、GINJIが投げて寄こしたペットボトルをキャッチした。

「お前、本当に格好が変わると、雰囲気まで全く変わるな」

 USHIOが不思議そうに、俺の顔を見る。まじまじと見られたので、反射的に睨み返しながら

「今更だろう」

 と言い返した。

「口調も少し変わるんだぜ。自分で気付いているか?俺達だって、格好が変われば、気分も変わるけど、お前は極端だよな。」

 NAOTOがUSHIOに同調する。

「イヤ、特に気にした事はないが…」

と言いかけて、不意に、将太の顔が思い浮かんだ。最近のあいつは、仕事中の俺を嫌っている。芸能人なんてヤクザな商売だからと考えていたが、もしかすると、こういう俺の二面性が嫌なのかもしれん。

「着替えてくる」

 俺はそう言って、控室に戻った。

 着替え終わると、メンバーはそれぞれ帰途についた。

そして、俺はというと、GINJIの車の助手席にいた。GINJIにメシに誘われたから。自慢じゃないが、俺はメシの誘いを断った事はない。

GINJIの車は、スポーツカータイプで、多分、高級車なんだと思うけど、車種は知らない。俺は車に興味がなくて、運転免許すら持っていなかったから。

「今日は車だからな。飲みはなしだぞ。メシだけだ」

 GINJIはそう言ったが、俺はそれで充分だった。酒は嫌いではないけれど、実はそこまで好きなわけでもない。GINJIもそれは同じだった。

 GINJIの車は、とある創作料理の店の駐車場に停まった。GINJIの行きつけ。俺も何度か連れてきてもらっている。

 店に入ると、顔馴染みの店員が個室に案内してくれた。

 GINJIが「いつものを」と言うと、それだけで店員には通じた。

「あ、俺の分は大盛りで!」

と言うのを、俺は忘れなかった。

 GINJIと店員は、顔を見合わせて、クスリと笑った。

「RAISUKE、いつまでも成長期じゃないんだ。少しは控えないと、俺ぐらいの年になった時に太るぞ」

 店員が部屋から出ていくと、そうGINJIが言った。

「大丈夫。俺、太っても気にしないから」

「そういう問題じゃないだろ。ファンが幻滅する。少しは自分の立場を考えろ」

こういうところは、本当に口うるさいんだよな。

 そうは言っても、GINJIが本気で怒っているわけでないのはわかっていたから、俺は運ばれてきた料理を遠慮なくいただいた。

「なあ、RAISUKE」

「ん?なぁに?」

 食べ物を頬張りながら、俺が応える。何となく「真面目な話だな」と直感した。将太もそうだけど、俺の事をよく知っているヤツは、俺が何か食べている時に真面目な話を振ってくる。

「将太君、いくつになった?」

「17。今、高3だよ」

「そろそろ、女作ってもいいんじゃないか?」

「彼女?いるよ。同じ高校の希美ちゃんってコ。すごく可愛いよ!」

 希美ちゃんは、ホントにいい子だ。俺はいつか希美ちゃんが、将太のお嫁さんになってくれないかな~と、思っているんだ。

「ちがう!」

「ん?」

「RAISUKE、お前、女いないのか?」

「は!?」

 俺はあやうく食っていたものを吹き出すところだった。そんな勿体ない真似はしなかったけど。

「お前、自分の年を考えろ。お前くらいの年の奴は、もっと恋愛を楽しんでいるぞ」

 GINJIが力説する。

「だって、彼女なんて、作ろうと思ってできるわけじゃないじゃん?」

「作ろうと思わなければ、絶対できん!」

「だって、俺、モテないし」

「そんなわけあるか!」

 GINJIはわかっていないようだけど、俺はホントにモテないんだ。女の子から告白された事なんて、一度もないし。派手な商売しているけれど、素顔を明かしていないから、誰も俺が芸能人だなんて、思わないし。

「お前、女が嫌いなわけじゃないんだよな?」

 GINJIが顔を近づける。

「なんだよ?」

「まあ、将太君のお母さんは、女だったわけだしな。でも、あんなのガキが近所のおねえさんに憧れるのと、変わらないだろ?」

 そう言われると、否定できない。将太のママは優しかった。でも、それしか思い出せない。

「まあいい。少し、自分の色気を自覚しろよ」

「色気?男が?」

俺が不思議そうな顔をすると、GINJIは

「男だからだ!変な気を起こされるなよ」

と、さらに意味不明な事を言ってきた。

 結局、その話はそこまでで、その日はGINJIに送られて、家路についた。

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