俺のオヤジはビジュアル系です。
ひよく
第1話 将太
俺は北里将太。17歳。高3。受験生。
勉強そこそこ。スポーツそこそこ。顔は悪くはない程度。
家族はオヤジ1人。正確には養父。公称年齢27歳。それが本当の年なのか、いくつか鯖読んでいるのかは不明。
死んだオフクロの彼氏で、母子家庭だった俺達親子の家に、いつの間にか住み着いていた。けれど、当時、オヤジは結婚できる年齢を下回っていたと言うから、多分、年は本当にそんなものなのだろう。
このオヤジが、メチャクチャ曲者なんだ…。
予備校から帰って、TVをつける。最近、人気を集めている女子アナが、今週のオリコンチャートを発表していた。
「さて、今週の1位はまたしてもこの曲です。さあ、どうぞ!」
ビジュアル系バンドのボーカルの顔が、アップにされた。派手なメイク。派手な衣装。独特の高音ボイスは、ファン達を魅了して止まない。デビューした10年前から、今でも人気絶頂のミュージシャンだ。
そして、次にソファーに目をやる。酔っ払いが寝入っていた。
「おい、オヤジ。頼介!起きろよ!」
俺はソファーを蹴飛ばした。それで目を覚ました酔っ払いは、体を起こして、子供のような顔で欠伸をする。
「よ、将太。おかえり。飯は?」
「マックで済ましてきた」
「じゃあ、俺の飯は?」
「てめえは、飲んできたんじゃねえのかよ?」
「飲んだけど、食ってはいない。腹減ったから、何か作れ」
俺は深いため息をついた。これが、受験生の親の態度だろうか。否、怒るまい。一応はこれでも俺の保護者だ。
そもそも、オヤジは自分で料理が出来ないわけではない。オフクロが死んで、俺がまだ自分で飯を作れなかった頃は、毎日のようにオヤジの手料理を食べていた。だが、俺が飯の作り方を覚えると、あっさりそれは俺の仕事になった。今では、炊事洗濯掃除、何一つやりはしない。
「簡単なものでいいなら、作ってやる。その間に風呂でも入ってこい」
俺はそう言って、オヤジを風呂場に追いやった。
俺のオヤジ、北里頼介。年齢は多分、27歳前後。只今、TV画面に映っているド派手なミュージシャンRAISUKEの正体である。
俺はもともと本当の父親を知らない。
オフクロは‘未婚の母’って、ヤツだった。
でも、それ自体は、今時珍しくもないだろう。
ところが、うちにはオフクロの彼氏も同居していた。
俺にとっては、よく遊んでくれる年の離れたアニキみたいな存在だったけれど。
オフクロも若かったが、オヤジはさらに若かっただろう。
俺が7つの時、オフクロが交通事故で死んだ。
オフクロに親類はいなかった。
俺はそういう子供達を集めた施設に入れられるのだと思ったが、どういうわけか、そのままオヤジとの2人暮らしが始まった。
オヤジがビジュアル系バンドR-GUNのボーカルRAISUKEとしてデビューしたのは、この頃だ。ちなみにバンド名は、メンバーの頭文字をとったという単純なものらしい。
要するに、俺と自分の生活費を稼ぐために、今まで趣味でやっていたバンド活動を本格化したのだ。ここで就職するとか、真っ当な道で稼ごうとしないあたり、オヤジらしいよ…。でも、まあこれだけ売れたのだから、才能があったのだろう。
そんな事を思い出しながら、俺は台所に立っていた。冷蔵庫をあさり、ありあわせの物だけで作れるいくつかのメニューを思い浮かべる。結局、ご飯に味噌汁、サラダ、豚の細切れを塩コショウで炒めた物、それに目玉焼きをつけてやった。
食事が出来上がった頃を見計らったように、オヤジが風呂から上がってきた。
「頼介、出来てるぞ」
「お、うまそ」
「大したものじゃねえからな」
「ありあわせの物で、それなりの物を作るのが、主婦の腕の見せ所だぞ。手の込んだ物なんて、たまに作れりゃいいんだからな」
「誰が主婦だ、誰が!俺は受験生だ!」
「そうか、そうか。んじゃ、いただきます!」
人の話を全然聞かずに、オヤジはテーブルについて、飯を食い始めた。
俺はなんとなく勉強する気も失せて、冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルと取り、オヤジの正面に座った。
目の前のとぼけた男と、先程までTVに映っていた男を比べてみる。RAISUKEは、クールさと妖艶さを売りにしていて、メイクのせいもあるが、表情が読めない。だけど、目の前の男は、犬コロのように表情豊かだ。見えない尻尾が、常に喜怒哀楽を表現している。
飯を食い終わったオヤジは、一生懸命尻尾を振って、何かを要求している。
「デザート?」
「そう」
「冷蔵庫に西瓜が切ってある」
そう言ってやると、オヤジはピューッと、台所に飛んでいった。
この姿…ファンが見たら、なんと言うだろう。
RAISUKEは、本名も素顔も公開していない。俺の周りにも、R-GUNのRAISUKEのファンだと言うヤツは結構いるが、誰もうちのオヤジだとは思っていない。そもそも、友人達には、俺は‘兄’と2人暮らしだという事にしてある。
「なあ、頼介。ちょっと真面目な話なんだけど」
「ん?」
西瓜を頬張るオヤジに真面目な話をするのは気が引けるが、この男は食っている時が、一番機嫌が良い。
「俺の進路。今のままだと、志望校危ないらしいんだよ」
「志望校って、どこだったっけ?」
「××大の経済」
「経済学なんて、興味あるのか?」
「就職率がイイんだよ。あそこの経済は」
「まあ、どこ行ってもいいぞ」
「だけど、ちょっと偏差値が足りないらしいんだ。それで、担任が三者面談やろうって、言うんだけど」
「おう、行ってやる。行ってやる」
「ちがう!頼介じゃ、受験の話されても意味わからないだろ。そうじゃなくて、佐久間さんに来てもらいたいんだ」
佐久間さんとは、RAISUKEのマネージャーだ。結構、有名な大学卒で、年齢から言っても、俺の父親と言って不思議はない。俺も可愛がってもらっている。
出来れば、このオヤジに学校には来てもらいたくはない。RAISUKEと同一人物だとは担任も知らないが、普段であっても、このオヤジは妙に目立つからだ。
「えー!俺が行きたいなぁ。三者面談なんて、楽しそうじゃん」
「全然、楽しくねえよ!」
尻尾がしょんぼりと垂れるのが、見えた気がする。
「どうしても、俺じゃダメなのか?」
ちょっと可哀相か?否、ここは俺の平穏な学校生活を守るためだ。
「佐久間さんに頼んでくれよ」
「…わかった」
オヤジは、トボトボと自室に引き上げていった。
翌朝、俺が起きた時には、既にオヤジの姿はなかった。朝食は1人で適当に済ませたらしい。これは珍しい事ではない。オヤジの仕事時間は不規則で、朝早い日も夜遅い日もある。俺はオヤジの仕事の時間なんて、はなから把握していないから、特に気にもとめなかった。
俺は自分の分の朝食を作り、1人で食べて家を出た。
学校へはバス通学だ。俺は決まった時間のバスに乗る。これ以上、早くに家を出る事も、遅くになって遅刻しそうになる事もない。何故かというと、2停留所先のバス停で乗ってくる人物を待っているからだ。
「おはよう、将太」
その人物は、バスに乗り込み、俺を見つけて笑顔を見せた。
「おはよう、希美」
同じクラスの平子希美、俺の彼女だ。ストレートの黒髪を垂らした可愛らしい女子高生。
何をやっても平均的で、特に目立つところのない俺が、唯一自慢できるものといえば、可愛い彼女がいるという事だろう。
希美は俺と同じく××大学の、文学部志望だ。というより、俺が希美と同じ大学を志望したのだ。ただし、希美は軽く合格圏内に入っているが、俺はかなり厳しい位置にいる。
「将太、今度、三者面談することになったんだって?」
「あぁ、俺の成績で××大学は、やっぱキツイかなぁ」
「ダメよ!絶対同じ大学に行くって、約束したじゃない」
「あぁ、そうだよな」
ただ、それにちょっと後ろめたさを感じる自分もいる。希美は無邪気に同じ大学に行きたいと言ってくれているが、そんな理由だけで進路を決めてしまって良いのだろうかと、俺は考えてしまうのだ。
「三者面談は、お兄さんが来るんでしょ?」
お兄さん…オヤジの事だ。
「イヤ、その、仕事で忙しいからな。親戚のおじさんが来るかもしれない」
「お兄さん、こんな大事な面談に来ないの?」
「イヤ、多分、来たいんだろうけど…。ほら!アニキ、受験した経験がないから、わからないんだよね。だからだよ」
「そうなの。お兄さん苦労人だもんね。若い頃から将太を養って。ところで、前から不思議に思っていたんだけど、お兄さんって、どんなお仕事しているの?」
「う!えーっと、普通の仕事だよ!真面目な仕事!アハハハハ!」
俺は適当にごまかした。
確かに不思議に思われても、仕方ない。年若いオヤジの収入だけで暮らしているにしては、妙に立派なマンションに住んでいて、暮らしに困った様子も見せていない。
「あ、そうだ!話は変わるけど、これ見てよ。」
希美は鞄を開けて、中なら真新しいCDを取り出した。
俺は溜息をつく。可愛い彼女の唯一のどうにかして欲しい点。
「また買ったのかよ。R-GUNのCD」
「昨日、発売だったのよ!予約特典のDVD付。」
希美はR-GUNの…というより、RAISUKEの大ファンなのだ。
「ねえ、まだこれ聴いてないの。将太と一緒に聴こうと思って。今日、予備校休みだし、放課後、将太の部屋に行ってもいい?」
「別にイイけどさ。俺は興味ないぜ。」
「将太もハマりなさいよ。それで、受験が終わったら、2人でライヴに行くの。」
「はいはい…」
そんな話をしているうちに、バスは学校前の停留所まで辿り着いた。
そして、放課後。約束通り、希美を連れて家に帰った。
「お邪魔します」
行儀良く靴を揃え、希美が家に上がる。
「ん?いらっしゃい」
ボサボサの髪、ヨレヨレのタンクトップにジーンズ姿のオヤジが奥から出てきた。口に棒アイスを咥えている。
「オヤジ、じゃないアニキ!いたのかよ…」
不在を期待した人物は、しっかりと在宅していた。
「あ、大丈夫。これまだ冷凍庫にいっぱい入ってるから。お前たちの分もあるよ」
「イヤ、アイスが欲しいんじゃなくて…」
「お兄さん、こんにちは。よかったら、お兄さんも一緒に聴きませんか?」
希美はニコッと笑って、R-GUNのCDを取り出した。どうやら、オヤジまでハメる気らしい。
「ん?R-GUNか。希美ちゃんR-GUNが好きなの?」
「ワーワーワー!」
まさか気付くとは思わないが、俺は大いに慌てた。
「何1人で騒いでんだ?将太」
「R-GUNというより、RAISUKEが好きなんです。」
「そうなんだ。でもR-GUNはRAISUKEだけじゃないよ。確かにバンドってのは、ボーカルが一番目立つけど、GINJIのギターは世界的に認められてるし、USHIOのベースもいい。NAOTOのドラムだって、最高だと思うけどな。」
「おにいさん…詳しいんですね」
「そりゃ、詳しいよ。なんたって俺は」
そこで、俺はストップをかけた。
「アニキ、ちょっと来い!」
オヤジの首根っこを引っ掴んで、ヤツの部屋に連れて行く。
「バラしてどうすんだよ!」
「まさかバラさないって。やっぱり、俺だけに人気が偏るのは、良くないからさ。メンバー全員あってこそのR-GUNだし」
「てめえのファンってのは、何万人いると思ってんだ!ここで希美1人をどうにかしても、意味はないだろ!」
「イヤイヤ、身近なところからコツコツと」
「いいから、てめえは自分の部屋から出てくるな!いいな!」
俺はオヤジに買ってきたお菓子類をすべて手渡して、扉を閉めた。これだけあれば、食い終わるまでは、大人しくしてくれるはずだ。
俺はようやく自分の部屋に希美を連れて、移動する事が出来た。
「あ~あ。お兄さん、追い出しちゃったの?私、結構、お兄さん好きなんだけどな」
「何言ってんだよ」
「まあいいわ。早く聴きましょ」
希美はCDをかけた。
激しい曲調、限界ギリギリの高音は、それでも聞き苦しくなく、聴く者を陶酔させる。ライヴでは、失神するファンが続出するらしく、毎回、救急車が出動する。
一部、英語になっている歌詞の意味がわからないのは、発音が悪いからではない。単に俺の英語力の問題だ。R-GUNの曲は、ギター担当のGINJIが作曲し、RAISUKEが作詞している。真面に学校には行っていなかったらしい頼介が、どこで英語を覚えたのかは全くの謎だが、海外に行っても困らない程度の英語力はあるらしい。俺は苦労して英単語を覚えているってのに、本当に謎なヤツだ。
「やっぱりRAISUKEの声はいいわね!最高よ!」
「そーだねー」
「台詞が棒読みね、将太。」
「だって、俺は興味ないって言ったじゃん」
そもそも、RAISUKEの声なら、さっき聞いたばかりだろ…肉声で。
「RAISUKEはそこらのアイドルなんかとは、全然、違うのよ。歌は最高に上手いし、目力があるでしょ?」
「目力ねえ。化粧のせいじゃね?」
「違うわよ!私なら、RAISUKEがスッピンだって、絶対にわかるわ!」
なら、気付けよ…イヤ、気付いたら困るんだけどね。
なんて、興味のないふりをしているが、実は俺もRAISUKEの歌は好きだ。RAISUKEには女性ファンばかりでなく、野郎のファンも多い。
ぞくりとするような色気は、女よりも、むしろ男を興奮させる。オヤジには口が裂けても言えないが、俺もその中の1人なのだ。
と、部屋の扉の向こうに人の気配を感じた。
「らいす…じゃない、アニキ!何やってんだ!」
「腹減ったー。夕飯。希美ちゃんも食べて行きなよ」
「は~い。ありがとうございます」
「てめえが、作るわけじゃねえだろ!」
「うん。早く作れ。今夜はカレーがいい」
本っっ当に、コイツの頭の中は食い物だけだ!
最近、俺は‘RAISUKE’をやっているオヤジを生で見ていない。もっと子供だった頃には、仕事場に連れて行かれる事もあったのだが、今はそんな事もなくなった。否、今でも頼めば連れて行ってくれるのだろうが、俺が‘RAISUKE’を避けるようになった。
あの声と視線がダメなんだ。自分のオヤジに、抱くはずのない感情を抱かせる。
女であれ、男であれ、ヤツのファンは皆そうなのだろう。女のファンなら、特に悩む事はないかもしれない。野郎のファンなら、口には出さないだろうが、自分の性癖は異常ではないかと悩むかもしれない。だが、曲がりなりにも‘父子’という関係である俺の悩みは、ゴマンといるヤツのファンの中で、最も深刻だ。
そんな俺の気も知らないで、オヤジはカレーライスに夢中だ。成長期の俺の何倍も食うくせに、体型は崩れない。よく引き締まっていて、程良い筋肉がついている。
「お兄さん、相変わらずよく食べますね」
「うん。将太の作る飯は美味いから」
「俺の作った物でなくても、てめえはよく食うだろうが」
「うん。俺、好き嫌いないから」
何となく話の筋が通っていない。
「そう言えば、将太。明日の三者面談だけどさ。佐久間さん、行ってもイイって」
「ホントか!?良かったぁ」
「サクマさんって、将太の言っていた親戚のおじさん?」
「ううん。俺のマネージャー」
「マネージャー???」
「ワー!違う違う!親戚だよ!えーっと、そうそう、マネージメント会社に勤めてる人!」
「あ、そうか。マネージメント会社の人って事は、経済学部には詳しいよね」
オヤジは天然なのかバカなのか、ときどき危うい発言をするから、注意が必要だ。
しかし、良かった…佐久間さんに来てもらえるなら、明日の三者面談は安心だ。
その日の翌日、俺は校門の前で佐久間さんと待ち合わせていた。
「あ、佐久間さん」
「将太君、こんにちは」
「忙しいのに、すみません」
「ホント、忙しいんだよ~。マネージャーはタレントの倍は働いているんだから」
とは言ったが、佐久間さんはニコニコと嫌な顔一つしない。
俺と佐久間さんは連れ立って、校舎の中に入り、教室の前に辿り着いた。
志望校が危なくなって、今日、三者面談となったクラスメイトは数名。俺達の順番はその最後だった。
最後から2番目のヤツらが終わり、俺達の順番がまわってきた。俺と佐久間さんは、教室に入った。担任の三村(40歳独身・多分彼女なし)が、面白くなさそうな顔(いつもの顔)で、座っていた。
「将太の親類の佐久間と申します。いつも将太がお世話になっています」
佐久間さんは丁寧に挨拶をしたが、三村は横柄に頷いただけ。こういうヤツなんだ、三村は。
俺と佐久間さんは席に着くと、いきなり三村はこう切り出した。
「北里の成績はご存知ですか?」
「実はあまり詳しくは知りません。お恥ずかしい事です」
「どん底ですよ。はっきり言って、よくこれで××大志望などと言えたものです。まあ、進学したいなら止めません。今は名前を書いただけで合格できる三流大もありますから。そういうところを志望する事ですな」
そう言われて、佐久間さんはこう切り返した。
「本人の現状からして、目標とするところが高いのはわかりました。ですが、簡単に目標を変えろというより、どんなに厳しくともそれに到達する方法を考えてみる事も大切ではないでしょうか。もし浪人という事になったとしても、将太の保護者はきっと応援してくれると思います。そういう事に拘るタイプではありませんから」
まあ、確かに俺が浪人すると言っても、オヤジが反対したりはしないだろう。というより、大学に行こうが行くまいが、気にしたりはしない。勝手にさせてくれるはずだ。幸い、経済的余裕はある事だし。
そんな事を思っていると、三村がフンと鼻を鳴らした。
「北里の保護者ですか?兄という事ですが、何の仕事をしているのかさえ、家庭調査票に書いてこない。まあ、あの年で弟を養えるほど稼いでいるという事は、どうせいかがわしい仕事でしょう。今日だって、大学受験の意味もわからないから、顔も出せなかったんでしょう。どうせ碌な大学には行っていない、いや失礼、高卒、いや中卒ですかな?まったく、家庭環境が悪い生徒は、成績にすぐ反映されますな」
さすがにこれには俺もカチンときた。
「オイ、みむ…」
と、言いかけた俺を佐久間さんが制する。
「失礼ですが、彼は将太の将来を誰よりも心配しています。本来でしたら、今日も彼が出向くべきだったし、本人もそのつもりだったのですが、仕事の都合で、やむなく私が代理を務めさせていただきました。志望校についてですが、まだ夏休み前ですし、これからの巻き返しも可能かと思います。私は△△大卒ですが、高3の1学期末の偏差値は50を切っていましたよ」
そういうと、もう話は終わったとばかりに、佐久間さんは席を立った。俺もそれに従った。そんなこんなで、険悪なムードのまま、三者面談は終了した。
その帰り道。おれは佐久間さんに車で自宅まで送ってもらっていた。
「ありがとう、将太君」
「へ?」
「あんな失礼な教師がいるとは思わなかったよ。RAISUKEが傷付かないように、あえてRAISUKEを連れて来なかったんだろ」
イヤ、俺はオヤジの天然ボケ発言を防止するために連れて来なかったんだけど…。
「RAISUKEは繊細なところがあるからね」
あったっけ?あのオヤジに。
「RAISUKEは間違えなく、将太君を愛している」
直線的な言い方に、俺は慌てた。
「え、オヤジに愛してるって言われても、困るんですけど」
「変な意味ではないよ。でも、今回の新曲だって、将太君のために詞を書いたって言ってたんだから」
「へ!?」
「頼介の歌は、熱狂的なラブソングだと思っているファンが多いけど、実際に気を付けて聞いてみると、家族への愛を歌ったものがほとんどだよ。‘I love you.’は何も恋人のためだけのフレーズじゃない。今回の新曲はもう聞いた?‘今は抱きしめたい 明日は俺のもとから去っていくとしても’なんて歌詞があるだろ?こんなの完全に、巣立つ子供を見送る親の心境だよ」
ドキリとした。動揺を隠すように、俺は答えた。
「イヤ、抱きしめられても困るし。俺、もう高3なんですけど」
「比喩的表現だよ。今度、じっくりアイツの曲を聞いてあげなよ」
そこで、車が自宅のマンション前まで辿り着いた。俺は佐久間さんに送ってもらったお礼を言うのも忘れていた。
家に帰ると、何となく疲れて、そのまま眠ってしまった。
そして、久々に夢を見た。オフクロが死んだ時の。
突然の交通事故。即死。昨日まで元気だった母親がもう帰って来ない。警察署の母親の遺体の傍で、呆然としていた俺。
その時、霊安室に飛び込んできて、俺を抱きしめたのは頼介だった。俺はようやく泣き出した。泣き疲れて眠って、また目が覚めても、俺は頼介の腕の中にいた。
俺は当時から、頼介が好きだった。だけど、大好きな頼介ともお別れだと、子供心に思っていた。母親の恋人だったんだ。母親が死んだら、もう俺とは赤の他人だ。
だけど、頼介は当たり前のように、俺達が住んでいたアパートに俺と一緒に帰って、母親の弔いを済ませ、その後も自然に俺と2人暮らしを始めた。
きっと落ち着いたら、どこかの役人が来て「キミは明日から施設で暮らそうね」と言われるとばかり思っていたのに、役人はいつまで待っても来なかった。
母親恋しさに、夜になると泣き出す俺を、頼介は毎晩抱いて眠った。父というには若すぎて、兄というには頼もしく…。ただ、俺の頼れる人間は、頼介だけだったのは確か。
そう、久しぶりにその頃の夢を見ていた。
「将太。おーい、将太!」
目が覚めると、オヤジが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「なんだよ、オヤジ。飯か?」
「うん。腹減ったから、呼びにきた。でもお前、寝ながら泣いてたからさ」
「え?泣いてた?俺が?」
慌てて、自分の頬に手をやると、確かに涙の跡があった。
俺は恥ずかしさに赤くなって俯いた。
そんな俺の顔を覗き込んでいたオヤジは、ポンと俺の頭に手をやった。
「怖い夢でも見たんだろ?しょうがない。今日の晩飯は久々に俺が作ってやるよ」
そう言って俺のエプロンを着けた頼介は、台所に向かっていった。
オヤジの作った飯は美味かった。俺の作る飯は美味いと、いつも頼介は言っているが、本当はオヤジのほうが料理上手なんだ。俺も同じように作っているはずなのに、何故かコクの深さが全くちがう味噌汁をすすり、俺はまた意味もなく泣きたい気持ちになっていた。
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