カクヨムアルカデイア

にゃべ♪

それは最後に残された理想郷

 目覚めると僕は記憶を失っていた。覚えているのはここ一年の記憶だけ。一体どうして……? 今いるこの部屋の事でさえ記憶が曖昧だった。ずっと昔からここにいるのか、それとも――って言うかそれ以前にここがどこだか分からない。

 いや、分からないと言うのは語弊があるか。朧気ながら覚えている。多分、ここは――最後に残された理想郷――。


「ここは……うっ!」


 もっと詳しく思い出そうとすると頭に痛みが走る。この頭痛が生来のものなのか、後天的にそうなったものなのかも分からない。

 見渡せばこの部屋は殺風景ながら書物が並び、執筆に必要なものは全て揃っていた。何気なくその中のひとつを手に取ってみる。ページをめくるとそこにはたった一言、『オレオ』とだけ書かれてあった。その3文字の奇跡的なバランスに感銘を覚えると同時に頭に電気ショックのような衝撃を受け、僕は思わず持っていた本を床に落としてしまう。


「不思議だ……僕はここで何かをしていた気がする」


 何かを思い出せそうになった僕は部屋の窓に手をかけ、おもむろにそれを力任せに開ける。外界の景色を期待した僕の目に飛び込んで来たのはまばゆいほどの星空だった。キラキラと光る星は魅力的な輝きを放ち、僕の目から離れなかった。


「なんて美しい星達なんだ……それに比べて」


 星の光に魅了された僕はそのまま外に出てみる事にする。外の空気に触れればきっとこの記憶も戻ると信じて――。そうして実際に触れた外の世界はとても華やかで素晴らしいものだった。

 そこには街があった。街はいくつかの区画に分かれていて、それぞれ独自の文化を発展させている。空に浮かぶ無数の星達もまたその街から放出された輝きが天空で具現化したものだったのだ。


 その街は区画ごとに名前がついていて


 異世界ファンタジー

 現代ファンタジー

 SF

 恋愛

 ラブコメ

 現代ドラマ

 ホラー

 ミステリー

 エッセイ・ノンフィクション

 歴史・時代・伝奇

 創作論・評論

 詩・童話・その他


 の12区画に分かれていた。一番栄えているのは異世界ファンタジー区画だ。多分人口も一番多いのだろう。一番派手で賑やかで、ここで暮らせたならきっと愉快に過ごせるのだろうなと感じた。その他の区域もそれぞれの良さがあり、簡単には甲乙を付けられなかった。

 一通り歩いてみて自分に相応しい場所はどこだろうとも考えたものの、明確な答えは見当たらない。ただ、僕はこの一年の間、試行錯誤しながら幾つかの区画に居場所を求め彷徨っていた事は思い出せていた。僕は多分この街に一年前にやって来た、と、そんな事も――。


 自分の居場所を探しつつ、空に輝く星達を見上げながら、僕はふと思い立って自分のポケットを弄る。するとどうだろう、ポケットの中にはいくらかの星が入っていた。その中の星をひとつ取り出してみると、その輝きは空に煌く星と何ひとつ変わらない。その瞬間、唐突にこの星の正体も思い出した。それは自分の心のカケラだった。


「そうか……そう言う事か……僕は……僕らは……」


 街の住人はそれぞれ自慢の作品をみんなに披露していた。まるでそれがこの街に住む者の掟のように。

 けれど実際は違う。作品を提出する義務なんてものはない。みんな作品を生み出すのが好きで、見てもらいたくて、ただそれだけの純粋な想いで読みたい人全てに分け隔てなく作品を見せてくれている。

 自分の持っていたこの星達は、彼らの作品を読んで感動した時にその証としてその作品に渡すべきものだった。


「ああ、もう完全に思い出した、ここは……」


 かつて、地上に多くの娯楽の溢れた時代があった。それから時代は流れ、娯楽禁止時代に突入する。多くの表現者は職を失い、迫害され、表現出来る場を求めて彷徨った。

 今まさに絶望が地を覆い尽くそうとしたその時、その状況を嘆いたKADOKAWAと言う世界的秘密結社が迷える表現者を救う為に自由に表現の出来る場を提供した。


「その場所の名前がカクヨム……ここが最後の希望……」


 僕は全てを思い出した。僕もまたこの場所に救いを求めたひとり、一介のワナビだったのだ。部屋に戻って机の引き出しを漁ると、かつての自分の書いた作品が眠っていた。迫害を恐れ、ずっと隠し続けて来たものだ。改めて読み直すと我ながらそれは悪くないものに思えた。意を決した僕はその自慢の作品達を該当する区域に向けて送り出す。反応なんて期待してはいなかった。


 それから数日後、自分の書いた作品に誰かからのメッセージと星が届いていた。それは自作が認められた瞬間だった。こんなに嬉しい事はなかった。


 それから僕はカクヨムに提供されている作品を読みふけった。読んでも読んでも追いつかない程に作品は溢れ、そのどれもが面白く僕は星とメッセージを送り続けた。

 いつしか同好の士とも呼べる創作仲間との交流も広がっていく。居場所のなくなった創作者がここにはこんなにもたくさんいたのかと、それを実感した僕は心から嬉しくなっていた。


「ひとりじゃない、みんなここにいる……僕らはここで生きていける」


 この場所を提供してくれた運営に感謝しよう。ここならば誰からも迫害される事なく、自由に創作を楽しむ事が出来る。こんな時代に自由に自分を表現する場所があると言うのは、なんて素晴らしい事なのだろう。


 開放された気持ちになった僕は改めて街を散策する。この街の事、12の区画の事。もっともっとこのカクヨムの事を知りたいと思った。


「ははっ!うしもいたんだここ」


 道を歩いていてふと目に入ったのはどう見てもうしにしか見えないシルエット。多分あれはうしだと思う。そのうしは謎のメガネブスに世話をされていて、それは気持ちよさそうに鳴き声を上げていた。


「ふんもおお~!」


 その鳴き声がおかしくてつい僕は笑ってしまう。聞こえないように声を殺していたはずだったのに、うしは僕が笑っていたのに気付いて気を悪くしたのか急に僕に向かって恐ろしい勢いで突進して来た。


「ふんもおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うわああああああ!」


 僕は焦って思いっきり逃げ出した。あんなのに激突されたら多分ひとたまりもない。

 そうして走りながら思い出したんだ。僕が記憶喪失になったのはあのうしを怒らせて、うしアタックをされたせいだったって事を。

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