罪も積もれば神を呼ぶ

さらだいも

第1話

[chapter1 罪人と神様の出会い]

 

 キスっていうのは、恋人同士がすること。

少なくとも出会って間も無い男女がすることではない。

なのに、俺の唇はとても柔らかいマシュマロのような唇と触れ合っており、目を少し開けるとそこには誰なのかわからないが、とても可愛い女の子が映る。

ー俺、なんでこんなことを?

そう思ったと同時に、見知らぬ女の子が触れていた唇を離す。

「大体こんなところかの」

キスをしていたのにも関わらず、女の子の方は案外冷静で、恥じらいなどはみられない。

「なっ、お、おおおおお前!何してくれてんだよ!」

だが俺の方は先程まで自分が何をしていたのか、少し思い出しただけでも顔から火が出そうだった。

「何とは…汝はキスのことも知らぬのか?」

「それくらいは知ってるわ!なんでキスしたのかを聞いているんだよ!」

「じゃから、先程言ったであろう?『刺激』を与えるためじゃと」

そう。

女の子の方からキスをしてきたのには理由があった。とんでもなく突拍子のない理由なんだけど。

「だからって、いきなりしてくるか、普通!?初めてだったんだぞ!」

「我だって初めてだったのじゃぞ?汝は我の初めてを奪っておいてそのような事を申すとはの…よよよ」

「奪ったのはお前だろうが!あと、その芝居もやめろ!」

女の子は呆れたようにため息をつく。

「じゃから、先程説明した通りじゃ。汝に刺激を与えねば、その『罪』がお主の中で増え続ける一方じゃぞ?」

ーなんなんだよ…罪だとか、キスだとか…。でも、一番びっくりしたのはこの子が何なのかって事だけど。自分の事をあんな風に言うなんて…ありえないって思うだろう、普通は。

「なんで、こうなった…??」

俺は今この状況に至る経緯を今一度思い出そうとしていた。

「回想に入るのはまだ早いと思うのじゃが?」

「うるさいわ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この悲劇の始まりは、つい先日のことだった。

俺こと、瀬名幸樹(せなこうき)はどこにでもいそうな普通?の学生だ。頭も良くなければ悪くもない。スポーツだって出来るわけじゃないし、出来ないわけじゃない。いたって普通で平々凡々している、ように思える。

だが、俺にはとてつもない「欠点」があった。

それはーーー

「いつまで寝とるんだこの、バカ息子がぁぁぁぁ!」

バチィン!と、部屋中にまるでムチで叩かれたような音が響く。

叩かれてようやく俺の意識は覚醒し始める。

「っは!俺…もしかしてまた?!」

「また…だと?」

「ひっ…!」

「直そうと思うのなら、思ってるだけでなく行動に移せ!!」

「がふぁぁぁ!」

また張り手。朝から俺に説教と張り手を喰らわせてくるこの男は俺の父親である瀬名新造(せなしんぞう)だ。

「毎朝俺を叩きにくるのも大変なんだろうなぁ」

そう。俺の欠点とは『生活態度』が悪いことである。例えば、夜の八時に寝たとしよう。俺が起きる時間を考えると親父に叩かれない限り昼まで寝ていることだろう。

だが、俺の欠点はこんなものだけじゃ終わらない。

生活態度だけにとどまらず、なんと『運』も壊滅的にない。最近起こった出来事は、目覚まし時計が壊れたので電波時計のタイプを買ってきたのだが、設定し終えたや否や時計がいきなり狂い出したりなど。

まさに規格外。俺の友人からは「幸樹、今日のおみくじの運勢どうだった?え、大吉?それでもお前が今日を生き延びれるのか心配だよ」

などと言われたり。

要点をまとめると。

俺にはいつまでも寝てしまう癖、運が悪すぎるというものがある。

何度改善を試みても寝続けるわ、運は悪いわで逆に慣れてしまっていた。

だが、朝から親父に張り手を喰らわされた日の夕方に親父が俺にある事を言ってきた。

「幸樹」

「なんだよ親父」

「お前には今日から一人暮らしをしてもらう」

「……は?!」

「聞こえなかったのか?一人暮らしだ」

「ちょっ、なんでいきなり!?」

「お前の荷物は全て引越し先の部屋に送ってある」

「俺の質問にはちゃんと答えて!言葉のキャッチボールしようぜ?!」

次から次へと俺には理解できない言葉が紡がれていく。

「お前のその腑抜けた根性を叩き直すにはもう荒療治くらいしかないと思ってな」

「だから俺に何から何まで自分でやれと?」

「その歳まで来たのならそれが当然だ」

もう俺は明後日から高校二年生。

確かに自立しなければいけないが。俺の体質を知っている人ならおいそれと俺を放っておけるはずないのに。うちの親父は本当に容赦ない。

「心配するな。俺の友人に神がいてな。相談してみたらなんとかしてやると言っていた。そいつの手を借りながらちゃんと生きろよ」

「んだよそれ。他人に任せるって、赤ちゃんとかの時にやられてたら育児放棄だったじゃんかよ」

「流石の俺でもそこまではしない」

されたら困るが。

ーん?ちょっと待て。さっきこのおっさん友人に『神』がいるとか言ってたように聞こえたんだけど。

「なぁ、親父。さっき友人に『神』って言ったか?」

「あぁ、言ったが…それがどうした?」

「どうしたじゃねーよ!なに普通の感じで言ってくれてんだよ!」

「いるんだから仕方ないだろう。あいつがいるのが俺の普通だ。」

開き直りやがった。

俺は何を言っているのかわからず問い正そうとするも親父の「聞いて来たら、わかってるな?」というオーラと身の危険を感じそれ以上は聞けなかった。


 その次の日、つまりは見知らぬ女の子が来た今日の朝。

「ここが今日からお前の家だ」

連れてこられた場所に広がるのは普通の一軒家だ。

「って、一軒家ぁ?!親父、家買う金なんかどこにあったんだよ!」

「用意したのは俺じゃない。あいつだ」

あいつとはやはり、友人の神とやらだろうか。

「もう引越しの荷物は届いているはずだ。あとは自分でやれ」

そう言い残し、光にも負けない速度で帰っていった。

「まじかよ…本当に俺一人で生きていけってのか」

最悪体質のせいで死ぬぞ俺。

「まぁ、こうなっちまったんだし仕方ないか。とりあえず荷物出すか」

大きいとは言えないが、二人くらい住むのだとしたら十分な大きさではないのだろうか。住むのは俺一人だけだが。

「持て余しちゃうよなこの広さ」

そう呟き、俺は家の中を歩き回りどこに何があるか確認していた。ふと気付き時計を見るともうすぐ夕飯時。

「やばいな、せめて自分の部屋に自分の荷物くらい運ばないと」

自分の荷物を部屋に運び、荷物を取り出そうとダンボールを開けてみると俺の荷物ーーーではなく、女の子が丸まって入っており、眠っていた。

勢い良くダンボールの口を閉じる。

「俺は人身売買なんてやってないぞ」

自身の身の潔白を自分で確認しつつ、冷静に考える。何故女の子が?そう考えているとダンボールの口が勢い良く開き、中から眠っていた女の子が出て来た。

「何故一度開けたのにまた閉じるのじゃ!眠ってしまっていた我も悪いじゃろうがその仕打ちは如何なものかと思うぞ?」

ダンボールから出て来た女の子はそう言うが俺は何が起きているのかわからない。

「誰だ?!お前は!」

頑張ってみたもののそんな言葉しか出てこない。

女の子はため息をついてから俺に向かってこう言った。

「我の名は叢雲ノ姫乃神。汝の『罪』を抑えに来た。神に向かってお前などとは失礼な男じゃのう」

「………」

何を言っているんだろう。あ、そっか。頭がアレで普通の人じゃないのか、この子は。

「誰が普通ではないじゃと?」

「なっ!口に出てたのか?」

失敗した、と思ったのだが。

「いや、出とらんぞ」

「は?じゃあなんで聞こえたんだよ」

言葉にしていないのに聞こえたというのは矛盾も良いところだろう。

「我は神じゃからな。汝の心の声を聞く事くらい容易い」

あり得ないだろ。心の声を聞くだなんて。そんなの人間には出来ない。

「何を言っているのかわからないんだが…そもそもお前はなんでここにいる?」

女の子は目を丸くし、呆れたように話し出す。

「何も聞いとらんのか?汝の父親である新造から」

「あぁ、神の友人がいるとか、その神に助けてもらえ的な事は言ってたな」

あり得ない話しだ。鼻で笑ってやりたいくらいに。

「そこまで聞いとるのは良いのじゃが…肝心なところを聞いとらんようじゃな」

「なんだよ、肝心な事って」

そう聞くと叢雲ノ…姫乃神?は真面目な表情になり、喋りだす。

「今までの自分自身を思い出してみて、人と明らかに違ったり、おかしな事は無かったか?」

「それは…ある。ありすぎる。もう何かの嫌がらせなんじゃ?と思った時もあった」

それを聞くと叢雲ノ姫乃神は「それじゃ!」と言い、俺に指を指す。

「簡単に言わせてもらえば汝の身に起こる様々な事は汝の『罪』なのじゃ」

「は?罪?なんだそりゃ」

「『七つの大罪』というのは知っておるか?」

「まぁ、聞いた事くらいは…」

「汝はその大罪の内の一つ『怠惰』という大罪を背負っておる」

「怠惰…?具体的にそれはどんなのなんだ?」

「そうじゃな…自分の生活の管理が出来ない事。例えば一度眠れば当分起きれんこととかかの」

見事に当てはまってしまっている…。

「そして、汝の運の悪さについてじゃが…」

俺の運の悪さにも何かあるのか?

「汝の運の悪さは怠惰にくっついて来てしまったのじゃろう」

「つまり、俺の運の悪さは怠惰ってやつのおまけで、本来はついてくることはないって事か?」

「そういう事じゃ」

なんという事だ。ただのオマケに今まで殺されかけてきてたのか…。

ーだが、こいつの言っていることが本当ならば俺にとって一番重要なのは『怠惰』ってやつか。

「お前の言う事を信じた訳ではないけど、それがなんなんだ?その怠惰ってのがあっても、俺には寝た後起きられないくらいしか危害がない」

そう、例えその怠惰があろうと俺が起きられないくらいしか今までは無かった。

「これからどんどん悪くなるから来ておるのじゃろうが」

「悪く?一体どうなってくんだよ」

「汝の『怠惰』が進行しすぎると周りの人間から視認されなくなる」

「周りからは見えなくなるって事か?」

「そうじゃ。物分かりが良くて助かる」

待てよ…じゃあ、俺の存在が消えるって事か?

それってかなりやばいんじゃ…。

「なんだよそりゃ。その怠惰を消す方法ってないのかよ?!」

「消す方法はない。じゃが、怠惰の進行を抑える事なら我にできる」

「消せないって…じゃあ、その抑える方法は何なんだ?俺が何かすればいいのか?」

答えを急ぐ俺に叢雲ノ姫乃神とやらは「あせるな」と言ってくる。

「『刺激』を与えれば怠惰の進行は遅くなる」

「刺激…痛みとかか?」

「そのような辛いものでは逆効果じゃ。幸福感などに近いもの、と言った方がよかろう」

「幸福感って。一体何をするんだよ?」

それを聞いて神を自称する女の子はこう言った。

「説明よりも実際やってみた方がよいじゃろう。そこを動くでないぞ?」

そう言い、女の子が俺に近づいてきて彼女のとても柔らかそうで潤っている唇が俺の唇に重なったーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして今に至る訳である。

「本当わけわかんねぇ…」

そう呟いた時、彼女が思い出したかのようにある事を言い出した。

「あぁ、そうじゃ。今日からこの家には我と汝で住むことになっておる。そう言うことじゃからよろしくの」

「は?!なんだよそれは!って待てよ。まさかこの家が一人にしては広いと思った理由はお前と住むからか?!」

「正解じゃ」

「お前は嫌じゃないのかよ?!」

「何を言うのじゃ。我の初めてを奪っておいて…我はもう覚悟は出来ておる。汝となら…別に構わんぞ?」

ーっ!こいつ、わざとやってるな?!無駄に可愛く聞こえるから困るだろうが!

俺は諦めたようにため息をつく。

「どうせ俺には拒否権はないんだろ?」

ー笑顔で頷かれた…。

「仕方ないからだぞ?お前が神とか、俺の罪だとかまだ完全に信じた訳じゃないけど、まぁ、今のところ保留って感じで」

「疑り深い奴じゃがまぁよい。これからは我の事は「叢雲姫乃」と言う名にしておるから姫乃様と呼ぶことを許可しよう」

「叢雲だな」

「釣れないのぅ」

「なら我はコウキと呼ばせてもらおう」

「…好きにしろ」

いきなり名前で呼ばれるのは照れ臭かったので、ついついぶっきらぼうになってしまう。

「コウキよ。長話で我は腹が空いた。食べ物を献上せよ」

「はぁ?!あぁ、もうめんどくせぇなぁ!?」


ー親父、あんたの言い出した一人暮らしのせいで俺は厄介な事に巻き込まれたじゃないかよ。

もともと厄介な事には巻き込まれてたけど。

巻き込まれすぎてこうなったってのか?「塵も積もれば山となる」って言うけど俺の場合は、

「罪も積もれば神を呼ぶ」とでも言うのかよ。



「これからよろしくの、コウキ♡」

「っ!も、もう…こんな体質、大っ嫌いだぁぁぁぁ!」

家の中には小悪魔的笑顔で微笑む叢雲と地獄に落ちたかのような顔で泣き叫ぶ俺がいた。


これが、『罪人』である俺と『神様』である叢雲姫乃との出会いであるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罪も積もれば神を呼ぶ さらだいも @saladaimo2014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ