真相編 その2

 カクヨムの歴史ならここに来る前に散々叩き込まれている。僕は怪しまれないようにその知識を彼女に披露した。


「それから政府の弾圧で多くの街が潰され、その避難民が多数押し寄せて来た結果、カクヨムはどんどん大きな街に発展していったと」

「そうよ、あなた私に聞かなくてもよく知ってるじゃないの」


 街の歴史を口にした僕を彼女は上気した顔で褒め称える。その言葉が僕には少しこそばゆかった。


「街の歴史ならね、だから憧れた」

「この街だって全くの無傷ではなかったわ。けれど街の規模が大きくなったから十分に対抗出来た。意思を通せたのは結局は数の力だったのよね」

「それは、この世界全ての真理だよ」


 国の中に反政府的なものが存在する事を許容する政府なんてない。カクヨムだってその創立時には政府からの猛烈な反発があった。この事を熱心に話す彼女はきっとカクヨムが出来た頃からこの街と関わっていたのだろう。彼女は真剣な顔で更に言葉を続ける。


「そう、今までに何度も国の破壊勢力と戦ってようやく手に入れた自治権よ。誰にも壊させやしない」

「まだ破壊を望む勢力が?」

「スパイが入って来ているって噂は絶えないわ。真相は分からないけどね」


 そう言ってまたにやりと笑いながら見つめる彼女の眼差しに、僕は飽くまでも他人事という体でこの話に付き合った。


「それは怖いな」

「案外あなただったりして」


 彼女の言葉が鋭く僕の心臓を貫く。まさか、バレた? 動揺を隠す為にグラスに残った液体を一気に飲み干すと、僕は冗談っぽく言葉を返した。


「だとしたら?」

「……冗談よ、あなたには無理ね」

「何故?」

「目を見れば分かる。あなたは創作を楽しむ人の目をしてる」


 試されているのか、遊ばれているのか、彼女の真意は分からないまま、彼女との会合はこうして終わる。どうやら彼女の方もただの親切心で僕に接触を図っただけらしく、怪しまれる事も、ましてやその先に誘われる事もなかった。

 彼女が美人だったならこのまま何もなく別れるのを残念に思うところだったけれど、今の僕はそうじゃない事を幸運に思っていた。


 連絡先を交換した後、別れ際に彼女は新人ワナビの僕に最後のアドバイスをしてくれた。


「新しく入った入植者には街から漏れなく家が与えられるわ、そのIDの場所で今日から暮らせるわよ」

「分かった、色々と有難う」

「いつかあなたの作品も読ませてね。いい創作ライフを!」


 お節介な彼女と別れた後、僕はそのアドバイス通りにIDに示された場所へと向かう。そこには確かにワナビ一人ひとりに与えられる家があった。居住区にはまだまだ余裕があるらしく、見たところ空き地も多く残っている。

 しかし建設ラッシュは続いており、建築中の家が沢山確認出来た。そんな景色を横目にしながら、IDを使ってあてがわれた自分の家の鍵を開けると、その中は僕の為に用意された場所となっていた。


「ここが僕の部屋か、必要最低限な設備しかないけど……。うん、悪くはない」


 僕は部屋を見渡すと荷物を床に置いてベッドに寝転がる。シンプルな部屋が好きな僕はすぐにこの部屋を気に入った。初日の疲れもあって、僕は何も出来ずにそのまま深い眠りに落ちてしまった。


 泥のように深い眠りに着いた僕は、それから朝になるまで一度も目覚める事はなかった。しっかり熟睡したお陰で次の日の朝の訪れに自然に目が覚めた僕は本来の仕事を思い出し、早速行動を開始する。


「さて、今日から内偵を始めるか……」


 着替えた僕は昨日家に着く前に買っていたパンと牛乳で朝食を済ませ、早速街の探索を始める。来たばかりで勝手が分からないため、コンビニで街のガイドブックを購入して、それにそって観光客気分で歩き始めた。最初に足を運ぶのはやぱり一番活気のあるエリアからだろう。


「流石異世界ファンタジーは勢いがすごいな、圧倒される」


 かつて娯楽が栄えた頃、一番人気のあるジャンルは異世界ファンタジーだった。御多分に漏れず、カクヨムでの人気もやはりこのジャンルが一番栄えているようだ。かつて見た事のあるようなその賑わいに僕はデジャブのような感覚を覚えていた。


 しかし、カクヨムがかつてのその手の街と違うところは、人気ジャンル以外での賑やかさだった。ここではたとえ人気ジャンルでなくてもその活気は人気ジャンルに引けをとらないくらいに賑わっている。こんな現象はカクヨムならではのものと見ていいだろう。


「他の区画も負けないくらい活気がある、すごい……」


 僕はジャンルによって別れている区画を順に回りながらカクヨムのコンセプトである「書ける、読める、伝えられる」を実感していた。街を歩きながら、僕はこの街ならではのシステムに改めて感心する。それが作品を評価する時に使われる星と言うシステムだ。


 星は読者の心の力を媒体に作られ、読者がその作品を読んで感動した時に、その心を動かされた度合いによって星を作者に捧げる事で表現する。

 いいと思った時は星をひとつ、すごくいいと思った時には星を2つ、これは最高と思った時には星を3つと、ひとつの作品辺りに最大3つまでの星を捧げられる。


 全ての星は感謝の光を発生させており、名作になればなる程その輝きは眩しく、光に吸い寄せられる小動物のように人が集まって作品を読んでいる。注目を浴びる事で名作は更に光を増していく。

 何ともよく考え抜かれた素晴らしいシステムだ。


「この光が、この街の原動力にもなっているのか。星の力……国が恐れる訳だ……」


 試しに僕は星を多く集めている作品に手を出してみた。最初から長編は疲れるのでまずは肩慣らしにとすぐに読み終える短編を選ぶ。

 しかしその短編ですら余りに完成度が高く、僕は圧倒されてしまう。これが創作者の作る本物の作品なのかと僕は感動に打ち震えた。そうして気が付くとその作品に星を3つ捧げていたのだ。

 それからは本来の仕事も忘れ、公開されている作品を読みふける日々が始まる。


 僕はこの街に入る前に怪しまれないように創作の訓練を受けていた。きっとその時に覚えてしまったのだろう、創作の喜びを。そしてこの街に入って更に作品を読む楽しみも知ってしまった。

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