大好きなんです。

糸乃 空

第1話 私のもの。

この空間が大好きだ。

お風呂と言う空間が。


全身でハーブミストを浴びながら、奈津なつはうっとりとした気分でその瞳を閉じる。

湯船の前に設置された迫力の大画面には、大好きなジャングルの映像が流れており、天井四隅から下げられた、5.1ch防水スピーカーが臨場感満載の音質で盛り上げる。

日々の緊張を開放する幸せなひと時に、柔らかな頬に思わず笑みがこぼれてしまう。


壁面に埋め込まれた小型冷蔵庫には、程よく冷えたワインとチーズセット、サーモンサラダが準備されており、冷蔵庫扉下の収納テーブルを引き出せばいつでも芳醇な味わいを楽しめた。


その隣には同じ大きさの棚が設置されており、ページごとにラミネートで保護された本がファイル化していて読書も出来る。


出窓にはいつも季節の花々が飾られ、24時間いつでも入浴可能なこのお風呂は、視覚的に聴覚的に感覚的に、奈津の心身を満足させてくれる最高の場所だ。


大理石の浴槽のふちの質感も好きで、ついつい指でなぞらずにはいられない。ここは、私のものよ。


ポチャン。

ごく小さな音が響き、お湯の表面に小さな波紋が出来た。何かが落下した音。


ゆったりとお湯に入った奈津は、あまりの気持ちよさに目を閉じる。

その体は、徐々に透明さを増し小さく、小さくなりやがて細い線状になり、爽やかなハーブ色のお湯と同化したかのように、ナメクジである奈津の体は消えた。


その日、この家の主が選んだ入浴剤は――。

「バス・ソルト」


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大好きなんです。 糸乃 空 @itono-sora

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