第6話 頼介

「お疲れ様で~す」

「お疲れサマでした~」


今日は音楽番組の収録だった。

周りにはR-GUNのメンバーやその他何組かのアーティスト、スタッフの連中が撤収作業を始めていた。

俺はまだ歌い終わったばかりで、気分が高揚している時だった。

「今日も良かったぜ、RAISUKE!」

USHIOが声をかけてきた。

「そうそう。この曲、人気があるわりに、カラオケではあんまり歌われてないらしいぜ。まあ、こんな曲、歌いきれるのはお前くらいだよ」

NAOTOもそれに同調する。

「素人が簡単に真似できるようじゃ、プロを名乗る資格がないだろう」

と俺は応じた。


その時だった。

「あの…」

と、小さな声で俺に話しかけてきた女性がいた。

最近、人気が出始めたアイドル歌手だ。

俺の目から見れば、女性というより、女の子。

この業界の公称年齢は当てにならないものだが、まあ希美ちゃんと大差ない年齢だろう。


「何か?」

俺が訊くと、黙って小さなメモを差し出してきた。

意味が分からずにいると、横からGINJIが出てきた。


「ハルカちゃん、これは後で俺が責任を持って、コイツに渡すから」

その言葉で、俺はそのアイドルが‘ハルカ’という名前である事を知った。


R-GUNには、各メンバーそれぞれに控室が与えられている。

俺は自分の控室に戻って、メイクを落として着替えていたところだった。

自分も私服に戻ったGINJIが、俺の控室にやってきた。


「おつかれ~GINJI」

またメシでも食わしてくれるつもりなのかと思い、俺は喜んで出迎えた。

ところが、GINJIは

「ほら」

と言って、さっきの女の子のメモを差し出した。

「食事でも誘ってやれ」

「は?」

俺はさっきのメモの何が書いてあるかわからなかったが、よく見ると、TEL番号とメアド、LINEのIDが書いてあった。


「なんで、この子とメシ行くの?」

「バカヤロウ、新人アイドルがお前みたいなヤツに告白するのが、どれほど勇気がいるか、考えてみろ。だいたい可愛い子じゃないか。年もお前と調度いい釣り合いだ」

「この子、俺に告白してたの?」

「告白とまではいかなくとも、デートに誘ってほしいってことだ。それくらい、俺に説明されなくても、理解してくれ…」

「そうだったんだ!気付かなかった。でも、この子、高校生くらいでしょ?将太とならいい釣り合いかもしれないけれど、俺とじゃ…」

「何言ってやがる。彼女はとっくに20歳は超えている。最近のアイドルは皆、若く見えるんだ。」

そういうと、GINJIは、勝手に俺のスマホを取り出し、電話した。

そうして、呼び出し音のなるスマホを俺に押し付ける。

「はい」

さっきの女の子…ハルカちゃんが出た。

俺はちょっと困ったけれど

「さっき連絡先もらったRAISUKEだけど」

と答えた。

「え!?RAISUKEさん!?まさか本当に連絡いただけるとは、思っていませんでした」

横でGINJIが睨みを利かせている。

仕方なく俺は

「良かったら、今からメシ行く?」

と誘った。

「はい!喜んで」


そうして、将太のママを除いて、俺の人生初のデートが決まった。


彼女と近くで待ち合わせしたけれど、彼女は俺に気付かなかった。

そりゃ、そうだよな。

すっぴんの俺を見て、気づくヤツなんて、ほとんどいないんだ。

だから、俺はこっちから声をかけた。


「ハルカちゃん」

ところが、彼女は全く無視。

真正面に立っていたのに、聞こえないふり。

もう一度

「ハルカちゃん」

と呼ぶと、

「人違いです」

と言って、その場を立ち去ろうとしてしまったので

「俺、RAISUKE。さっき電話したR-GUNのRAISUKEだよ」

と言って、呼び止めた。

「え!?」

彼女は吃驚した顔で振り返った。

「RAISUKE…さん?」

「うん、北里頼介。よろしくね」

地顔では初対面だから、俺はそう挨拶した。

「すみません…全然わからなくて。私服になられると、随分雰囲気が違うんですね」

「うん、よく言われる」

「‘北里頼介’って、本名ですか?」

「うん、そうだよ」

「嬉しい…本名、名乗っていただけるなんて!私、本名は持木春香っていうんです。よろしくお願いします!」

彼女も本名を名乗ってくれた。


そんな俺たちを尾行する男達の存在に、この時点ではまだ俺も春香ちゃんも気付いていなかった。

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