真相編 その4

 そうして困難な時間は重くゆっくりと過ぎていく。手術開始から約3時間後、ようやく手術中のランプは消えた。


「先生! 彼は……」

「残念ながら……」

「そんな……!」


 手術の報告を聞いて肩を落とす彼女に、医師はにっこりと笑うとその続きの言葉を口にする。


「人の形では無理だったが、命はとりとめたよ」

「あの、それって、どう言う……?」


 医師は困惑する彼女を特別室に案内する。長い廊下を歩いた先、その部屋の扉を開くと、そこには大層立派なうしが待ち構えていた。この展開に理解が追いつかない彼女は、思わず医師にこの状況の説明を求める。


「あの、このうしは?」

「彼だよ。このうしに彼の意識を移植した」

「そ、そんな事が?」


 そう、反応弾の除去には何とか成功したものの、その時のちょっとした手違いで彼の精神は修復不能な程の大ダメージを受けてしまったのだ。このままでは彼はもう人として生きる事が出来なくなる。

 何かいい方法がないかと解決策を考えていた時、ちょうどこの病院で飼っていたうしを利用出来ないかと医師が提案する。他に何の策も思い浮かばなかった僕はその案に賛成。無我夢中で池田の意識をうしの脳に移植したのだ。


 脳自体ではなく、意識の移植と言う医学的にも未知の領域の挑戦と言う事で、この手術の成功の確率はかなり低い。

 しかし、カクヨムで使われるあの星の仕組みを利用した精神の具現化システムがうまく作用して、奇跡的に人からうしへの意識移植は成功したのだった。


「ふんもおお~」

「ごめん、人の姿のまま救えなくて」


 こんな結果になってしまった事を僕は彼女に謝罪する。彼女は長時間の作業で疲れている僕を労いながら、それでもまだ現実を受け入れられないようだった。


「いえ、いいの、彼がまだここにいるのなら……でも本当に彼なの?」

「この脳波から直接意思疎通の出来るデバイスを使えば会話も出来るし、創作活動も出来る」


 この質問には僕の代わりに医師が答える。医師はうしの思考を言語化するアプリを小型端末にインストールしていて、それを利用してみせた。うしの脳に仕込んだ発信機から届くデータを受信して画面には次々に文字が入力されていく。

 その文章を読んだ彼女は体を震わせ、顔を歪ませながら口を開く。


「本当ね、この文章は彼だわ」

「ふんもおお~」


 こうして、人間だった池田はうしとして第二の人生を歩む事となった。


 それから僕は彼女達と別れ、カクヨム生活を満喫する事になる。諜報員の仕事もきっぱり辞め、晴れてこの街に住む新人ワナビとしての生活を始めたのだ。


 自作の評価もボチボチ貰えるようになり、その度に創作の楽しさを僕は実感するようになっていた。カクヨムの歴史についての書籍も集め始め、過去の騒動などの事件も知った。その中でもやはり『オレオ』事件は自分の中でも衝撃的だった。それらの書籍は自室の棚に収めてある。


 そうしてまた半年程の時が流れ、あの突然の戦闘から街もすっかり以前の姿を取り戻していた。


「ふぅ~。今日は天気もいいし、久々にあの区画にも行ってみるかな……」


 その日はとてもいい天気だった。天気が良いと機嫌も良くなるって事で、僕はあれ以来避けていた元戦闘区画に足を運ぶ。復興したと言う情報をこの目で確かめたいと言う動機もあった。

 その場所に着くと、確かに報道の通りに街はすっかり元の姿を取り戻していた。


 一度壊して作り直したおかげで新しいお店なんかも出来ていて、このエリアは今では結構人気のプレイスポットになっていた。うん、これならもう大丈夫そうだ。

 復興した街並みを鼻歌交じりに歩いていると、そこに懐かしいシルエットが目に飛び込んで来て、僕は思わず声を上げてしまう。


「あっ!」

「ふんもおお~!」


 それはうしになった池田だった。彼は今、あのメガネブ――例の彼女に世話されていると聞いていた。どうやら今も仲睦まじく暮らしているらしい。

 僕は懐かしくなって久しぶりに挨拶でもしようと、うしのいる方に近付いていった。ある程度近付くと、うしもまた僕の存在に気付く。


 しかしどうにも様子がおかしかった。僕の顔を見たうしは興奮し始めていたのだ。盛んに地面を足で蹴っている。これは、突進の兆候だ――。まさか……。


「ちょ、ま、僕はもう政府とは縁を切ったんだ! 今は君達の仲間だよ!」

「ふんもおお~っ!」


 興奮した牛に僕の言葉は届かない。どうやらあのうしの中の僕はまだ敵対組織のエージェントと言う認識なのだろう。おかしいな、確かに池田の意識は正しく牛の脳に移植出来たはず――。

 いや、池田は最初からそう言う性格だったのかも知れない。用心深く、すぐには人を信用しない、そう言う厄介な――。


「し、信じてくれよ! 君だって救っただろ!」


 僕は何とか彼を説得しようと言葉を尽くす。付き添っていた彼女もうしの暴走を何とか止めようとしてくれている。

 けれど一度興奮状態になったうしの暴走は止められるはずもなかった。何故なら意識は人間でも身体は牛、本能もまたうしそのものだったからだ。興奮したうしを止められないのは闘牛などの映像を見ても明らかだ。


 興奮状態がマックスになったうしは彼女の静止を振り切り、ついに僕に向かって突進を始める。


「ふんもおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うわああああああああああああああああ!」


 走ってくる大型生物を目にして、僕は一目散に逃げようとしたけれど――その決断は余りにも遅過ぎた。強烈なうしアタックを受けた僕は軽く宙を舞う。

 それから先の事はもう何も覚えていない。うう……なんてついてないんだ。

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