第3話 将太
オヤジの帰りが遅い。
時計の針は12時を廻っていた。
だが、別に心配しているわけではなかった。
オヤジの仕事の時間なんて、はなから把握しているわけではないからだ。
問題は、この時間に帰ってきて飯を要求された場合だ。
俺はこれでも受験生。
世間の親なら、こんな時間まで机に向かう受験生の息子に、美味しい夜食でも作ってくれるのだろうが、残念ながらオヤジにそれは期待できない。
そんな事を考えながら、勉強に集中できずにいると、玄関を開ける音がした。
と同時に、オヤジの声がする。
「ただいま~」
俺は飯の支度の必要性を確認するために、リビングまで行った。
「食ってきたのか?」
「うん、GINJIに誘われて食ってきた。」
「そうか」
飯を作る手間が省けた事を喜んで、部屋に戻ろうとする俺を、何故かオヤジが呼び止めた。
「なあ、将太」
「なんだよ?」
「俺って、なんでモテないんだろう?」
「はぁぁぁ????」
俺はオヤジの言っている意味がわからなかった。
「オヤジ…お前、自分がモテないと思ってんのか!?」
歌声と視線だけでファンを失神させる男が?
「だって、女の子に告白された事なんて、一度もないし、今まで付き合った女の人って言ったら、お前のママだけだし、それだって、ガキ扱いだったから、真面に付き合ったって言えるかどうかわからないし。」
俺は正直、オヤジに恋人がいないわけはないと思っていた。
不規則な仕事時間帯を利用して、俺にわからないように恋人と会っているものとばかり思っていたのに。
「オヤジ、本当に彼女いないの!?」
「いるわけないじゃん。」
俺は驚きのあまり、マジマジとオヤジの顔を見た。
(本当にモテないんだ…コイツ)
確かに、素顔だけを見れば、とぼけた男だし、コブツキだし、職業不詳だし、モテないのかもしれない。
「でも、なんでいきなりそんな話になったんだ?」
(好きな女が出来たとか?)
「う~~ん、GINJIが変な事言い出してさ」
「変な事?」
「まあいいや。今日はもう寝る。将太もあんまり夜更かししないほうがいいぞ」
頼介はそう言うと、自室へと消えていった。
(GINJIさんに何言われたんだろう?)
それが気になって、俺はその夜は碌に眠る事が出来なかった。
翌朝、俺はいつものように、学校へ向かうバスの中にいた。
俺が出掛ける時間には、オヤジはまだ寝ていたから、奴の分の朝食も作っておいた。
朝っぱらから、よく食うオヤジのために、十分すぎるほどの飯とおかずを用意して、家を出た。
(ホントに俺、主婦だな…)
自分で何もできない奴ならともかく、そうでないオヤジのために、何故か必要のない世話を焼いてしまう。
主婦というより、母親だ。
もうここら辺で、いい加減‘受験生’にならないと、マジでヤバイ。
でも、俺は今、‘やる気スイッチ’が押された状態になっている。
希美と同じ大学に行きたいというのもあるのだが、佐久間さんに来てもらった三者面談が、俺のモチベーションに繋がっていた。
「おはよう、将太」
希美がいつものバス停から乗車してきた。
他愛もない会話を楽しみながら、いつものように登校した。
そう、ここまでは俺のいつも通りの日常だった。
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