83話 「人形のクッキング」


 突然だが俺、久我大我は実は予備自衛官をしている。


 因みに予備自衛官とは普段は社会人や学生といった本業を持ってる人が一定日数の訓練を受けて有事の際に招集されて任務に就く非常勤の自衛官の事だ。


 今日は訓練に招集されたので俺は某駐屯地に来たのだ。


 「うわぁ、迷彩服だ、これ着るのちょー久しぶりだな」


 ピシッとアイロンがかけられて線が入ったパリパリの感触の迷彩服に、黒く光った半長靴、それが今の俺の格好だ。なんだか自分が強くなった気になる。


 俺は迷彩を着終わると早速これから暫く同じ部屋になる人達に挨拶に行く。

 

 「久我予備士長です、これから暫くお願いします!」

 「んっ? おぉ久我じゃねぇか! おめぇ生きてたんだな、このやろう、のこのこ来やがってガハハっ!」

 「げぇっ! 鬼原班長!?」


 部屋に入るとゴツくて肌が黒い男、鬼原鉄きはらくろがねがいた。この人は自衛官で階級は三曹だ。そして俺がこの駐屯地に住んでいた時に班長だった人だ。


 「鬼原班長は何でここにいるんですか?」

 「そんなの決まってんだろ、俺は予備自衛官達の訓練の教官で来たんだ、またお前をビシバシと指導できるな、ガハハハハッ!」

「ひぇー! 勘弁してくださいよぉ」


 マジかよ、この人教官モードになるとめちゃくちゃ怖いんだよなぁ。


 鬼原班長はいつも笑顔で仏のような人だが、一度スイッチが入って怒った時や人に指導する時は名前の通り鬼にみたいに恐ろしい人になる。その為、影ではオニテツと呼ばれて俺と同じ階級の陸士達から恐れられていた。


 「よっしゃ、じゃあ早速訓練を始めるか……その場に腕立て伏せの姿勢を取れ!」

 「イチ、ニッ……って班長、きたばかりなのにもう始めるですか!? まだ俺以外この班は誰も来てないみたいですけど!」


 俺は文句を言いつつも条件反射で鬼原班長の命令通り腕立て伏せの姿勢を取ってしまった。

 

 「うるせー! 誰が何と言おうと訓練開始だ、それにおめぇ、久しぶりの訓練で体がなまってんだろ? だから俺と一緒に体力向上訓練で引き締めるぞ! ほらやるから数えろ! ガハハハハッ!」

 「ひぃー!」


 自衛隊は階級社会なので上の人の命令は絶対だ。


 「いーち、にー、さーん……」


 繭さん、俺きついけど訓練頑張るから!


 自分の彼女の事を思いながら俺は鬼原班長の指導の元、体力向上訓練に努めた――。


 ――はぁ、大我さん今頃どうしてるんだろう。


 私は彼氏の大我さんの部屋で彼が今何をしているのか思い浮かべた。


 因みに今日は大我さんは訳合って家を留守にしている。なので今回私は大我さんの持っている人形の胡蝶ちゃんの面倒を見るように頼まれたので私の持っている人形の夢見鳥と一緒にこの家へ来た。


 あれ? よく考えたら私、付き合って間もないのに彼氏の家へ呼ばれちゃったってことよね? どうしよう、私って軽い女なのかな。

 

 「……繭ー、映画終わったよー」

 「ふぅー、おもしろかったな次はないのか?」


 夢見鳥と胡蝶ちゃんが次の映画をねだった。二人は食い入るように映画を見ていたのでよほど気に入ったみたいだ。


 「そうねぇ、有るにはあるけど怖い映画しかないわ」

 「怖い? いったいその映画はどういう内容なんだ?」

 「えーと、おもちゃの人形に殺人鬼の魂が乗り移るって内容なんだけど」

 「何それ、怖い」

 「もぉ、繭! 夢見鳥達はそんな人形じゃないよ!」

 「ごめんね、謝るから怒らないで夢見鳥……それじゃあこれは見るのをやめましょうか……あっ!」


 次の映画のDVDを出すときに私のお腹の音がなってしまった。


 「繭、さっきのは何の音だ?」

 「こ、胡蝶ちゃん……えーと、私のお腹がなっちゃったの、あうう」

 「何で鳴るんだ?」

 「えーと、お腹がすいたからからよ、もう胡蝶ちゃんやめて、恥ずかしいわ」

 「へぇ……人間はお腹がすくと音がなるのか、私には無い機能だな」


 そう言って胡蝶ちゃんは自分のお腹を擦った。それを見て以前胡蝶ちゃんが人間の体に興味を示していた事を思い出した。


 「――そうだわ、ちょっと今からお昼ごはんを作っていいかしら、一応大我さんからキッチンと冷蔵庫の材料を使っても良いって言われてるの、作っている間に胡蝶ちゃん、夢見鳥の面倒を見てもらっても良い?」


 「料理? 別に構わないが――」


 胡蝶ちゃんは何か思い詰めた表情をしている。私はそれが気になって問いかけた。


 「どうしたの胡蝶ちゃん、もしかして何かやりたい事がある?」

 「えーと、だな……繭、私も料理を作ってみたいんだ」

 「えっ! 胡蝶ちゃんが料理を!?」

 「やっぱ、人形の私には無理かな」

 「そんな事無いわ、じゃあ一緒にやりましょう」

 「もう! 繭とお姉ちゃんだけでずるい、夢見鳥も一緒にする!」

 「わかったわ、三人でやりましょう」


 こうして私達三人でお昼ごはんを作る事にした。今回は胡蝶ちゃんと夢見鳥は料理をするのは初めてなのでとても簡単なそうめんを作る事にした。


 「じゃあ、私は具に使う卵を焼くから胡蝶ちゃんはきゅうりとハムを細かく切ってね」

 「繭、夢見鳥は何をすれば良いの?」

 「そうねぇ、なら夢見鳥はそうめんを茹でるお湯を作ってもらおうかしら、私が水を入れた鍋に火をつけるから夢見鳥はそれを見てお湯ができたら私に教えて」


 三人で作業に掛かった。私は素早くたまごを溶き、それをフライパンに入れて錦糸卵を作った。そしてできた錦糸たまごをまな板に置こうとした時、胡蝶ちゃんが包丁を両手に持ち、まな板の具材に向かって上段に構えているのが目に映った。


 「いやぁっ!」


 そうして胡蝶ちゃんは掛け声と共に具材に向かって包丁を真下に振り下ろした。


 「ちょっ、ちょっと待って胡蝶ちゃん! 包丁は刀じゃないから! こうやって使うのよ」

 「え、そうなのか? 道理で切りにくいと思った」


 私は胡蝶ちゃんに正しい使い方を教えた。


 「あ、なるほど――よしわかった、後は私に任せてくれ」


 胡蝶ちゃんは直ぐに包丁の使い方をマスターし具材を均等に切り始めた。


 「ふぅ……さて夢見鳥、お湯は沸いた?」

 「繭、見て見て、水の中から泡がブクブク出てるよ、面白いね」

 「きゃああああっ! 夢見鳥、あなた何をやってるの!?」


 夢見鳥が鍋の中で煮え滾る熱湯に指を入れて遊んでいた。


 「早く冷やさなと!」


 慌てて夢見鳥の手を掴んで水道の水をかけて冷やした。


 「繭、何でそんなに慌てて夢見鳥の指を冷やすの?」

 「何でって、夢見鳥! 熱湯に指を直接入れたらだめじゃない、火傷するよ!」

 「火傷? 熱湯に指をつけてたけど夢見鳥、別に熱く無かったよ?」

 「へっ?」


 私は夢見鳥の肌がシリコンでできている事を思い出した。シリコンは熱に強い。


 「はぁ……夢見鳥、もうこんな事しちゃだめよ」

 「うん、わかった」


 私はどっと疲れた。


 「――できた、そうめんの完成」


 やっとそうめんができた。まさかこんな簡単な料理でトラブルが発生するとは思わなかった。


 「ねぇ繭、夢見鳥料理頑張ったよ! だから早くから食べて感想を聞かせて」

 「はぁ? お前は鍋のお湯で遊んでただけだろ?」

 「もう! お姉ちゃん何でそんな意地悪言うの!?」

 「ふん、事実だろ? それより繭、具材はちゃんと切れてるか?」

 「ええ、ちゃんと切れてるわよ……二人ともありがとう、二人のおかげてお昼ごはんにそうめんを食べる事ができたわ」


 私が褒めると二人は満足そうにした。


 ――本当は一人でやった方が作るのに苦労しなかったけど、黙っておこう。


 「……なぁ繭、それ美味しいのか?」


 私がそうめんを啜っていると胡蝶ちゃんがそれをじっと見つめて尋ねてきた。


 「ええ、美味しいわよ」

 「そうか……なら私も食べて良いか?」


 ――えっ!?


 胡蝶ちゃんの言葉に私だけでなく夢見鳥も驚いた。


 「お姉ちゃん何言ってるの!? 人形は食事出来ないんだよ!」

 「それは誰が決めたんだ?」

 「お父さんだよ! 夢見鳥達の体に内臓を作ってないから無理だし必要無いってお父さんが言ってたもん、だからお腹が空かないんでしょ?」

 「そうなのか……でもな夢見鳥、実は私は味覚があるんだ、だから私は物を食べれる気がするんだ、じゃなきゃこんな機能を着けたりしない」


 胡蝶ちゃんから衝撃の発言が出た。


 「胡蝶ちゃん、それ本当? 確かボタンちゃんは味覚がある事がすごいって言ってたよ」


 以前、胡蝶ちゃんの姉妹の一人、ボタンちゃんに無理矢理キスされた時にそう言われた。


 「そうだったな、おい夢見鳥、お前は味覚は無いのか?」

 「……無いよ、お姉ちゃん達全員無かった筈」


 夢見鳥と胡蝶ちゃんは姉妹だが何故か胡蝶ちゃんにだけ味覚があるらしい。


 「なぁ繭、私も食事というものがしてみたいんだ、それに初めて作った料理だ、どうしても食べてみたい」

 「えーと、良いのかしら」

 「大丈夫だ、何かあっても自己責任で繭のせいにはしない」


 ――その後、一度は躊躇したが、胡蝶ちゃんが羨ましそうに私が食事する風景をみつめるのでそうめんを少しだけ胡蝶ちゃんに分けてあげることにした。

 

 「――本当に良いのか! ありがとう繭、それじゃあ早速……頂きます」

 「お姉ちゃん辞めて!」


 胡蝶ちゃんが口にそうめん運ぶ瞬間、夢見鳥が悲痛な声を出して止めるが胡蝶ちゃんは止まらなかった。


 ……本当に……食べちゃった。


 私は胡蝶ちゃんの様子をよく見た。何かあれば直ぐに口に入れた物を吐き出してあげないと。


 「――うん、美味しい!」

 「胡蝶ちゃん大丈夫なの?」

 「あぁ大丈夫だ……えーとその、お代わりがほしいんだけど良いか?」

 「えっ、それは構わないわよ、私一人じゃ食べきれないから」

 「ありがとう繭! わぁ、これが食事なんだな」


 胡蝶ちゃんは美味しそうにもりもりとそうめんを啜った。私はここまでそうめんを美味しそうに食べる女の子を初めて見た。


 「あーもう! お姉ちゃんのバカ! 人形は食事したらいけないのに、どうなっても知らないからね!」


 夢見鳥は胡蝶ちゃんにそう言って怒ると後は心配そうに眺めるだけだった。


 ――その日の夜。


 『――ええっ、胡蝶が食事したんですか!?』

 「はい、そうなんです」


 私は大我さんに電話して今日の昼の事を伝えた。


 『それで、胡蝶は大丈夫なんですか?』

 「――実はあの後はずっと何事も無かったんですけど、今になって急に吐き気を催したみたいで……大我さん、すみません、私がちゃんと止めておけば――」

 『いえいえ、繭さん謝らないでください、全部あいつの自業自得ですから気にしないでください』


 大我さんはその後、私が胡蝶ちゃんの事を言うたびに気にしないでほしいと言った。


 『――そうだ、繭さん、俺の部屋で何か不便な事ありますか?』

 「いえ特にはありませんけど……あっそうだ、大我さん、あの男の人だからしょうが無いと思うんですけど、ベットの下のエッチな本――」

 『うわっ、ちょっとそれは! あー! すみません、ちょっと用事できたんで切りますね――』

 「あ、大我さん! ――もう、あのエッチな本を処分しても良いか聞こうとしたのに」

 

 彼女の私が居るのに漫画や写真とはいえ他の女性の裸を大我さんに見てほしく無かった。


 ……はぁ、私ってもしかして嫉妬深い女なのかな。


 ――繭が大我と話している頃、人形の胡蝶はトイレで昼に食べた物を吐き出していた。


 「……はぁはぁ、畜生、やっぱりだめか」


 胡蝶はそう呟くとトイレから出た――。


 「――あっ、お姉ちゃん大丈夫? だから言ったでしょ、人形は食事したらダメって」

 「そうだな、心配かけてすまない」


 畜生、食べ物の味は判るのに物を食べられないなんて。

 

 私は人形ではあるがいづれ人間になる。その為の練習を兼ねて、今日は料理と食事に挑戦した。人間になって大我の妻になるからにはこれくらいできなければならない。


 「夢見鳥、私はシャワーを浴びて体を綺麗にしてくるから、繭には私は大丈夫だと伝えてくれ」


 そう言って私は一人でシャワーを浴びに行った――。


 『――ククク、胡蝶、今日は無茶をしたな、お前は人間に近づいているとはいえまだお前の体内に私は内臓を作って無いから食事は出来ないぞ』


 シャワーを浴びているとかつて心の中で私を人間にすると言った蛇が目の前に幻覚となって表れた。


 「そうだったのか、てっきり今日は私は涙を流す事ができたから人間になれたと思ってたのに……それよりお袋、出てこれるようになったのか?」

 『あぁ、また少し力を取り戻したからな……そんなことよりククク、私を母親と認めるのか、嬉しい事だ』

 「あぁそうだ、だけど親父は古谷亮太郎だ、絶対にそれだけは譲れねぇ」

 『……そうか、まぁ良い、それよりも何とかお前の中にいるもう一つの魂を封じ込めたが時間が無い、あの大我とか言う男の心がだんだんお前から離れている』

 「――っ、それは私が人間になる頃には完全に離れるのか?」

 『あぁそうだ、このまま時間が経てば私の力で人間になれるがそれでは遅い、もっと早める必要がある』

 「――それはどうやるんだ?」

 『簡単だ……お前の恋敵の人間を殺して血を奪え』

 「――なっ!?」


 私は余りの事に手に持っていたシャワーを落した。


 ――私が……繭を……殺るのか?


 「胡蝶ちゃん、大丈夫?」


 シャワー室の扉の前で繭が私を心配する声が聞こえた。

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