全てはデニスのために
雀蜂
一通の手紙
僕は鉄格子の内側でじっと虚空を見つめていた。
何故自分は何十年もこの牢獄の中で過ごしているのか。
一体自分はどんな罪を犯してきたのだろうか、と。
傍から見ると落窪んで不健康そうな目を、天井から床へと移すと疲れきった身体を労るように壁に寄りかかった。
『僕は一体どんな罪を犯してここにいるのでしょうか。』
何十年も僕はそう問い続けてきた。
返ってくる言葉はいつも同じだった。
『大量殺人だ。』
言われ続けても分からない。
自分が何者なのかも分からない。
ただ分かるのは、記憶がないということだけ。
死刑だった。
いつの間にかそう決まっていた。
数十年間牢獄で過ごし、遂に死刑執行は明日に迫っていた。
何もやる気が出なくて僕は硬い床に横になった。
僕には一つだけ何度もフラッシュバックする光景があった。
_______肉。目の前いっぱいに広がる生の肉。
ただそれだけ。
牛か豚か羊か、何の肉かは分からない。
然しその"肉"は僕をいつも不快な気持ちにさせる。
肉を思い出す度に僕は吐き気がして激しい目眩に襲われた。
目を瞑るとまたその光景が瞼の裏に広がる。
____恐ろしい。
____狂ってる。
何故だか分からないがそう思った。
ふと遠くの方から足音がした。
どんどんこちらへ近づいてきたソレは僕のいる牢屋の前でぴたっと止まった。
「バーソロミュー。お前宛に手紙が来てる。」
僕はのそりと身体を起こして、看守から差し出された一通の手紙を受け取った。
僕宛てに手紙が来るのは初めてのことだった。
差出人の部分には『ルシアン・オースティン』と書かれていた。
「…ルシアン…オースティン…この人は誰ですか?」
僕がそう問いかけると看守は素っ気なく言った。
「お前の親友だった奴の幼馴染みだろう?」
「どうしてそんな人が僕に手紙を?」
「さあなぁ。」
顔を顰めて怪訝そうに僕を一瞥してから看守はその場を去っていった。
僕は再び手紙に視線を移し、暫くそれを無言で見つめていた。
そしてそれから数秒経ったあと、封筒を開けて中に入っている便箋を取り出し目を通した。
" バーソロミュー・ソルト
私のことを覚えているだろうか。
君が何らかの原因で記憶を失っていることは風の噂で聞いている。
然しそれでも尚、君は牢獄の中に居させられているということも。
何故かと疑問に思っているだろうが、君が犯した罪はそれほど深いものなのだ。"
" 明日、君は死刑になることを私は知っている。
それは君を罰するのに最も適した判決だろう。
然し記憶が無く、己の罪を知らぬまま、反省しないまま罰せられる事になるのは納得がいかない。
だから私は、私の知っている事実を全てこの手紙に書き記す。
君の記憶を取り戻す手助けになる事を願って。"
一枚目の便箋にはそう書いてあった。
なんだ。なんなんだ。
自分のした事はそんなに酷いものなのか。
次に書かれていることを読むのが恐ろしくなって僕は便箋を封筒の中に震える手で戻した。
そしてその封筒を視界に入らない所へと押しやった。
だがどうしても気になった。
自分が何者なのか、どんな事をしたのか知りたかった。
結局すぐに手紙を手に取って戻した便箋を取り出した。
また一枚目に目を通す。
心臓が嫌に煩く働いている。
ゴクリと生唾を飲み込んでゆっくりと2枚目に目を通した。
" どうか約束してほしい。
記憶を取り戻したとき、その罪を反省し償うということを。
まず、話を分かりやすくする為に君と私達の出会いから書いていこうと思う。"
◦◦◦◦◦
" そう、あれは12月3日のことだ。
私は幼馴染みのデニスと共にフランク・スコットのバースデイパーティに来ていた。デニスはお気に入りのミートパイを食べ、私はワインを飲みながら職場の同僚スティーヴや中学時代の友人のリリーと話していた。
フランクのバースデイパーティに招かれたのは22人で、その内の1人にバーソロミュー・ソルト、君もいた。
私とデニスで話している時にフランクから新しく出来た友人だと紹介された。
フランクは君がいい奴だと言っていた。
私にとって君から受けた第一印象は『優しそうな好青年』だった。
フランクの横で静かに笑みを浮かべている君は、将来大量殺人を犯すことになるとはとても思えなかった。
私の隣にいるデニスも私と同じような印象を受けたようで、すぐに私達は仲良くなった。"
" 親友と呼び会える仲になったのはそう遅くなかったと思う。
特に君とデニスはいつでもどこでも一緒に過ごすようになっていた。
それほど相性が良かったのだろう。私はデニスにもう1人親友が増えたことを何より喜んだし、勿論私と君との関係も上手くいっていてこの上なく幸せだった。
君と知り合って1年が経った頃だっただろうか。
デニスが仕事の都合で暫く遠くへ行ってしまった。
君はその事を知ると大いに驚いていたね。
あの時は突然聞いたから驚くのは当然かと自分を納得させていたが、『悲しみすぎる』とも感じていたよ。
君の落ち込みようは、私とは比べものにならないくらい酷いものだった。
だが君は落ち込むのと同時に喜んでいた。
それも『喜びすぎる』くらいに。
私にはそれが何故なのかわからなかった。
いや、君の感情が理解できなかった。
当時デニスにはライバルのユアンという同僚がいた。
仕事の成績や会社への貢献も同じくらいでどちらとも人望が厚かった。
部長へ昇格するのはデニスかユアンか、という話もあったと聞いていた。デニスがそう私に話してくれたのだ。
部長になると初めに何ヶ月か遠くへ出張へ行くという話も聞いた。
デニスにするかユアンにするか、そんな時にユアンが行方不明となった。
あまりにも突然の出来事で私も驚いた。
結局デニスは部長となり、数ヶ月間の出張で地元を出ていった。
そして暫く私と君だけで一緒に過ごすことになった。"
そこまで読むと僕は一度大きく深呼吸をした。
まるでドラマや映画を観ているかのように、何かが、いや、僕の記憶が蘇ってくるような感覚がした。
全てはデニスのために 雀蜂 @SeiGinvl
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