笹舟ながれて

めらめら

笹舟ながれて

「ほら、るっちゃん。お舟を流して」

 お祖母ちゃんに、そう促されたるっちゃんが、

「うん。わかった」

 私達を乗せたお舟を川面にうかべる。

「じゃあね。バイバーイ!」

 可愛らしい顔をクシャクシャにしながら、船出する私達に手を振ってくるあの子に、

「バイバーイ! バイバーイ!」

 私も、お舟の上から精一杯にあの子に手を振り返した。

「あーあ……」

 離れて行く彼女の顔を眺めて、私は溜息をつく。

 やっぱり寂しい。ずっとあの子と居たかったのに。

 どうして『お舟』なんかに乗らなければいけないのだろう。

「仕方ないよ、ひなちゃん。これが僕達の仕事なんだ」

 お箸の櫓を手に舟を漕ぎ出しながら、私の気持ちを見透かしたように彼がそう言う。

「仕事って、どういうこと?」

 口をとがらせて訊きかえす私に、

「連中さ。『彼ら』を『海』まで連れて行く、道案内が要るだろう?」

 彼が答えて指差す先を私が向くと、あ。

「まってくれー!」

 遠ざかっていく岸辺のるっちゃんから、ポロポロ『何か』が零れだす。

 虫歯。おたふく風邪。水ぼうそう……。

 あの子の体から祓われた幾つもの『厭なもの』達が、小さな黒豆のようになって地面に転がり出ると、川に飛び込んで私達のお舟を追いかけてくるのだ。

「えー! あいつらのためにー?」

 私はビミョーな気持ちになってきた。

 でも、そうこうしているうちに、ごおごおごお。川面が乱れて、

「オオオオオオン……」

「俺達も、連れていってくれ!」

 うそ! 私は目を瞠る。

 いつのまにか、川底から、土の中から、虫歯やおたふく風邪なんかより、ずっと苦しそうで、悲しげなモノ達が溢れかえってきたのだ。

「流された……ヒト!?」

 私は怖くなってきた。

 モノたちが、ドロドロとした真っ黒な流れになって、川を覆って、お舟を追いかけて来る!

「ねえ! なんだか沢山ついて来るよぉ!」

 不安に駆られて彼を向く私に、

「なに、丁度いいさ。彼らも一緒に、連れて行ってあげよう!」

 彼が笑顔でそう答えた。


 ざざん。ざざん。

 逆巻く波をまっすぐ切って、笹のお舟が川面を進む。


「こっちだよー。こっちだよー!」

 山桜桃のかがりに明かりを灯し、私は『彼ら』に手旗する。


「見えて来た、ひなちゃん! もうすぐだ!」

 頭に鉢巻き、ウンウン唸って櫓を漕ぐ彼が、突然、私を向いてそう言うと……


 次の瞬間、水面が輝き、河口が開けて、


 ぱああああん……真白の光で満たされた、眩い『海』が、私達の目の前に広がっていく。

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笹舟ながれて めらめら @meramera

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