真相編 その1

「ここがカクヨムか……」


 僕は仕事でカクヨムに向かっていた。カクヨムとはKADOKAWAが作った創作者の集まる街だ。国が娯楽を禁じたと言うのに、ここではそれが自由に表現が出来ると言う……まさに反政府的な人工の街。


 僕はこの街の内部調査――俗に言うスパイとしてこの街にやって来た。この街は表立っては安全だと世間に喧伝しているが、果たしてそれが真実かどうかを見極めなければならない。この仕事の重要度は僕ひとりが背負うには重過ぎるものだった。


「怪しまれるものはないな、うん」


 街の入口まで来た僕は持参した荷物を確認し、行き場のない表現漂流者の仮面を付ける。この街に入るにはそれが条件となるからだ。

 とは言え、何も創作をしなくてはいけない訳ではない。ただし、創作が好きであらねばならない。禁娯楽政策が進められたこの国では創作物を楽しむ事自体がタブーとされ、多くの国民は娯楽を楽しむ事すら禁忌に感じてしまう程になっている。


 この街に入る為に訓練を積んだ僕は、小説の執筆を軽く嗜む程度の創作スキルを身に着けていた。これならば多分怪しまれる事もないだろう。


「君は創作を求めるものか?」

「ああ、ここに自作の小説がある」


 街を守る門番から早速厳しいチェックが入った。この街は創作者を守る為の街であるが故に、国の政策である禁娯楽主義者を街に入れる事を許さない。街に入るには創作者か、娯楽を愛する者であると言う証明が必要だ。


 僕はこの時の為に書き溜めていた自作の小説を門番に読んでもらう。自分が執筆したものを読んでもらうと言う感覚はどこか気恥ずかしくて慣れないものだ。まるで裸の心を晒しているようで生きた心地がしない。

 門番のチェックは作品の評価ではなく、しっかり創作をしているかどうかと言う確認をするだけのものであり、本来はそこまで緊張する必要もないはずなんだけど。


「読了した、ようこそカクヨムへ!」


 作品を読んだ門番は僕を創作者と認定し、街に入る許可を与える。門番からIDを与えられた僕は意気揚々とカクヨムの内部へと入っていった。

 はっきり言ってこの審査はガバガバで、望んだ者はほぼ入るのを許可されている。この街を破壊しようとする者以外にこの街は寛容なのだ。


「おお……これは……なんて素晴らしい……っ!」


 街に入った僕はカクヨムの整備された素晴らしいシステムに感嘆の声を漏らしていた。国が禁娯楽法を提唱した時、このカクヨムのような創作者の為の街は幾つか作られていた。その調査の為に僕も幾つかの街に侵入した事がある。

 だが、このカクヨム程の洗練されたシステムを持った街を僕は知らない。だからこそ、すぐに僕はこの街に魅了されてしまった。


「なるほど、12の区画にそれぞれの盛り上がりがあるのか……。流石はKADOKAWAの作った街だ」


 街の案内板を読みながら僕は唸る。見れば見る程この街は創作者にとって理想とも言える素晴らしい所だ。それはこの僕をして、思わず仕事を忘れてこのままこの街の住人になってしまおうかと思える程に。


「この娯楽禁止の御時世によくぞここまで……」

「あなた、新人ワナビさん?」


 案内板を読んで感心している僕の背中から不意に色っぽい声が聞こえて来た。緊張しながら恐る恐る振り返ると、そこにはメガネを掛けた顔はともかく体つきは魅力的な妙齢の女性が立っている。身につけていたセクシィなドレスは、その体つきもあってとても彼女に似合っていた。


 これで顔も美人なら何も言う事がない訳だけど、天は二物を与えないとはよく言ったものだ。まぁ顔の好みは人それぞれなのだから、自分の好みではないタイプと言う表現がこの場合、適切かも知れない。

 きっと彼女もこの街の住人、つまり創作者なのだろう。僕は正体がバレないように慎重に言葉を選ぶ。


「あ、ああ……」

「そう、まだ外の世界にも残っていたのね。今まで辛かったでしょう? ようこそカクヨムへ」


 僕はその女性に誘われるままに、いい感じのバーに案内される。その慣れた仕草から見て、彼女はよくこう言う事をしているのだろうと推測された。この降って湧いたチャンスを僕は最大限に利用しようと考える。僕の仕事はカクヨムの調査、この手の人物はきっとこの街の事に精通しているはずだ。


 新人創作者のふりをすればかなりの情報を聞き出せるはず。僕はこの潜入調査の為に訓練した事を思い出し、早速自慢の演技力を披露する。


「僕はここに来たばかりなんだ、良かったらこの街の事を教えてくれないか?」

「ふぅん、まるでスパイみたい」


 ギクリ。深淵を覗く者はまた深淵に覗かれているとはよく言ったもので、この手の女性の洞察力はあなどれない。僕は動揺を悟られないように注文したカクテルを一口喉に流し込む。それから飽くまでも平静を装いながら自然なリアクションを返した。


「な、それこそ小説の読み過ぎだよ」

「分かってる。冗談よ」


 女性は怪しげな笑みを浮かべながら僕を見つめる。もし彼女が美人だったならここでもう堕ちていた事だろう。改めて、彼女の顔が好みでなかった事を運命の神に感謝する。彼女は僕を見つめながら昔話を語り始めた。


「かつて娯楽がこの国中に溢れていた時代って知ってる?」

「ああ、知識でなら……」

「その頃はこの街みたいな街が幾つも生まれていたわ」

「そうらしいね。なろうの街、エブリスタの街、アルカディアの街……他にもたくさんの街があったって……」


 遠い目をしながら話すその語り口に、どこか試されているような雰囲気を感じた僕は彼女の昔語りに参加する。調子に乗らないように、飽くまでもクールに。一介の創作者として不自然にならないように振る舞った。


 僕の話を聞いた彼女の顔がここから真剣なものに変わり、声のトーンもガラリと変わる。


「やがて行き過ぎた娯楽を取り締まろうと国が動き出した」

「そこでKADOKAWAも動いたと……」

「そう、それがカクヨムの始まり、弾圧を恐れたワナビ達が安心して暮らせる街を作ろうと言う事でこの街が生まれたの」


 彼女はそう言うとグラスのカクテルを口に含む。

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