「最終話」





 あれから4年が経った。





 自分の能力【グレムリン効果】で、【コブラ】と【カーネル】を破壊し……そして、アリーの命をも奪ったあの日。僕はデッサン人形のように動かなくなってしまったアリーの体をコーディ達に預け、そのまま彼らの元を去った。





 僕は、アリーを……メグの命を二度も奪った。そして、二度も彼女に助けられた……何も出来なかった……





 こんな僕が……リフや、ドクター、コーディ達に、マヌケな顔を向けられるハズもない……。 





 地上をさまよい続け、気がつけば僕は……街全体が血管を思わせる蔦に幾重にも張り巡らされて、植物に呑み込まれでいるような場所にたどり着いていた。





 二次元世界を構築する為のサーバー群も無く、世界から拒絶された秘境みたいな場所だった。





 そして、そこで僕は遭遇してしまった。





 何度も僕達を苦しめ、恐怖させた悪夢の存在……





 BMEに。





 【象頭兵】と違って自立行動の出来るこの機械兵は、宿主を失くした今も、こうして各地をさまよい続け、人間狩りを続けようとしているのだろう。





 そいつが僕に向けて、牙型の機銃を撃ち込もうとした時。僕は、今自分がしなければならないコトを瞬時に理解した。





 僕は、アリーから譲り受けていたワッチキャップを目深に被り込み、そこに残る微かな甘い香りを嗅ぎ取ると、彼女と過ごしてきた日々の記憶がフラッシュバックされ、体を奮わせた。





 体は褐色に染まり、全身に伝うエレキのような感覚が、僕の遺伝子に刻まれた呪いの力を発動させ、目の前にそびえ立つ黒き巨象を無用の長物に変えた。





 BMEの残骸を目の当たりにし、僕はアリーへの想いだけでこの能力(ちから)を繰り出すことが出来たことの達成感。未だに自分の中に、彼女に対する気持ちが生きていたことの安堵。そして、僕がしなければならない使命を見つけたことの不謹慎な喜び……





 それらの感情が、溶け合い、混ざり合い、僕の体を突き動かした。





 地上に残る【コブラ】の残党を……全て残らず、殲滅する。





 【アースバウンド】のみんなに危害が及ぶ前に、僕が全て止め尽くす。地上にはびこる機械兵達を0にするまで戦い続ける……。





 それが、僕に貸せられた使命。母を死なせ、多くの人々を不幸にし、メグを、アリーを助けることが出来なかったコトの贖罪だ。





 そしてこの4年間で、30……いや、ひょっとしら、50体を越えるBMEを破壊したかもしれない。





 閉鎖されていない野外で、なおかつ多くの建物が乱立する市街地でのBMEとの戦闘は、僕の能力とすこぶる相性が良かったけど、それでも何回も死を覚悟した場面に遭遇した。





 傷も沢山負った。何度も泣きながら寝る夜を過ごした。





 辛かった……でも僕は戦い続けなきゃならなかった。





 いや、そうするしか……今の自分の心をつなぎ止める方法が分からなかった……。









 無人の量販店だった場所で手に入れたノートに記したメモを読み、今日がおそらく、2509年12月24日だということを確認した。





 天気は晴れ。時間は夕方。針で全身をつつかれるように空気は冷たく、この世の光景とは思えないほどに真っ赤に染まった空の下で、僕は廃墟の街を走り続ける。





「ズガガガガガガガガッ! 」





 機銃の弾丸がビルの壁を削り取る音が、遠くの方から聞こえた。





「……来たか! 」





 僕は今、1体のBMEに追われている。





 機銃を撃ち散らかしながら、四足歩行で走り、ビル陰に隠れながら移動する僕を執拗に追い回す象型ロボット。





 よし、いいぞ……このままこっちに来い! 





 僕はとある場所に敵をおびき寄せる為、あえてつかず離れずの距離を保ちながら戦略的逃走を図っていた。





 そのまま……そのまま……。





 アスファルトの地面に小さなクレーターを作りながら、四足歩行で走り続けるBME。その勢いは、ブレーキの壊れたタンクローリーのようだった。





 よし……この場所だ! 来い! 





 目的の場所にたどり着いた僕は、敵をその場に立たせる為、ワザとビル壁から身を晒す。





「ウヴォォォォォォォォォォォォッ!! 」





 雄叫びのような音を上げながら、巨象はこちらに猛進する。





 あと5m、3m…………よし! 





 雷鳴と間違うような轟音と共に、目の前にいたBMEは地面に吸い込まれるようにして姿を消した。





 その地面は、浸食によって地下に空洞が出来ていて、その上を辛うじてアスファルトが覆っているような状態だった。それを突き破り、陥没して出来た穴に、敵は落下していた。全ては思惑通りだ。





 僕は落とし穴にはまったBMEの背中に飛び乗り、アリーのキャップを被り、精神を集中させる。





 彼女と空港で初めて会った時のコト。一緒に映画を観に行ったコト。共に戦ったこと……力強く抱き合ったコト……それらの記憶を呼び覚まし、【グレムリン効果】を発動させる! 





 全てを0に……!!





 両手を足下に向け、その磁場を発生させようと力を込めた。









「あれ……? 」





 ……おかしいぞ……どんなに力をいれようと……どんなに彼女のことを想っても……。





「……出ない!? 」





 【グレムリン効果】が……発動しない。





「ウヴアアアァァァァァァァッ!! 」





 穴にはまったBMEは、怒り狂ったかのようなうなり声を上げながら、二足歩行形態へと変形してしまった。





「うわああああっ! 」





 BMEが二足で立ち上がった反動で、ボールのように突き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられた。 全身に燃えるような感覚がにじみ上がる……。





「くそッ……なんで!? 」





 しかし、体の痛みよりも、【グレムリン効果】が発動しなかったことの方が、僕にとっては重要だった。一体なぜ? 





「グヴアアアァァァァァァァッ!! 」





 穴から這い出たBMEは、僕を見つけるや否や、胸部の装甲を扉のように開き、巨大なガトリング砲を露出させた。





「マズイ! 」





 今は何も考えるヒマはない! すべきことはただ一つ、逃げるコトだけ! 





「ドガガガガガガガガッ!!!!」





 ガトリング砲の弾丸は、ビルの壁をまるで湿気たクッキーのように軽々削り取っていき、その陰に身を隠していた僕は、地面に這いつくばってひたすらその掃射音が鳴り止むのを待つことしか出来なかった。





「くそう……! くそおおッ! 」





 粉砕されるコンクリートの欠片が、シャワーのように降り注ぎ、僕の体を何度も痛めつけた。





 思わず涙が出た。それが体の痛みからなのか、それともBMEの恐怖からなのか……今おかれた自分自身の情けない姿に幻滅したからか……それは分からない。ただ一つ確かなことは、これ以上この場に止まるコトは、死を意味するというコトだけ。





「うわああああッ! 」





 鉄骨までえぐり取られてしまったビルは、とうとう自身を支えるだけの耐久力すら奪われ……ついには凄まじい土埃をあげながら崩れ落ちてしまった。





「ゴホッ! ゴホッ! 」





 間一髪その場から逃げた僕は、煙のような土埃の中、何とか身を隠す場所はないかとさまよい、目の前に現れた歩道橋を、何の考えもなしに駆け上がった。





「ハァ……ハァ……」





 とにかく呼吸を整えようと思った。でも……





「ウグアアァッ! 」





 そんなヒマすら与えないとばかりに、いつのまにか目の前まで迫っていたBMEは歩道橋に逃げた僕の体に長い鼻を巻き付けて拘束してきた! 




「くそっ! くそぉっ! 」





 巻き付けた鼻で、僕の体を高々と持ち上げるBME。まるで今から僕を口の中に放り込んで食べてしまおうかとしているようだった。





 もう……だめなのか……。





 【グレムリン効果】が使えない今、僕がこの窮地を乗り切れる可能性は0(ゼロ)だった。





 体を締め付けられる感覚。無慈悲に赤く光る巨象の目。





 おしまいだな……。





 僕は、もうこれ以上生きることを、あきらめることにした。





 たった一人、見知らぬ地で、心の無い機械兵によってズタボロにされて死ぬ……いいじゃないか……母を殺し、恋人までも殺した僕にはふさわしい死に方じゃないか。





 運命を受け入れ、開き直ると、遠くに浮かぶ景色が鮮明に映り込んできた。





 真っ赤な夕日が、そびえ立つ廃ビルの壁を茜色に染め上げ、絵画のように濃い陰影を作り上げている。きれいだなと……思った。





 ……ああ、そうか……





 僕は今になってやっと気がついた。この赤い空が、あの日……メグと一緒に映画を観たその帰り道……歩道橋の上で一緒に眺めた、あの時の空にそっくりだったというコトに。





 そんなコトに気がつかないほど……僕が抱く、彼女への思いは薄れていた……。





 そんなんじゃ……【グレムリン効果】も出せないワケだよ……。





「グウォォォォォォォォォッ!! 」





 そんな情けない僕に向けて、BMEは牙型の機銃をさらけ出した。





 あと、数秒で……僕は本当の眠りにつくだろう。もう二度と起きない……永遠の眠りに……。





 さようなら……みんな……。













「ジーツ君、1+1は? 」





「…………へ!? 」





 幻聴か? まさか……そんな……まさか!?





 次の瞬間、空気が震えるような音を響かせながら、何かがBMEの胸部に突き刺さり、続けて巨大なタイヤが破裂するような裂音が響きわたった。





「う……うわぁっ! 」





 僕に巻き付いていた象の鼻の力が、急に緩まり、体が地面に引っ張られて歩道橋の通路に叩きつけられてしまった。





「痛ててて……」





 腰を打ち付けた痛みに悶えていると、誰かが歩道橋の階段をゆっくりと登ってきている気配に気がついた。





「ジーツ君、この。対BME特化型ロケットランチャーの砲弾にはね……敵の装甲を破り、その体に突き刺さった瞬間、内部に込められたグレムリン効果発生装置(インスタント・グレムリン)が作動し、その機能をピタッ! と停止させる優れものなんだ」





 階段の手摺りに隠れていたその声の主の姿が、徐々に露わになる。





「まさか……嘘だ……」





「ただし、高価な砲弾1発につき、倒せるBMEは1体だけだし、メチャクチャ重くて持ち運びに不便だし……まだまだ君の力には敵わないんだ……」





「なんで……? なんで君が……? 」





「なんで? って……私がここにいちゃマズイわけ? 」





 ロケットランチャーの大筒を担ぎながら、僕の目の前に現れた女性は……夕日の光を弾くほどに輝く金髪で、エメラルドを思わせる瞳は、真っ赤に染まったこの風景の中に、シャープな存在感をこれでも発揮していた……。





 間違いなかった……夢じゃない……彼女が……目の前に……僕の目の前に立っている……。





「それにしても、君。再会した時にお尻を出してないのは、初めてじゃないかな? 」













最終話「ジーツとアリー」













「あ、あ……アリーさん!! 」





 僕は幻を見ているのか? それを確かめたくて、彼女の元へと駆け寄った。さっきまで全身を覆っていた痛みの膜は、どこかに吹き飛んでしまった。





「ジーツ君……」





 ロケットランチャーを放り捨て、彼女は両手を開き、僕を迎え入れようとしてくれた……信じられない……でも、本当の本当に……。





 アリー・ムーンが生きてる! 





「ってアレ? 」





 僕が助走をつけて彼女に抱きつこうとした瞬間、クジャク部隊の戦闘服を着込んでいたアリーの姿がこつぜんと消え去った……と思った次の瞬間。





「いてぇぇぇぇええええッ!! 」





 (味わったことはないけど)鞭で叩かれるように強烈な衝撃が、僕のお尻に走った。





「甘いぞ君。あの時、約束したでしょ? 後で何発かお尻をシバくって」





 アリーは僕のダッシュハグをヒラリとかわして、僕のお尻に信じられないほど力を込めた平手打ちをお見舞いしてくれたようだ。





 痛い……めちゃくちゃ……痛い……でも……これでハッキリと分かった……目の前にいるアリーは……紛れもなくアリーだった。





「あ、あ……アリーさん……」





「ジーツ君……元気にしてた? 」





「……さっきまでは……」





「服はボロボロだし……顔も傷だらけだし……一体どんな生活を送ってたの? あ、でも……背はちょっと伸びたんじゃないかな? 」





「そうかもしれないです……」





「……ジーツ君……」





「……はい」





「……久しぶりだね……」





「……はい……」





 突然、目の前が急にボヤケて、せっかく再会したアリーの姿が見えなくなってしまった。オマケに鼻水も出るし、体も震えるし……とにかく……うれしさで……胸がいっぱいになってしまった。





 こんな日が来るだなんて……思いもしなかった。





「それにしても……僕の能力のせいで、アリーさんの頭にあるワームが……壊れちゃったハズなのに……何で無事だったんですか? 」





 僕はグショグショになった顔を埃まみれの服の袖で拭いながら、一番きになるコトを質問してみた。





「聞きたい? 」





「……聞きたいです」





「よし、ザっと説明しましょう! 」





 ■ ■ ■ ■ ■





 4年前、私は君の【グレムリン効果】を全身に浴びて気を失ってたんだけど、命だけは繋ぎ止めていたんだ。





 脳内のリモートコントロールワームが破壊され、それに記録された記憶や精神は無くなってしまったけど、呼吸や体内の機関はバッチリ働いていたらしいの。





 つまり、生きてはいるけど意思の疎通が出来ない植物状態になってたんだ。





 君はその時の私を死んでいると勘違いしてただけだった。まったく早合点もいいトコだって。ま、それは置いといて。





 その後、私は3年の間、ずっと眠っていたんだ。いずれ衰弱して死んでしまうような状況だったけど、リフやおじいちゃん達がなんとかその命をずっとつなぎ止めておいてくれてた。ホントに……感謝しきれない。





 で、去年ね。リフとおじいちゃんが、【コブラ】が使っていた偵察衛星をハッキングした時、あるデータを奪い取ることに成功したんだ。





 そのデータこそ、私の記憶と精神をデジタル化したデータ。




 覚えてる? 私があのクソったれ変態親父……【コブラ】に銃で撃たれた時、「好ましくない記憶」とか言って私の脳内をスキャンしてよね? 





 アイツはその読みとったデータを、衛星のデータバンクに送ってたの。だから、君の能力で破壊されることもなかった。





 後は、おじいちゃんとリフが、ご先祖様のジンボ・ムーンが残してくれたデータを元に、リモートコントロールワームの代用品を作り上げて、私の精神データを頭に移植してくれたってワケ。





 そして、ようやく私は長い長い眠りから目覚めることが出来た。





 みんなが、私をこの世界に呼び戻してくれたんだ……。





 ■ ■ ■ ■ ■





「……そんなコトが……あっただなんて……」





 僕は、恥ずかしさでいっぱいだった。あの時、彼女が生きている可能性を何で考えなかったのか……何ですぐにそこから逃げ出してしまったのか……タイムマシンがあったら4年前に戻って自分の顔にパンチをお見舞いしたい……。





「そうだよ……色々な奇跡と、みんなが助けてくれたおかげで、私は今ここにいる…………でもジーツ君!! 」





「は……ハィィ! 」





 僕達は、歩道橋の手摺りに前屈みになりながら話をしていたんだけど、突然アリーが僕に対して鬼の形相を作り上げたので、うっかり手摺りを乗り越えてしまいそうになった。





「私がいざ起きてみたら、君ったらみんなに黙ってどっかに行っちゃったとか……もう何やってるの!? って感じだったよ! 」





「ご……ごめんなさい!! 」





 僕はひたすら頭を下げて平謝りをすることしか出来なかった。





「悲劇のヒーロー気取り? リフをほっといたら心配だ! とか考えなかった? 【コブラ】から聞いた話を誰かに伝えなきゃ! とか思わなかったの!? 」





「すみません……何も考えていなかったです……」





「おまけにあの時……君さ……」





 僕は、アリーの横顔が、夕日にとけ込むほど真っ赤に染まっているコトに気がついた。……あ、もしかして……あのコトかもしれない……。





「私が君にキスした時! しっかり舌入れて絡めてきたよね! 覚えてるんだぞこのやろう! 」





 やっぱりそのコトだった……。





「す……すみません! あの時は……何というか! その時のテンションが高まってしまって! 」





「ふー……まったく君はいつだってそう。バカでムッツリスケベで、自分勝手で調子に乗るし、思いこみが激しくて……」





「……おっしゃる通りで……」





「でも……」





 アリーはおもむろに僕が被っていたワッチキャップを引っ張り上げ、自分の頭にすっぽり被せた。





「君……ずっと一人で私達を守ってくれてたんだね……」





「……それは……」





「その顔の傷は……ひょっとしたらリフやおじいちゃん、コーディ達が負っていたかもしれない……【アースバウンド】や、[エリア112]の人達の傷を……君が全部受け止めてたんだよね……」





「違うんです……これはただ……」





「私が無事にこうして復活できたのも……君がBMEを食い止めてくれてたからだよ……だから……」





 違う……僕は……ただ自分の為に……やっていただけなのに……。





「ありがとう。ジーツ君」





 僕は立つことが出来なくなった……ただただ、地面に手をついて泣き叫ぶことしか出来なくなっていた。今までずっと張りつめていたモノが、一気に破れてしまったみたいだ……





 ただただ、一心不乱に、自己満足に機械兵を停止させ続けてきただけなのに……それなのに……彼女は笑顔を見せてくれた……それだけで、僕は胸に溜め込み続けてタール状になった重りから解放された心地になった。




「ジーツ君……」





「あ……アリーさん! 何を? 」





 彼女は突然、僕の右手を掴みとろうとしたが、僕は反射的にその手を払いのけた。当然だ……アリーは未だにワームによって生きている。僕が能力を発動させてしまったら、再び彼女を殺してしまうことになる。





 でも……アリーは自分の手が弾かれたことなど何ら気にもせず、こう言った。





「握手……しようよ。再会の記念に」





「そんな……でも……」





「これくらいは、出来るようにしておきたいでしょ? 」





「もしまた、能力が……」





「君、私がいなくても使えてたんでしょ? その力。ってことは、自分の意志でグッと抑え込むことだって出来るようになってんじゃないの? 」





 確かに、理屈で言えばそうかもしれない……それでものしかかるリスクは大きくて……





「ホラ! モジモジしないの! 」





 躊躇する僕の気持ちなど知ったことか! とばかりに、アリーは無理矢理僕の右手を握りしめてきた! うわっ……ちょっと待って! 抑えて……! 





 右手がうっすらと褐色を帯び始める……マズイ! 





 抑え込むんだ……! 





 ……僕はウサギじゃない。





 僕はウサギじゃない……。





 僕は……。





 僕は…………。









「……ホラ……平気でしょ? 」





 僕の手は、不健康なまでに真っ白な肌色のままだった。





「ほ……本当だ……」





 僕は……鼻をつまんでトラウマを引き起こす以外の方法で、ついに【グレムリン効果】を抑え込むことに成功したようだ。 





「でしょ? 何事も挑戦だよ」





「そうみたいです……」





 僕は今日、[アリー・ムーン]と初めて[握手]をすることが出来た。これは、他の人達にとっては些細なことかもしれない。でも、僕たちにとっては、【コブラ】を倒すことよりも難しく、意味のある第一歩なのだ。





「さ~て、ジーツ君。再会の儀式が済んだトコロだけどね……一つ

残念なコトを伝えなきゃならないんだ」





「残念なコト? 」





 アリーが遠くの空を指さし、その先に見える光景を僕に突きつけた。





「……まさか……【象頭兵】!? 」





 ショックで喉がカラカラに乾いてしまった。夕焼け空に浮かぶ、無数の黒点。そのシルエットから連想される存在は【象頭兵】!! 





 【象頭兵】は【コブラ】からの指示がなければ動けない……つまり……。





「そのまさかだよ……あのロリコン・サノバビッチ、どっかでしぶとく生き残ってるらしいの」





 まさか、【コブラ】が未だに生き残っていただなんて……ジョン・ブラックマンの執念深さはまさに、毒蛇の異名そのままだ。





「数も200……いや、300はいますよ! どどど……どうしましょう!? 」





「慌てないでジーツ君。ここにいるクジャク部隊は、私達だけじゃないんだよ」





 僕がまさか? と思った時には、もう[彼ら]は僕たちのスグそばにまで近付いて来ていたようだ……目の前にいるアリーの金髪が、台風に襲われたかのように強くなびいている。





 頭上には、トンボを思い起こさせるような、両翼のプロペラによって浮上している巨大なヘリコプターの姿があった。





「まさか……もうここまで……」





「そう。ヤゴが成長してトンボになったってワケ」





 ヘリの底部がゆっくりと開かれ、僕達が機内に乗り込むと、そこにはクジャク部隊の特徴的な藍色の戦闘服に身を包んだ、懐かしい顔ぶれが僕達を出迎えてくれていた。





「どこほっつき歩いてたんじゃ! この薄情モンが! 」


「ジーツ兄ちゃん……ホント……心配してたんだよ……良かった……」


「ちっとは成長したと期待してたけどよ……相変わらずのマヌケ面だな」


「アリーさんをほったらかして……次にまた逃げたら、ボクが許さないからな」


「ジーツさん! もう俺っちの相棒は盗ませませんよ! 」





 ドクター、リフ、ニールに、イアンさん……それに、名前は知らないけど、ボクが盗んだバスの運転手さん……それに……。





「……背ぇ伸びたな……ん? 下の毛はもう生え揃ったか? 」





「コーディさん……」





 壁のように大きな体は相変わらずだった。僕をずっと守ってくれていた……恩人は、前にも増して堂々とした振る舞いをしていて、それに……まぶしいほどに素敵な笑顔だった。





「心配かけやがってこの野郎!! この全裸徘徊しみったれボウズが! ようやく帰ってきやがったな! 」





 友達であるのと同時に、兄とも言える存在。僕は今、コーディに歓迎のヘッドロックをかけられてしまっているが、その痛みがひたすら嬉しかった。何より、彼がこうして笑っているコトが何より僕の心を軽くさせてくれた。





「と、歓迎ムードはこのくらいにして……悪いなジーツ。さっそくだけど一仕事して欲しいんだ……出来るか? 」





 この人に「出来るか? 」と言われたのなら……僕はこう言うしかない。




「やります! 」





「いい返事だ! さすが俺の見込んだ男! 」





 僕は彼と拳を突き合わせ、これから行う[仕事]の健闘を祈り合った。





「よっしゃ! 作戦実行だ! 全分隊配置に付け! 」





 コーディが無線機に向かって指示を送ると、同じような軍用ヘリが、無数に僕たちの機体周辺から現れた。





「すごい……あれはまさか? 」





 その空団が作り上げる群影は、まるで亀ドームとの戦闘時に現れた、蜻蛉の加護を彷彿させていた。それほどに無数の存在感だった。





「そう、みんなクジャク部隊じゃ!! 」





 得意げなドクターの態度から、このヘリも彼が開発したのだろうと、予想がついた……相変わらず元気な人だ……。





「これから周囲の分隊が陽動して、俺らのヘリの真下に【象頭兵】の群を集める。そして俺が合図を送ったら……ジーツ、アリー! 頼むぜ! 」





「ハイ! 」「了解」





 これは僕にとって、正式な[クジャク部隊]としての初仕事だ。僕が4年前に去って以来着続けていた戦闘服に付けられたエンブレムが、今日初めて本当の輝きを放った気がした。









 作戦が実行され、僕とアリーは、ヘリの開かれたハッチから、下方でクジャク部隊のヘリと空戦を繰り広げている【象頭兵】の群れが織りなす光景に、僕はひたすら目を奪われていた。





「ねぇジーツ君」





 僕らは今、他のみんなとはシャッターで仕切られた空間に立っていて、実質アリーと二人っきりの状態だ。今から僕たちのする行為に、気を使ってくれてこの場所を用意したかどうかは不明だけど……。





「なんですか? 」





「せっかく、クラブ・2・クラブが再結成したんだからさ……なんか、決めない? 決め台詞的なモノを」





「はい……って、ええっ! 」





 何か思い詰めてるような真剣な表情で、なおかつ開けられたハッチから流れ込む風により、幻想的にまで金髪をなびかせながら尋ねた台詞が、まさかそんなジュニアスクールの子供みたいな内容だとは、想像していなかった……。





「何? ダメなの? 」





「いや、ダメってワケじゃないんですけど……まさかアリーさんが、そのチーム名を覚えていただなんて……」





 クラブ・2・クラブの命名者は、間違いなくこの僕だ。でも、名付けたその時、正直言ってせっぱ詰まった状況だったし、妙なテンションになっていたんだろう。今になってその名前を聞くと、ちょっと恥ずかしくて額に変な汗をかいてしまう。





「ひどい! 言い出したのは君なのに! 私けっこう気に入ってたのに! 」





 アリーは子供っぽい口調で、さらに頬を膨らませて露骨にわざとらしい不快な態度をとった。ひょっとして、一度ワームが壊れた影響で、ちょっと考え方が幼稚……ゴフン! ゴフン! 若返ってしまったのかも……





「分かりましたよ、アリーさん…… それじゃ決め台詞は[アレ]で行きましょう」





「ほ~う、やっぱり[アレ]でいきますか? 」





 拳銃を模した僕の人差し指のサインを見て、彼女は[アレ]の意味することを完全に理解したらしい。なんだか以心伝心という気分を味わって、僕も気持ちが楽しくなってきてしまった。





『アリー! ジーツ! 陽動作戦が上手く言ってる! 10秒後に頼むぜ! 』





 ヘリ内のスピーカーから、激しく音割れしたコーディの声が響き渡った。さぁ、いよいよ僕たちの力を見せつける時が来た! 





『カウントダウン! 10』





「ジーツ君、こっち向いて」


「はい! 」





『9』





「緊張するね……」





『8』





「僕もです」





『7』





「舌は入れないでよ」





『6』





「わ、わかってますって……」





『5』





「それじゃそろそろ……」





『4』





「……お願いします」





『3』





「1+1は? 」





『2』





「「クラブ2ク……」」





『1』





「「ラブ! 」」





 僕はアリーと抱き合い、お互いの唇を合わせた。





 お互いの愛情を確かめ合う、尊い行為……





 でも、私たちにはたった数秒しか許されない行為……





 だからこそ……僕は、この数秒に全ての神経を注ぎ……





 私たちの心の距離を、限りなく0に近づけるように……





 僕たちが変わることのないように……





 全てを0にするように……








 僕は全身に【グレムリン効果】の序章を意味する痺れの感覚を確かめると、そのままハッチから【象頭兵】の群れに向かってダイブした。





 空気抵抗で全身に圧迫感を覚えるのと共に、唇に残った、彼女の感触が僕の心を奮い立てせ体を黒く染める。心臓がピストンのように高鳴り躍る。





 行くぞ! 【コブラ】! 









 この地球上では、変われる者や、進化が出来る者しか生き残るコトしかできない……。





 でも、私は信じてる。変わらないコト尊いモノが、この世に一つだけあることが……





 ……ベタで恥ずかしい台詞だけど……言っちゃうよ。心の中で……。





 それは……[0(Love)]だよ……ショーン……。









 敵との距離、20m! 





 準備万端! 脳がみなぎり……





 心が躍る! 









「全てを0(ゼロ)に! 」











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ゲノム・グレムリン 大塚めいと @ohtsuka_mate

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