真相編 その3

 今まで娯楽が禁止されていた為に一切の娯楽に触れていなかった事もあって、その未知の刺激は危険な程に輝いて見えた。そして一度知ってしまうともう歯止めが効かなかった。この魅力、国が恐れるのも無理はないと改めて実感する。


 しかし、だからと言って国もこれをうまく利用する術を思いつかなかったのだろうかとも思う。何でもすぐに禁止して、それを存在しないものにしてしまうのは余りにも短絡的で悪手だ。


 こんな考えを抱いてしまった時点で僕は諜報員失格だ。失格ついでに言えば僕はこの街が気に入った、好きになっていた。任務を遂行するどころか、どうすればこの街を守れるのか、そればかりを考えるようになっていたのだ。もはやこの街の外で僕が生きる事はもう出来ないだろう。


 やがて僕がこの街で生活を始めて半年が過ぎようとしていた。僕はすっかりこの街の一般的な住人と化している。そんなある日、今まで平和そのものだったこの街に似つかわしくない不穏な響きの警報が突然街中に鳴り響いた。


「戦闘だ、みんな避難を!」

「な、こんな場所で?」


 突然の戦闘の警告に僕は混乱する。少なくとも僕はこの街に危険要素はないと言う情報を送り続けていたはずだ。誰かがこの街を危険だと判断した情報を送ったのか、それとも内偵情報などお構いなしに上層部が暴走したのか――。いくら考えたって答えなんて出る訳がなかった。


 僕がこの突然の異常事態にパニック状態になって身動きが取れなくなっていると、あの時のメガネブ――個性的なフェイスのおねーさんが声をかけて来た。


「何やってるの? あなたも早く!」

「だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫、この街にもエージェントがいるわ、負けないわよ」


 僕は彼女に導かれ、街のあちこちにある非常用シェルターへと非難する。銃撃戦の音はしばらく続き、集まった住人はみんな不安な色を隠せないでいた。

 短いようで長い時間は過ぎ、やがて激しかった銃撃戦の音は静まる。その雰囲気からして、どうやら戦闘は終わったようだった。


「追っ払ったぞ! もう安心だ!」


 僕らは安全を確認してようやくシェルターから街に戻った。あちこちにさっきまでの戦闘の爪痕が残るものの、被害は思ったより軽いもので済んでいた。それはこの街のエージェントが優秀な証拠でもあるのだろう。

 それにさっきの戦闘は軍隊が指揮した大掛かりなものと言うより、一部の暴走した勢力が先走った突発的なもののようにも感じられた。僕は破壊された街並みを見渡しながら彼女に質問する。


「こんな事はよくある?」

「昔はそうだったけど、最近は滅多にないわ。それに年々破壊勢力は弱まって来ている。きっとまた国中で娯楽を楽しめるようになる日もそう遠くはないはずよ」


 そう話す彼女の声には願望も混じっている気がしたものの、その言葉通りになる未来を僕も信じたかった。その時、先の戦闘で負傷したらしいカクヨム側のエージェントの情報が耳に飛び込んでくる。


「大変だ! 池田がやられた!」


 池田――その言葉に聞き覚えがあった僕は彼女と共にその声のした方に駆け寄った。傷ついて倒れているそのエージェントを見た時、僕の懸念は現実のものとなっていた。

 彼は以前僕が別の仕事で戦闘員をしていた頃、何度も敵として立ちはだかって来た言わばライバル的存在だったのだ。まさかこんな所でも出会うだなんて。


 僕は横たわる池田の体の傷を見た瞬間、驚きのあまり思わず言葉を漏らす。


「最新の対創作力反応弾が使われている……。早く処置しないと大変な事になるぞ……」

「あなた、詳しいのね」

「ここに来る前、外の世界でちょっとね」


 彼とは以前の仕事上の対立相手でしかなく、もう何の感情も抱いていない。それどころか、今では同じ創作仲間として僕は何とかして池田を助けたいと思っていた。だから病院に運ばれる彼に一緒について行く事にしたんだ。何か僕にも出来る事があるかも知れないと、そう思って。

 そして何故か彼女も僕と一緒に付き添って来ていた。もしかしたら池田と彼女は知り合いか、若しくはそれ以上の関係なのかも知れない。


 病院に着いた彼はそのまま緊急処置室に運ばれる。この病院にアレを除去する技術を持つ医師がいればいいのだけど――。

 しばらくして、瀕死の池田の容態を診た医師が僕らの前に顔を出した。


「先生、彼は……!」

「ここの施設ではあれの除去は大変難しい……最悪も覚悟しておいてください」

「そんな……」


 医師の言葉に打ちひしがれる彼女を見て、僕は自然に声が出ていた。


「僕が手伝います!」

「え?」


 この突然の申し出に医師は困惑している。それは当然だろう。僕の見た目はただの一般人にしか見えないし。医師は僕の姿を上から下まで品定めするように眺め、それから不思議そうな顔をして口を開く。


「君? 医療関係者か?」

「腕に覚えはあります。役には立つはずです」


 僕の強い主張に医師も根負けする。早速着替えて手術室に入ると、寝かされている池田と目が合った。


「お、お前は……」


 やはり彼の方も僕の事を覚えているようだ。因縁の相手だったからな、当然だろう。池田は僕の顔を見るなり何か言いたそうな雰囲気になっていたけど、今は状況が状況だけにそれを許す訳には行かなかった。


「今は黙って。君を助ける」


 僕はそう言いながら彼に撃ち込まれた対創作力反応弾除去作業の準備に取り掛かる。各種器具のチェックと作業手順の確認を行っていると、それを目にした池田が苦しそうに顔を歪めながら口を開く。


「む、無理だ……もう……俺は……。それに、お前に……助け……られるなんて……」


 麻酔が効いて彼はその言葉を最後に意識を失う。それから僕と医師での緊急手術が開始された。正直言って成功する自信なんてこれっぽっちもなかった。


 腕に覚えがあると言ってもそれは知識と後はシミュレーションで除去作業を学習した程度に過ぎない。実践はこれが初めてだった。この作業、下手すると反応弾が暴発し、周囲約半径1Kmの創作者の創作意識を破壊してしまう。その最悪の事態だけはどうしても避けなければならなかった。

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